第32話

金賞候補のクラスの歌声に少しビビりながらも、自分たちの出番を待つ。


思っていた以上に緊張していた。


小さな紙に書き込んだ言葉を繰り返し、確認する。


大丈夫、できる!

そう信じて、私は一番にステージへと上がった。


コメンテーター用のマイクが用意されたステージの端まで、ゆっくりと歩いて行く。


緊張のボルテージが一気に上がる。 


ドキドキドキドキ


…え。


大きく目を見開いた。


マイク脇の舞台袖に日野くんがいるのだ。


「日野くん、歌声委員だったんだ…」と、心の中でつぶやく。


舞台袖で歌声委員がコンクールの運営をしているのは知っていたが、まさかそこに日野くんがいるとは思わなかった。 


視線の先の日野くんと目が合うと、まるで時が止まったような、この広い体育館に二人だけしかいないような不思議な感覚に包まれた。


ドキドキドキドキドキドキ


集中しなきゃと自分に言い聞かせ、マイクの前まで来ると正面を向いた。


全校生徒がこっちを見ている…その景色に思わず息をのんだ。


前を見ていられず、思わず俯く。


体がぶるぶると震える中、アナウンスが入った。


「指揮者…、伴奏者…、コメンテーター、相原二葉さん。」


「はいっ」


「それでは、お願いします。」


一礼し、小さな紙を開き、マイクに声をのせる。


「私たちのクラスが歌う曲は、…」


それは、驚くほど震えた声だった。


物音一つ聞こえない体育館に、泣いているようにも聞こえる私の声だけが響く。


「それでは聞いてください。

大好きな3年3組で歌う、"聞こえる"」


会場が大きな拍手に包まれると、達成感で胸がいっぱいになった。


自分の立ち位置まで戻ると、指揮者が手を振り、悲しげな音色が鳴る。


すっーと息を吸う音が揃うと最高の出だしから合唱は始まった。


もう体は震えていなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る