フジミ 5
それからしばらく、僕はモモカと「ともに暮らした」。彼女はいつでもどこにでも唐突に現れた。
ある時、僕が砂浜に屈みこみ流れ着いた珍しい海藻を観察していると、ふいに「あれが学校で、あっちが漁協だったね」という声がして、見上げると白いTシャツがまぶしかった。この島でかつて観光客用に売られていた、ウミガメの模様が入ったやつで、一緒に本土に出て行く時、あちらで友達ができたら見せようとおそろいで買ったんだっけ。その時僕は彼女と手を取り合って、自分もいつかこの島に戻ってくると信じて疑わなかった。こんなものを着て現れるとは、彼女は何か伝えたいのだろうか。僕はたまらなくなって、「モモカ。今日は消えないで、一緒に僕の住まいまで行こう」と言った。
そのままフッと消えてしまうかと思ったら、モモカはにっこり笑って「いいよ」と答えた。僕は昔のように手を取りたいのを、必死で我慢した。
僕たちは舗装の崩れたいつもの道を上がっていった。彼女は生い茂る草の中を、幽霊らしく転ぶこともなく軽やかに歩いていく。
住まいに戻ると、僕は台所へ向かい、皮をむいたコーヒー豆を煎り網にかけた。機械人間と幽霊。飲めるかどうかはどうでもいい。彼女が好きだったのは浅めのミディアムロースト。香りとともに、彼女も僕との記憶を取り戻してくれないだろうか。
「モモカ、君はどうして現れるんだ。」
豆を煎ることで気を紛らわしながら、僕はモモカの返事を待った。だが彼女は黙ったままだ。テーブルの脇に座った彼女の表情は、窓から差し込む光の逆光になってよく見えない。僕はそこでついに、煎り網を置いてモモカに歩みより、着ているシャツを指さして言った。
「モモカ、このシャツを一緒に買った相手は誰だったっけ?」
モモカは振り向き、まるでシステムがエラーを起こしたかのように数秒間表情が固まった後、答えが生成されたのか「キョウヘイだよ」と答えた。
自分が機械の体でよかったと、僕はつくづく思った。こんな時に涙が出たり、自分の胃を急に重く感じたりすることがないからだ。脳裏に浮かんでいた推測がだんだん証明されていくが、僕は平静を装って聞いた。
「そうか。それで、君とキョウヘイは、幸せに暮らしたの?」
「うん」とモモカはシャツのしわを伸ばしながら言った、「子供が二人、それに孫が五人生まれたよ。」
「そう」と僕は頷いた。彼女がなぜそんなことまでわざわざ教えてくれるのかは聞かなかった。聞かなくても、答えはだいたいわかった。
「今日はもう疲れたよ。モモカ、悪いけど帰ってくれないか。」
煎り上がった豆をミルで挽きながら、僕は彼女の方を見ずにそう伝えた。彼女が立ち上がる衣擦れの音がしたような気がするが、豆がつぶれるゴロゴロという音で、かき消されてしまった。誰もいなくなった部屋に、飲む人のいないコーヒーの、香ばしい香りだけが残された。
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