フジミ 4
翌日、日中の気温が三十度を超えた。生身の体だったら汗だくになり、熱中症の心配だってあっただろう。だがどちらとも無縁になって久しい僕は、猫型ロボットたちを連れ、山の畑の手入れに行った。アンノに飲ませた例のコーヒーを栽培している畑だ。伸びすぎた枝を切り、顔を上げると、樹冠の間からのぞく海を背に、海と同じ色のワンピースを着た女がいた。モモカだ。
「そりゃ『いつでも』とは言ってたけど、本当に突然現れるんだね。」
「フジミ君こそ、また私のことを思い出していたんじゃないの。」
僕は頭のてっぺんからつま先までモモカを観察した。着ているワンピースはくるぶし丈、海色の生地からは真っ白い二の腕がのぞいている。もっとも、今時の人々は太陽の下でこんなに肌を露出する格好はしない。この島の空から降り注ぐ紫外線は、昔とは比べ物にならないほど強くなっているからだ。それにしても昼間に、しかも日差しに映える服に着替えて出てくるとは、なんと自己主張の強い幽霊だろう。
「この島、今は本当にフジミ君しかいないんだね。」
「うん。こんな離島に人間が暮らせるほどのインフラを整備するのは資源の無駄遣いだってことになって、住民は本土に強制移住させられたからね。」
「効率、効率で、私たちの故郷は
「仕方ないだろう。世界的に資源が枯渇してきたんだから。」
僕はモモカの顔をじっとのぞき込み、その頬に触れようとして──やめた。人工組織でできた指先をすり抜けて消えてしまう彼女を、見たくないと思ったのだ。僕は説明を続けた。
「だが効率を追求した先に人情味のない世界が待っているとは限らないよ…生身の人間よりずっと効率のいい体を持っているおかげで、僕は愛する故郷を離れずに済んでいるんだから。」
僕は首筋の太陽電池を日光にさらした。これ以外に毎月体のメンテナンスが必要になるものの、病院や役所や上下水道を作って維持することに比べれば、資源の消費はわずかなもので、時代の流れにふさわしい。僕が最後の住民として、この島に住み続けられる理由の一つだ。
「そもそも生身の体は極めて非効率で
「でもフジミ君、あなたの今の命は自然なものとは言えないよ…意地を張っていつまでも生きているなんて、そろそろ終わりにすれば?」
モモカが少し悲しそうな声で、僕をたしなめるように言った。その言葉にはっとして、僕は顔を上げた。目の前にいる女は幽霊のはずなのに、首筋にじんわりと汗をにじませている。そしてそれは大きな滴となって、白い胸元を伝わり、海色をしたワンピースの中に落ちていった。僕の視線を意識したのか、モモカはこちらの目をじっと見つめてきた。
「例えば、私がおばあちゃんになって死んでしまったと知っても、あなたは寂しくないの?」
僕は黙ったまま、腕の端末を押した。立体文書が宙に浮かび上がる。プロジェクトの終止同意書だ。条文の一つ一つを読み、最後に眼球を特定の順序と方向に動かせば、視線追跡技術が僕の意思を感知して、機械の体から意識は抹消される。このプロジェクトは非常に人道的で、僕にはいつでも死ぬ権利が保障されているのだ。それでもやはり、永遠の命を終わらせる気にはならなかった。それに寂しいなんて気持ちは、生身の体があるうちに充分味わっている。
「いいや。僕は科学のために生きることにするよ。」
そう言って僕が立体文書をしまってしまうと、モモカは神様や仏様のような、宗教的な慈悲をたたえた笑みを浮かべ、そのままフッと消えてしまった。あとには
昔と変わらない風が、峠にある畑の上を吹き抜けていく。
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