◆ 圧迫面接


「今は兵器こそがものを言う。弓は銃に代わり、爆撃砲は森を抉るまでに進化した。敵の新兵器は治療を不可能にして我々を追い詰めた。そして今──新しい局面が訪れた。君の持つその。それが我々を”恐れ知らずの軍隊”にした──」



 あぁ、ダリオ……。


 俺の水を買い取ってくれる取引相手。彼がそれでどのように儲けているのか、気になってはいたのだが──。


 そうか……ここだったか。



 連れてこられたのは兵舎だった。が、あのスラムの仮設バラックとは違う。

 軍旗がはためく堅牢な建築物。王城の目と鼻の先にある、許された者しか足を踏み入れられない──軍の中枢をなす本営・正規兵舎。


 その施設の、とある一室に押し込まれた。

 絢爛けんらんな一室。


 俺はそこで、テーブルに居並ぶ強面のオッサンたちに囲まれている。十数人もいる。



「──俺はそれを、最前線に並べたい。そのために君を我が軍に編成する必要がある。この提案は、軍の正式な勧誘だ。対価は用意する。立場も保証する。最前線で、それにふさわしい扱いを約束しよう」



 そこでようやく『ストラテゴス』と呼ばれた男が言葉を区切る。


 発言していいんだろうか……。俺は探るように周りを見た。


 見たことある顔もある。隊長アタマン。俺がこの国に来たばかりのときに、『特別通行証』を渡してくれた男だ。当初は彼からもいかめしい風格を感じたものだが、この場においては、猫。むしろ可愛らしくすらある。


 小隊長であるレオニードの姿はない。

 だから多分ここにいる顔ぶれは皆、隊長以上の位に就く者たちなのだろう。



「──……考える時間はやらない。武器は、速やかに手に取った者が勝つ。君も、選べ」



 一際異彩を放っているのは、さっきから俺に向けて喋っているこの男──総指揮官ストラテゴスだ。

 軍を統括する最高指導者。

 名誉職ではなく、実戦経験豊富な者が就く──と、”小説”には説明があったと思う。


 片目が白く、焦点が合ってない。

 つい俺はそこに目を留めてしまいそうになり、冷や汗を掻く。

 意識的に、彼の口元を見つめた。

 整えられた立派な口髭。刻まれた皺と刀傷。

 『トゥラーニャ』なんていう可愛らしい語感とかけ離れた男。


 ……俺はこんなところで何をしてんだろう。早く帰りたい。



「戦争に参加するつもりはありません。あなた方の争いに興味はないんです」


 思い切って口を開く。

 思ったより声が通らず、俺は少し声を張った。


「それに、薬もお渡しできません」


 きっぱりと断って、さっさとアリョーナのところに帰ろう。レオニードを送ったきりいなくなってしまったから、心配してるに決まってる。


「資金が必要だからときどき売ってるだけです。流通しているものだけで間に合わせてください」


 総指揮の口がうすく開いた。


「むろん、断ることもできる」


 ……いや断ったんだよ。

 気に食わないからって、やり直しか? 何だか時間を巻き戻された気分だ。


 総指揮は続けた。


「だがその場合、君の持つエリクサーは“軍の安全保障上の懸念”となる。軍はそれを放置できない。君自身も、自由の範囲が狭まることは避けられないだろう──……さて。君はどちらを選ぶ?」


 おまけに後出しで条件をつけてきやがった。


「自由が狭まる……。具体的には、俺はどんな扱いを受けるんでしょう?」

「君の身を守るため、する。終戦までの措置だ」


 この町──ルドヴィヤに監禁するってことか……


 弱ったな。


 アリョーナのアトリエは、城の外だ。つまりこのまま従軍を拒むと、彼女と会うことも困難になる。


「お断りします」

「……何をだ」


 空気が歪むのを、はっきりと感じた。

 それが『殺気』というものだと、俺はレオニードとの一件で学んだ。


「何もかもです。戦争も、外出禁止も。俺が拘束される理由はどこにもありません」


 俺も怯まない。

 この状況、どう考えても俺の方が立場が上だ。


 場がどよめく。

 四十オーバーのいかついおっさん達たちが焦っている姿は、少しだけ爽快だった。


 ──が、


「すでに条件は提示されたはずだ」


 総指揮官がゆっくりと立ち上がった。その瞬間、ようやく彼の身長の高さに気づいた。


 二メートルを軽く超えている、まさに巨人のような存在だった。

 上から、白い目玉に睨み下ろされた。こ、怖すぎだろトゥラーニャの総指揮……!



「拷問とか脅しとか、そういうのは無駄ですよ! 俺は死にませんから!」


 口から虚勢が飛び出すが、彼の声は次に俺の背後に飛んだ。


軍団長ヴォイヴォダ隊長アタマン百人隊長ソトニク、全ての者に伝えろ。彼を絶対に──このから出すな」


 ──いや、条件厳しくなってんぞ……!





 上層エリアは、内郭(城壁のようなもの)によって区切られている。


「諦めてください、ユーリ殿。お通しするわけにはいかないのです」


 エリアの内外を隔てる城門に近づくたび、まるでゲームのように門番二人が長槍を重ね、行く手を止めてきた。


「宿へお戻りください」


 これじゃアリョーナはおろか、修道院の子たちやダリオ、ターニャにすら会えないぞ。



「諦めて軍に入れ、イーリヤ。そして僕の下に付け」


 おまけに俺の背後にはレオニードがぴたりと張り付き、どこまでも後を付けてくる。

 薄く笑う金髪。総指揮官ストラテゴスに会った後では、こいつの存在感も霞んでみえる。


「そうしたら僕とアリョーナとの結婚式には呼んでやるからさ」


 俺は彼に殴られた後頭部を撫でた。いつか仕返ししてやろうと心に誓う。


 とりいそぎ無視して、俺は方向を変えた。




 宿──というより、旅館のような趣のある建物に戻り、あてがわれた部屋に入った。さすがにレオニードは中まではついて来なかった。


 部屋は広く、調度品も上等だ。こんな部屋を用意されても、アリョーナがいないんじゃため息しか出ない。



 帳場の真上が上客の個室になっていて、夜は階下から音楽が聞こえてきた。



 ──そう。

 何の手も打てないまま、夜を迎えてしまっている。



 窓からベランダへ出る。

 上層はその名の通り坂の頂上に位置するエリアで、ルドヴィヤの町を一望できた。


 眼下には城下の灯り。露天通りがにぎやかに輝いている。

 けれど、ザーベラの森は城壁の向こうに隠れていた。


 「アリョーナ……」


 今ごろ、どれだけ心配しているだろう。



 ──ユーリは突然現れたよね


 ──突然いなくなったりしないよね



 あいつの気持ちを思うと、胸が張り裂けそうになる。



「宿泊客の出入りに注意しろ」

「ハッ」


 兵舎は、宿のすぐ隣だ。


 松明の傍に見張りが立ち、上官がときどきこちらに目を向けて声をかけていた。どうあっても俺を外に出す気はないらしい。


 いっそ水嚢すいのうをくれてやろうか──そんな妄想で、俺は無意な夜を過ごしたのだった。

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