◇ 造物錬金 Lv.2【縫合師】(暫定)


 天使のような中学生を想像してみてほしい。


 純真そのもので、思う通りにふるまう姿。無邪気で明るいさま──これは「天真爛漫」の意味をそのまま辞書から引用しただけだが、アリョーナはまさにそれだ。


 そんな彼女も目を閉じれば表情は穏やかで、寝息は小動物のようだ。ほんっ……とに、寝顔は可愛いんだけどな。


 ──寝相は悪魔だ。


 かれこれ二晩もアリョーナと寝床を共にしている訳だが、了解した。アリョーナと一緒の布団じゃ眠れない。

 続けて二時間も睡眠が取れたらいい方だ。



 まず一日目──これは宿で過ごした夜のことだ。

 ベッドは一つ。オーナーから寝具を借りて、隣に並べて俺は下で寝たのだが、転がり落ちてきたアリョーナに右半身を潰された。眠たくて無視を決め込むも、寝返りを打ったアリョーナの手が顔面にヒットして、たびたび目を覚ます。布団をかぶせて固定を試みるも、全身の圧迫感で目を覚ます。いつの間にかアリョーナは俺の胸の上でスヤスヤと眠っていた。



 二日目──街にいてもアリョーナが不自由な思いをするだけだと思い、この日から俺はアトリエで過ごす。自分の部屋ならもう少し落ち着いて寝てくれるかと思ったが、残念ながら昨晩と同じことが繰り返されたのだった。



 そんなわけで、寝不足の俺はルドヴィヤを歩き回って布団をつくるための施策を行なった。


 布団の錬成は『造物』分野に当たる。

 アリョーナはレベル1だ。布製品はレベル2。だからレシピも買った。造物の上巻レシピ。アカデミー発行のものだ。アリョーナは一応、オールジャンルの哲学書のようなレシピを持っているが、俺はあまり当てにしていない。


 さて、アカデミーのレシピには「布団」の錬成方法が紹介されていた。

 それによれば”布と綿、あるいは羽”があればいけるそうだ。


「へ? 何これ? 布と……綿? なんで?」

「家具を作りたいと言っていたし、いい機会だ」


「何を作るの?」

「布団を作ってくれ、二人分。お前も布団で寝たいだろ」


「アー…………断る」


「え!? なんで!?」

「だってユーリと別々に寝なきゃいけないってことでしょ? どーしてわざわざ」


「……」


 俺は黙ってローブをたくし上げ、青黒く変色した脛を見せた。それは今朝方、アリョーナに踵を落とされて出来た、真新しい青痣であった。





「いいの? アルヴァトリスだよ。ユーリ、怖くないの?」


 アリョーナがくつくつと笑いながら話す。


「もう騙されねぇ……」


 アリョーナの口からその名前が出るのはこれで二度目だ。一度目は、アリョーナと出会ったあの日、俺を帰らすまいと脅し文句として使われた。


 そう、『アルヴァトリス』。ボスっぽい名前に一度はビビった俺だったが、モンスター図鑑のイラストを見て拍子抜けした。ただのデカいアホウドリだった。快方鳥かいほうちょうというらしい。薬草を好んで食べるこいつの羽毛が、低級回復薬の合成に不可欠なのだとか。


 低級回復薬の素材だ。すなわちこいつ自身も下位のモンスターなのである。今回は羽を頂戴することにした。綿もあるが、もっとフカフカにしたい。


 泉で羽を休めていたアルヴァトリスに近づくと、どうぞ抜いてください、といった具合に平伏したので、必要な分だけ頂戴した。二十本もあれば足りるらしい。





「ユーリ、できた! 見てて! いくよ?」


 ずるずると引き摺り出されてゆく。「あはははっ」自分で作っておきながら、アリョーナは可笑しそうに笑っていた。

 最終的に出てきたのは、俺が知っている布団の二倍の長さのもの。


「『容量拡張』ってすごいね、ユーリ!」

「凄いというか……どうなってんだ……?」


 釜は空っぽになっていた。ぱっと見、すき焼きができそうな普通の鍋なのに。


 まぁいいか。気にしていても仕方ない。


「それより、ベッドと言えば”土台”も欲しいよな。土台は──」

 造物のレシピを開く。

「──レベル3の【細工職人】になるのかな。どうするアリョーナ? やってみるか?」


「えーもういいよ。十分フカフカだよ」


 アリョーナは布団に膝をつけ、柔らかなふくらみをぎゅっと抱き寄せる。まるで泡風呂の泡を集めるように、優しい仕草だ。抱き寄せた布団の端に顔を埋めて、ほんわかと微笑んだ。


「へへ……はやくお薬つくろぉよ♡」


 その姿に、思わず心が揺れた。


「……そうだな」


 その感情を表に出さないように、俺はぱたりとレシピを閉じる。


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 Lv.2【縫合師】

 ──布製品・革製品の錬成が得意。衣服、手袋、ポーチなどの精度が上がる。縫い目の強度や仕立ても錬成に反映される。

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 造物に関しては査定してもらわなくてもいいだろう。造物錬金術フォルマ・アルケミカといえば俺の知り合いはターニャくらいだが、主目的の分野ではないし、何よりこんなでかい布団を持ってルドヴィヤを往復したくはない。


 かなりガバガバな認定だが──オッケー。暫定でレベル2だ──と、アリョーナに伝えることも俺の密かな楽しみの一つだったのだが、本人は医療以外の分野レベルについてはあまり拘っていないらしい。もう回復薬の錬成を始めていた。


 ブレないヤツだ。





 ──その夜。


「ユーリねよ♡」


 シンプルな白いガウンという寝巻き姿に着替えたアリョーナが、布団に寝そべり足をパタパタ曲げていた。


 しかし長い布団だな。すのこすら不要なくらい、厚みもある。折り返せば敷布団+掛け布団になる。

 そんな布団を見ながら、俺はふと思った。


「アリョーナさ。もしかしてわざと一枚なりの布団を作ったか?」

「ぎく……っ」


 アリョーナは首をすくめる。


「え、ナンノコト?」

「…………」



 まぁいいか。今度甲冑でも買ってこようかな。

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