◆ 医療錬金 Lv.2【薬草師】


 ひとまず調理ができるくらいのスペースは確保できたので、調合に必要な水を汲みにいくことになった。


「ユーリはどうしてウチに来たの?」


 お手製のバケツを抱えながら、アリョーナが俺に尋いた。


「……あぁ、それはだな」


 やっぱそういう話になるよな。


「まぁ、なんだ。その、あれだ。外の世界で君のことを知ったんだ。それで顔が見たくなって会いに来た」


 これから一緒にいたい相手だ。できる限り嘘を吐かない方向でいこう。


「私のこと知ってるの?」

「知ってるぞ。といっても表面的なことばかりだけどな」


「表面的?」

「おう。名前とか職業とかだ。アリョーナは錬金術師なんだろ?」


「あ〜」

 なるほどなるほど〜、といった具合にアリョーナはゆっくりと二回頷いた。


「どうした?」

「ン? ……へへ、なんでもない。浅いな~とおもって」


「なに?」

 浅いと言われ、つい声を尖らせてしまう。


「あれ、怒ってるの?」

「……いや、怒ってないぞ」


 怒っちゃいないが……。身元を隠したがってるくせに何だお前その言い草は、とは思った。


「もうちょっと色々知ってるぞ。年齢は14か15だろ」


 アリョーナがくすくすと笑い始めた。なんだ? 違うのか?


「もうすぐ15だよ」

「合ってるじゃねえか。なんで笑うんだよ」


「だって、やっぱり浅いんだもん」


 あえて外して答えてんだよ。

 エカリナの学友であるとか、戦場に飛び出してヴァレンに叱られたとか──。本当はもうちょっと知ってるんだ。


 少し癪だったが14歳の少女に突っかかるのも大人気ないので、鼻で笑っておく。



 途中から道が草から石に代わり、空気がひんやりとしてくる。泉へ到着すると、アリョーナは早速水辺に歩いていき、水の中にバケツを沈めた。半袖にスカートの彼女は「冷たい」といって笑っていた。


 一人でいるときもこんな感じなんだろうか、とぼんやり考える。



「よーし、調合しちゃうね!」


 机が壊れたせいで、アリョーナは床に錬金道具を広げている。生で錬金術を見るのはこれで二度目だ。一度目はエカリナ、そして今度はこいつ。

 アリョーナが釜に向かう姿は、なんというか”庶民的”だった。それが癖であるのか、スカートを穿いているのに胡座あぐらだ。


 変形した錬金釜に水を注ぐと、やがて水面が波打ち、数分で湯気が立ち始めた。


「火がないのに水が沸くのか?」

「そうだよ。だって錬金釜だもん」


 まるでポットみたいだ。

 釜についた模様が、ぼんやりと青く光っている。これが弱火の印らしい。


「どういう仕組みなんだ?」

「知らない」


 エカリナの時もそうだったっけなぁ──記憶を遡ってみるが思い出せない。あいつは素人目にも手際が良すぎた。気付いたらローブが出来上がっていた、といった印象だ。



 俺はアトリエの掃除を再開しつつ、不安な思いでアリョーナが調合する様子を眺めていた。また爆発しないだろうか。

 ふと気になり、俺はガラスを掃く手を止める。彼女の横でしゃがみ、尋ねた。


「そういえばアリョーナ、さっきの爆発だけど、何を作ろうとして失敗したんだ?」

「あー、キズ薬」


「待て」


 俺はアリョーナの手首を掴み、釜に薬草を放り込もうとするのを阻止する。


「ン? どうしたの?」

「お前は今、何を作ろうとしてるんだっけ?」


「えーっと、キズ薬」

「……だよな。また爆発しないか? 手順、見直さなくていいか? レシピとか図鑑とか、そういうのはないのか?」


 水嚢すいのうの水は俺には効き目がない。俺が怪我を負ったらもう、こいつだけが頼りなのだが──すまん、それはちょっと不安だ。


 それが気に障ったのか、アリョーナはムッと顔を顰めた。


「ユーリ? 私これでも、トゥラーニャの国選錬金術師んだよ?」


 国選錬金術師がなんなのか知らないが、過去形である。それが余計に不安を煽る。


「……信じていいんだな?」


 ゆっくりと手首を離すと、アリョーナはその手で「どいたどいた」と俺の胸を押しやった。



 ──グツグツ……



 アリョーナは煮えたつ錬金釜から顔を上げ、俺を振り向いた。


「キズ薬っていっても、さっきはもっと上級のアイテムにチャレンジしてたの」

「そうだったんだな。──釜、見てなくて大丈夫か?」


 あっ、とアリョーナは慌てて前を向き直す。けっこう注意力散漫だ。


 以前エカリナが『調合中に釜から目を離すなんてあり得ない』的なことを言っていたから注意したのだが……。この女子、本当に大丈夫だろうか。


「ユーリ、私ね、回復薬をつくって生活してるの。でも最近、戦争がひどいよね。治療しにくくする新しい兵器が開発されたり、怪我もどんどん悲惨になって……」


 話がゴールへ着地する前に、アリョーナはしゅんと俯いてしまった。


「……そうか。──アリョーナ、釜」

「あー」


 思い出したようにアリョーナは木の枝で釜をかき混ぜた。そこらに落ちていた、ただの木の枝だ。


「だから、そういうことだよ、ユーリ。私はレシピにアレンジを加えながら、新薬を開発中。失敗したのは、『ルーメ・ノクティス』がなくて水飴とバニラエッセンスで代用したから……だと思う」


「ふうん」

「ユーリの手の傷は、いつも作ってるキズ薬で治せるから、安心して!」


 アリョーナが釜から目を離さないように、もう俺の方が彼女の対面に移動した。


 それにしてもルーメ・ノクティスか──どこかで聞いたことがあるな。

 窓辺の床を掃きながら考えていたところ、部屋の隅で無惨にも土をぶちまけている”はち”を見て思い出した。あぁ、これか。


「あるぞ。【宵輝花ルーメ・ノクティス】。そこに」

「え?」


 アリョーナがそちらに目を釘付けにした五秒後、釜から焦げ臭い匂いが漂い始めた。

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