◇ モンスターもいるのかよ!

 ヴァレンが気合を込めて大剣を振り下ろすと、二足歩行の狼の身体が真っ二つに割れた。


「もう、ヴァレン。縦に斬ってどうするのよ。綺麗な毛皮が欲しいのよ?」

「ああ、クセでつい……。ならば、これでいいなっ!」


 フェンリッシュ・ハウラー。筋肉質な体を持った獰猛な狼だ。

 廃屋のキッチンで食料を荒らしていたそいつらに運悪く出会でくわした。俺がズラかる準備をしていたところ、いきなりヴァレンが一頭をアタマから叩き斬った。


 そして飛びかかってきた二頭目をひらりと躱すと、剣を返し、柄のほうで心臓を突いた。

 どん、と鈍い音がするのと同時にフェンリッシュ・ハウラーは高い鳴き声を上げ、どさりと崩れ落ちた。


 短刀で毛皮を剥いでいく姿は、熟練の狩人である。


「おえ……気持ちわりぃ……」


 ぞりっ、ぞりっ、と気色悪い音がする。




 スプラッタな光景から目を背けると、闘いが終わったのを確認したエカリナが大量の白い塊を抱え、階段から下りてきた。


「何だそれ?」

「あなたの服よ。大半が麻布リネンね。少しだけれど、絹布シルクもあったわ」


 どうやらローブの残骸らしいが、どれも焼きただれて着られそうにない。


「まぁ、こんなのでも無いよりマシか」


 比較的状態がマシな一つを手に取り、頭から被ろうとしたところ、エカリナに笑われた。


「あはは。冗談でしょ、賢者ユーリ? 私も錬金術師よ。服くらい即席で作れるわよ」




 ノマドワーカーだなぁ。


 麻布リネン絹布シルク。最後にフェンリッシュ・ハウラーの毛皮。

 ものの三分だ。

 マジでこの女子、カップラーメンを作るノリで衣服を錬成した。

 調合には水が必要だというので、水嚢すいのうから数リットル分けてやった。彼女らは飲み水のストックさえ切らしていたからだ。少しは役に立てて安心した。


 ポータブル錬金キットから、ずるずると、まるで麺のように伸び上がるそれは、どこからどう見ても新品のローブだった。


「すげえ……」


 これが錬金術か……映画やアニメ以外で見たのは初めてだった。


「褒めるのが上手ね、賢者ユーリ。あなたほどの錬金術師ならこれくらいお手の物でしょ」

「錬金術師じゃねえって……。なぁ、これ本当に貰ってもいいのか?」


 広げる。ゆったりとしたメンズ。サイズまで自由自在か。ヴァレンの剣捌きといい、この二人、相当な手練れだな。


「もちろんよ。あなたの為に作ったんだから。ねぇ、ヴァレン」

「ああ。上物の毛皮だ。受け取ってくれ」

「強い・イケメン・性格もいいときたか……。いやぁ憎いね」


 ローブを被りながら、冗談めかして笑う。そして笑ってしまった自分に少し驚いた。


 戦争、錬金術師、モンスター ──たった数時間前までそれらは俺にとって完全なファンタジーだった。

 けれど彼らにとっては紛れもない現実であり、そんな彼らと、短いながらも共に過ごすことで、俺の心身も少しずつ『この世界』に順応を始めたのかもしれない。


 ふと、日本での生活が恋しくなった。

 先日までは当たり前だったはずの日常が、どこか遠い他所の国の出来事のように感じられ、胸の内にわずかな孤独が忍び寄る。


 ──そして芋づる式に思い出してしまう。


 俺の癌、治らないんだよなぁ……。


「着心地はどう?」


 エカリナは、ローブにほつれがないか確かめながら、俺に尋ねる。

 毛皮ベースだが裏地に絹素材が使われ、袖を通すとひんやりした。


「……うん。最高だ。ありがとう、エカリナ。それに、ヴァレンも」


 今は余計なことを考えるのを止そう。

 城は近い。もうじき”あの子”に会えるかもしれない。今はそれだけが俺の心の救いだ。

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