第4話 相対

「では次の2人」


 パウルが大手を振って武舞台ぶぶたいにあがる。


「パウル様ー!応援してますぞー!」


「ふっ!今回の試験は楽に合格できそうだ!楽しみにしていろ!」


 パウルが入った後、俺も武舞台ぶぶたいにあがる。


「初戦で僕に当たるなんて残念だったな。さっき教えた通り、思い出を作って田舎に帰りたまえ。」


「…………構えろ」


「ふん」


 いつも通り、下段に構えて腰を落とす。


 パウルは槍を俺の喉元を一点に狙うように構える。だが、やけに体勢が高いような……?


「始め!」


 地面を思い切り蹴って、身体を前に跳ね飛ばすように突進する。

 右下段から切り上げを繰り出そうと左足を踏み込んで体をひねる。

 すると、左肩の肩口に向かってパウルの鋭い突きが飛んでくる。

 突進の勢いを剣に乗せ、槍を弾き飛ばすが、その反動を利用してパウルは距離をとる。くそぉ、パウルの攻撃が、牽制けんせいとしても奇襲としても精度が高い。


 さて、どう攻略するべきだろうか。


 依然として奴の体勢は高いが、こちらの攻撃を見逃すまいと、強くにらみを利かせてくる。


 再びパウルに向かって突進するが今度は違う。

 奴の槍を弾いてその懐に――

 ――いや、違う?!槍が消えた?!

 と、思ったのもつかの間、その残像が俺の左から形を成して攻撃してきた。

 驚いて手を引き身体を捻る。奴の槍が俺の体軸を捉える寸前で間に合い、胴を掠めただけにとどまった。


 ……どういうことだ?斬撃ざんげきは奴の槍を素早く捉えたと思ったのに。


「これを食らわないだと……!クッ、生意気な!ならばこれだ!」


 カン、カン、ガキィン!鉄のぶつかり合う音が演舞場に響き渡る。


 パウルの三連撃を剣で受けようとするが、さっきの攻撃で崩れた体勢では三発目を受け流しきれず体を大の字に開いてのけ反ってしまう。

 クソッ!体勢を崩された!このままだと追い込まれる!


 パウルは攻めの手を止める様子はないが、どこか悔しそうな表情をしている。

 だが彼は間髪入れず剣をはじく様に槍を横薙よこなぎに振る。

 火花が激しく散りながらその追い打ちで俺は完全に体勢を崩し、背を向けるようにして手をついてしまう。

 息を切らしながら、俺を見下ろすように槍を構える。


「いい思い出だったか?レオン」


 勝利を確信したのか、体勢が崩れた俺を狙って、強い突きを繰り出す。


「甘いな」


 崩れた体勢からそのまま体を捻り、パウルの前足のかかとの後ろからすくい上げるように回し蹴りを繰り出す。

 バシッと音を立てて足払いが決まり、パウルは体勢を崩し、ドスンと尻もちをつく。あっという間の形勢逆転にパウルが目を丸くする。

 淀みなくまっすぐに、パウルの喉元に剣を突き付ける。


 土埃が少し舞い、武舞台ぶぶたいの上は静寂せいじゃくに包まれた。


「ふっ、いい思い出になったぜパウル」


「そこまで。勝者、レオン!」

 


 パウルの喉元にえた剣をさやに戻し、尻もちをついた彼に手を伸ばすと、彼は素早くパチンと払い除けた。


「のぼせ上がるなよ、田舎者が」


 さっきまで見物していた執事がいつのまにかパウルのもとにいた。


「だ、大丈夫ですか?!パウル様」


「気にするな、怪我をしたわけじゃないんだ」


 土埃を払ってパウルが立ち上がる。


「魔力も知らん素人に俺が負けるはずないのに、これはなんかの間違いだ!試験官、試合のやり直しを求める。この男は不正をしている!不正をしているに違いないんだ!」


 ……呆れた。こっちとしちゃあ、あの瞬間移動みたいな攻撃こそ、不正みたいなもんだろ。


 あんな動き、見たことない。それでもパウルは依然としてさっきの試合の結果に納得がいってないようだ。


 パウルに再び向かったときは間違いなく、奴の槍を捉えていたはずだ。


 でも、ゆらりと逃げた槍は俺の左から襲い掛かってきた。


 あの常軌を逸した軌道きどうの攻撃……あれが刻印と組み合わさった戦闘技術なのか。すげぇ。


「すげぇな」


「……は?」


 いきなり何を言い出すのかとパウルは目を丸くする。


「すげぇよ。あんな攻撃今まで見たことなかった。初見でなくてもあの攻撃の軌道きどうなら対応しきれねぇよ」


 その言葉を聞いて、パウルは顔を赤くする。


「貴様ァ……!試合の結果に満足するだけでなく、負けたものに侮蔑まで送るか!」


侮蔑ぶべつゥ?そんなんじゃねえよ。考えてみろよ、もちろん俺は田舎モンだし、刻印どころか魔力さえ知らなかったんだ。それでもお前にに勝てたのは俺がそれ以上の技術をもって戦ったからだ」


 さらにパウルの顔が赤くなる。


「つまり『刻印を使っていながら負けるお前はどれだけ弱いんだ』と問いたいのか!」


「ちがう。刻印なしで勝てるのは、お前が貴族として人付き合いをしている間に俺は畑仕事をして、お前が貴族として必要な作法を身に着けている間に俺は親父と剣の稽古けいこをして、お前がいろんな勉強をしている間に俺は稽古けいこでうまくいかなかったところを思い出して練習してるんだ。この技術だけは負けるわけにはいかないし、次にお前と同じように試合をしてもまた勝つと思う」


 パウルは、地面に落ちた槍を拾って殴りかかってきた。


「貴様それ以上――」


「ただ」


 俺の顔面すんでのところで槍が止まる。


「ただ、その経験をもってしても、あの攻撃は面食らったし、だからこそすごいと思ったし、だからこそもったいないと思ったんだ。パウル、お前その技を必殺技みたいに捉えてるだろ」


「そうだ!いままでこの技を見切られたことはない!」


「確かに見切るのは難しいだろうよ。でもあの攻撃を必殺技と考えたからこそ、寸前すんぜんで急所を外した俺に動揺したろ」


「だからそれは貴様が不正をはたらいたんだろうが!」


「あの攻撃が急所を捉えられなかったのは、お前の構えが攻めていなかったからだよ」


「攻め、だと?」


 怒りが収まってきたのか少しずつパウルの顔色が戻ってくる。


「攻撃を繰り出すにはあまりにも腰が高いんだよ。そのおかげで違和感を感じたから、いち早く反応できたわけ」


「な、ならば、お前の初撃は俺を倒すために繰り出していなかったって言うのか」


 パウルの顔色がすっかりもとに戻ると、実力の差を少しずつ感じ始めたのか、語気が弱まってくる。


「倒すために繰り出した一撃なのは間違いないんだ。だけど、俺はあのとき、お前に向かって繰り出した攻撃の次を考えていたんだ。でも、攻撃をよけられたお前は頭に血を登らせたまんまに考え付いた攻撃ばっかり繰り出していたんじゃないか?」


「ぐっ……」


「でも、その攻撃は良かった。攻めの手を緩めずに俺の体勢を崩し切ってとどめを刺す手前まで行ったんだ。あそこでほっとしたお前に気付いたから、その隙を逃さなかったからこそ俺が勝ったんだ。そこまでのとっさの攻撃のセンスはすごかったと思ったし、油断1つで負けに追い込まれたことがもったいないって言ったんだ」


 まさにぐぅの音もでないといった様子のパウルは振りかざした槍をゆっくりと下ろして、出口に向かって歩き出す。


 慌てて召使いがその後ろについてゆく途中で、いきなり立ち止まったパウルにぶつかる。


「も、申し訳ありません、パウル様!」


 先ほどの赤い顔で八つ当たりでもされるかもしれないとひるんだ召使いだったが、意外にもパウルはまっすぐ俺のほうにふりかえって、


「今日の勝負は俺の負けのようだ。次戦うことがあれば覚悟することだな。今日のことは絶対忘れん。この俺にここまで恥をかかせてくれたのだからな」


 といい、スっと振り向いて武舞台ぶぶたいから降りて行った。

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