第30話 新戦力の勧誘④


 週末になり、俺は時間のほとんどゲームに費やしていた。研究と呼べるほど大層なのものではないが、録画した自分の映像を見ることで気づく点は多い。


 なぜ、この場面で敵はこちら側に詰めてきたのか、そんなことを考えるだけでもかなり有意義だ。高レート帯はパーティーの中で戦術を考えるものがいる。


 こういう戦術的な思考は牧野が最も得意だった。短い間に、戦況を完璧に判断し、押すのか引くのか決めていく、統計に基づいた「完全理論派」というに相応しい人物だった。


 チームの本当の意味での「核」というのは、エースではなく戦況を考え、動かす脳である。将棋は駒があっても、動かす人間がいなければ成り立たないのと同じ。


「もうすぐ約束の時間か……」


 俺はぼそっと独り言を呟きながら、黙々とランクをソロで回していた。しばらくすると、篠宮菜希からメッセージが送られてくる。


「プレイヤーのIDを教えて!」


 俺はすぐに返事をすると、再び彼女からのレスポンスが返ってきた。


「電話掛けるからすぐに出てよね!」


 メッセージの最後に「!」がついてるのが、彼女の機嫌の悪さの度合いを表しているようだった。文面からは想像できないが、デフォルトでこの態度なのだろうか……。超扱いづらい。すぐに電話を掛けてきた彼女は、すぐにぶっきらぼうな声で、


「もしもし」


 と、第一声を放つ。俺は慌てて、


「は……はい」


 と返事をしてしまう。すると、彼女はすぐに用件を切り出した。


「やるんでしょ、早くしてよ」


 もうちょっと楽しみながら、というわけにはいかないらしい。


「雑魚だったらすぐにやめるからね」


 そう告げた彼女の口調は、冗談を言っているような口調ではなかった。


「ああ、わかってる」


 射撃訓練場に入った彼女のキャラの動きは素人には見えなかった。なんとなく、彼女のゲーマーとしての「本質」が見えてきたような気がした。最低限の準備は怠らないし、本当に彼女が圧勝するようなことがあれば、即座にゲームを閉じるだろう。


 彼女がどのくらいの実力者なのか、それは互いに撃ち合いをすればわかる。


 勝負は5本先取のタイマン勝負。俺は彼女が指定した場所まで移動し、お互いに最初は岩陰に隠れる。真上にグレネード投げて、爆発したタイミングで撃ち合う流れだ。


『じゃ、行くよ! 3……2……1……』


 カウントダウンと共に俺は岩陰から身を乗り出してグレネードを投擲する。その数秒後、近くで爆発音がしたのでお互いに撃ち合いを始めることになる。俺が先に射撃を開始したが、相手の反応も早い。彼女は岩陰から身を乗り出して、俺のいる岩に隠れるように狙いを定めている。互いに撃ち合いを続けながら、俺は徐々に相手との距離を詰めていく。ヘルスは現時点で互角。回復はない。


 岩と壁の間に体を滑り込ませながら相手を狙う。彼女も同様に体を隠しながら、俺の方に狙いを定めてくる。彼女はかなり撃ち合いが上手かった。FPSを数年前からやっていただけあって射撃の基礎はある。ただし、タイミングや駆け引きはまだ詰めが甘い。岩陰から僅かにピークしようとした彼女の頭を俺は正確に撃ち抜く。


(ちょっと大人げなさ過ぎたか……)


 そんな負け方をしても彼女の心は折れなかった。むしろ、より勝負に真剣になったようで、何も言わずに再び戦闘を開始するための定位置に戻る。彼女は単純にゲームが好きなわけじゃない、負けず嫌いだというのが見て取れる。何事においても「負けず嫌い」というのは素晴らしい才能である。負けて折れてしまう人間より、撃ち負けてもなお、立ち上がり果敢に向かっていく人間の方が伸び代がある。


「アンタ、滅茶苦茶強いじゃん……」


 彼女はため息交じりにそう呟いた。五本先取の勝負が終わり、結果はストレートで俺の勝ちだった。


 ただ、彼女の実力は本物だった。撃ち合いでの駆け引きも、勝負勘も悪くない。


「急な話になっちゃうんだけどさ、ゲームの同好会とかに興味はない?」

「はぁ……、なに急に……、別に興味ない」


 彼女は少し間を置いて、そう答えた。そう答えられても引き下がることなどしない。俺は昔から諦めが悪いからな……。


「君みたいなセンスのある人間なら、絶対活躍できると思うんだよね。NRTの選手みたいにさ」

「アンタ、世界大会にでも出ようとしてるわけ?」

「あぁ、一応そのつもりだ」


 彼女は少し、黙り込んだ。俺は軽く探りを入れつつ、言葉を続ける。


「別に無理にとは言わないし、いくらでも考えて欲しい。少しでも興味があるなら、連絡してほしい」


 彼女は黙り続けていた。考え込んだ末に、やがて彼女は口を開く。


「アンタは……、なんのためにゲームやってるの?」

「なんで、って……。そりゃあ、強い奴と戦えた方が楽しいだろ。それにゲームはコミュニケーションツールでもある」


 色々な人間とゲームを通じて交流できる。それが、俺の思う「ゲームの魅力」だ。


「篠宮さんが抱えてるものだって、クラスメイトじゃない人間と交流することで何か変わるかもしれない」

「……」


 彼女は再び黙り込んだ。俺は、彼女の返答を待つことにした。


「考えておく」


 彼女はそう答えた。俺は少し嬉しかった。彼女が前向きな姿勢を見せてくれたことが、だ。


「ありがとう、じゃあまた連絡するよ」


 俺は彼女にそう言ってから通話を切った。そして、すぐにメッセージを送る。


「もし、決まったら放課後コンピューター室に来て欲しい。そこで活動してるから」


 既読はついたが特に返事はなかった。まぁ、いい。果報は寝て待てというのだから、週明けくらいに返事をくれればそれでよいと思った。


 ベッドに横たわると、自然とあくびが出る。夜通しでゲームをやっていた反動だろう、瞳を閉じるとすぐに俺は眠りに落ちていった。

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