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「なんの話?」
真央は慎重に言葉を発した。貴子のことも、自分が今危機にあることも、まるで分かっていない、という顔をして。
男は真央の顔をじっと見つめてきた。黒い目をしていた。日本人なら大抵目は黒いだろう、などという話ではなく、光の一切ない、宇宙のはじまりくらい黒い目をしていた。真央はその目を見て咄嗟に、嘘を突き通せないかも知れない、と思った。貴子のことなんか知らない、という顔でやり過ごすつもりだったけれど、それができないかもしれないと。
「貴子と住んでるだろ。」
男の声はごく低く、不穏な響きかたをした。真央の嘘に気が付いていて、それを静かに責めたてているみたいな声。真央はぐっと奥歯を噛んでしばらく考え込んだ。どうすれば無事にここを出て、貴子の身も危険にさらさずに済むかと。そして結局、頷いた。この男の目に見据えられていれば嘘をつききれない気がしたし、貴子とは男が思っているようないかがわしい仲ではないのだから、恨みを買いようもないだろうという目算もあった。
「……住んでるけど、ヒモとかではないよ。俺、普通にゲイだし。」
男は、真央が決死の思いで張った防御線を聞いて、鼻で笑った。真央の言うことをまるで信じていない態度だった。真央は、裸でベッドに座り込んだまま、じりじりと追いつめられていた。どうしたらこの男を納得させられるだろう。ないことの証明は、どこまでも難しい。
「……貴子さんには、弟がいたみたいだから、その代打みたいなもん。」
半分悪あがきみたいな台詞を口にした瞬間、男の表情が変わった。これまでなんの色も浮かべてこなかった黒い瞳が、一気に燃える。その目にまともに見つめられていた真央は、思わず喉を鳴らした。
「……弟?」
真央は、蛇に睨まれた蛙のように、じっと身を硬くしているしかなかった。自分の台詞が男の地雷を踏みぬいたことは確かだが、その地雷のありかがどこだったのかが分からない。だから避難のしようもなく、地雷原で蹲っているしかない。
「あんた、貴子の弟代わりやってんのか。」
男の声も、端々から熱を感じるほどに燃え切っていた。さっきまでは、わずかばかりの熱量も感じさせない男だったのに。真央は身を縮めながら、じっと男の表情を伺い、なんとか逃げる隙を探そうと必死に頭を巡らせていた。
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