小さき英雄の戦い
@hokkaitamago
1話
夕焼けが、瓦礫の山となった戦場跡を赤く染めていた。風が、焼け焦げた鎧や武器の間を吹き抜け、乾いた土と血の匂いを運んでくる。アゼルは、静かに呟いた。
「……終わった、のか」
目の前には、倒れ伏した敵国の将軍。その体からは、もう何の気配も感じられない。アゼルは、荒い息を吐きながら、自身の両手を見つめた。そこには、無数の傷跡。勝利の余韻はなく、ただ疲労だけが残る。
アゼルは、無言で戦場跡を見渡す。そこには、まだ戦いの傷跡が残る光景。倒れた兵士たち、壊れた武器や馬車。彼らの瞳には、絶望と悲しみが色濃く映っていた。かつて、この地は強大な力を持つ王によって統治されていた。しかし、その王は西に位置する強大な軍事国家『ガルディア帝国』との戦争で命を落とした。
『ガルディア帝国』は、大陸全土にその名を轟かせる歴史ある大国である。その歴史は王国のそれよりも長く、古くから大陸の中心として栄えてきた。元来は温厚な国家であり、周辺諸国との友好関係を築きながら、文化や技術の発展に貢献してきた。しかし、近年は周辺諸国の情勢不安や、大陸全体の混乱を憂慮し、やむを得ず軍事力を強化している。その強大な軍事力は、大陸最強とも謳われ、その抑止力は周辺諸国に大きな影響を与えている。
アゼルは、元の王国で東方軍の管理者として王国の東地域を守っていた。しかし、王とその側近が無謀にも『ガルディア帝国』に戦争を仕掛け、返り討ちにあったことで、この地は『ガルディア帝国』に併合された。
そして今回、アゼルはこの地の東側に位置する別の軍事国家との戦争で、指揮官として戦っていた。しかし、アゼル率いる軍は援軍のない状態で戦争をしており、苦戦を強いられていた。
ガルディア帝国は、この地からみてガルディア帝国を挟んでさらに西側と北側の国家と戦争をしており、東側の戦線に援軍を送る余裕がなかったのだ。特に、北側の戦線は激戦となっており、全戦力を投入する必要があった。
アゼルは、敵の軍隊のトップと戦い、重傷を負い、魔力を使い切りながらも倒した。本来魔力を使い切ると死んでしまうが、アゼルの特殊な体質により体が縮みながらも生きながらえることに成功した。しかし魔力が回復するには数か月はかかり体も小さく力はい一般人並しか残っていない。
(……これから、なんだ)
アゼルは、心の中で呟く。戦いは終わった。しかし、本当の戦いはこれから始まるのかもしれない。荒廃した国土、疲弊した民、そして、くすぶり続ける反政府勢力の影。
数日後、アゼルは自室の執務机に向かっていた。窓の外には、復興が進む街並みが見える。しかし、彼の心は晴れない。
報告書に目を通す。そこには、城下で起きた爆発事件のことが書かれていた。犠牲者の数、被害の状況、そして、犯行声明。
「……また、か」
アゼルは、ため息をつく。戦後、国内では反政府勢力の活動が活発化していた。彼らは、アゼルの弱体化に乗じて勢力を拡大しようとしている。テロ、暗殺、そして、民衆の扇動。彼らの目的は、アゼルの失脚、そして、この地の掌握。
反政府勢力は、王国の再興を強く望んでいた。彼らは、王国の滅亡を深く悲しみ、いつか必ず王国を再興させると誓っていた。彼らは、帝国に対して戦いもせずに服従したアゼルを許せなかった。アゼルは、東方軍の管理者としてこの地を守っていたが、王国の滅亡を防ぐことができなかった。それどころか、帝国に服従し、その指揮官として戦う道を選んだ。
反政府勢力は、アゼルを裏切り者だと考えていた。彼らにとって、アゼルは王国の再興を阻む最大の障害だった。
彼らは、民衆に訴えかけた。帝国に服従するアゼルではなく、王国の再興を願う自分たちこそが、この地の指導者にふさわしいと。彼らは、民衆の心を掴み、勢力を拡大していった。
アゼルは、反政府勢力の行動を苦々しく思っていた。しかし、彼には彼らを非難する資格はなかった。彼自身、王国の滅亡を防ぐことができなかったのだから。
アゼルは、反政府勢力との対立を避けようとした。しかし、彼らの勢力は日に日に増していき、ついにアゼルは彼らと対峙せざるを得なくなった。
アゼルは、自らの両手を見つめる。かつては、この手で数多の敵を打ち倒した。しかし、今の彼の体は、魔力の使い過ぎによって一時的に縮み、力は一般人並みに落ちている。
(……この力では、何も守れない)
アゼルは、拳を握りしめる。しかし、過去を悔やんでも、何も変わらない。
「アゼル様、ご報告いたします」
リリアが、報告書を手にしながら入ってきた。彼女の表情は、いつもの冷静さを失い、わずかに焦りの色を帯びていた。
「ああ、ご苦労様」
アゼルは、顔を上げずに答える。
「反政府勢力の動きが、活発になっております。特に、アゼル様の身辺を狙った動きが……」
リリアは、心配そうにアゼルを見つめる。
「……わかっている。だが、今はそれよりも、民の生活を立て直すことが先決だ」
アゼルは、報告書から目を離さずに答える。
「しかし……」
リリアは、何か言いたげだったが、アゼルはそれを制した。
「リリア、今は、余計な心配はするな。それよりも、君には君にしかできないことがあるはずだ」
「……承知いたしました」
リリアは、静かに部屋を出ていく。アゼルは、窓から外を眺める。夕焼けが、街を赤く染めていた。
(……僕が、この地を守る)
アゼルは、心の中で誓う。たとえ、力がなくとも、この地を守り抜くと。それが、彼に与えられた使命であり、彼が背負うべき責任だった。
その日、アゼルは復興状況の視察のため、馬車で城下を移動していた。テロが頻発するようになってから、護衛の兵士を増やしていた。リリアが同行し、報告書を読み上げている。
「……以上が、現在の復興状況です」
「ああ、ご苦労様」
アゼルは、窓の外を眺めながら答える。しかし、その時、轟音が響き渡った。馬車が激しく揺れ、炎が立ち上る。
「アゼル様!」
リリアの叫び声が聞こえる。アゼルは、爆発の中心から必死に逃れようとするが、爆風に巻き込まれ、意識を失った。
どれくらいの時間が経っただろうか。アゼルは、薄れゆく意識の中で、リリアの声を聞いた。
「アゼル様……!しっかりしてください!」
アゼルは、ゆっくりと目を開ける。目の前には、心配そうなリリアの顔があった。
「リリア……?」
「アゼル様……!よかった……!」
リリアは、涙を流しながらアゼルを抱きしめた。アゼルは、全身に激痛を感じながら、自分の体を確認する。服は焼け焦げ、体には無数の傷があった。
「……僕は、どうなったんだ?」
「馬車に爆弾が仕掛けられていました。反政府勢力の仕業だと思われます」
リリアは、震える声で答える。
「……そう、か」
アゼルは、再び意識を失いかけた。しかし、彼は必死に意識を保ち、リリアに尋ねた。
「リリア……僕は、もう……」
「そんなこと、言わないでください!アゼル様は、必ず……!」
リリアは、涙ながらにアゼルを励ます。
「……ありがとう、リリア」
アゼルは、微笑み、意識を手放した。
数日後、アゼルは自室のベッドで目を覚ました。体はまだ重く、激痛が全身を走る。しかし、彼はゆっくりと体を起こし、窓の外を見た。そこには、復興が進む街並みが広がっていた。
「アゼル様、目を覚まされたのですね!」
リリアが、心配そうな表情で駆け寄ってきた。
「ああ、リリア。心配かけたな」
「ご無事で何よりです。ですが、まだ無理はなさらないでください」
リリアは、アゼルをベッドに横たわらせようとする。しかし、アゼルはそれを制した。
「リリア、今の状況を教えてくれ」
「はい。テロの件ですが、反政府勢力の犯行で間違いありません。彼らは、アゼル様の弱体化に乗じて勢力を拡大しようとしているようです」
リリアは、報告書をアゼルに手渡す。アゼルは、報告書に目を通しながら、リリアに尋ねた。
「ガルディア帝国の反応は?」
「宰相様がお見舞いに来られるそうです」
その時、部屋の扉が開き、『ガルディア帝国』の宰相が入ってきた。
「アゼル殿、ご無事でしたか」
宰相は、落ち着いた口調でアゼルに話しかける。
「……」
アゼルは、静かに宰相の言葉を聞いていた。
「皇帝陛下より伝言を預かっております。アゼル殿の能力は高く評価している。しかし、この地を安定させるためには、今すぐ新たな指導者が必要であると判断した。数か月後には魔力が回復すると聞いているが、それまで待つことはできない」
宰相は、アゼルに告げる。
「……」
アゼルは、何も言わずに宰相の言葉を聞いていた。
「宰相様、それは……」
リリアが、何か言いたげな表情を見せる。
「リリア、今は黙っていてくれ」
アゼルは、リリアを制し、家臣に向き直る。
「しかし、私はまだこの地のためにできることがある。指導者として民を導きたい」
アゼルは、静かに、しかし力強く訴える。
「アゼル殿のご心情は理解いたします。しかし、これは皇帝陛下の皇命です。いかなる理由があろうと、覆すことはできません」
家臣は、アゼルの言葉を遮り、冷たく言い放つ。
「……」
アゼルは、何も言えなかった。皇命の前には、いかなる言葉も無力だった。
「つきましては、アゼル殿はこの地の指導者としての地位を解かれ、一切の職務から解放されます。ただし、先の戦争におけるアゼル殿の多大な功績に鑑み、今後の暮らしに不自由のないよう、しかるべき配慮はいたしますので、ご安心ください」
家臣は、アゼルに告げる。その声は、冷たく、感情を一切含まないものだった。アゼルは、静かにその言葉を聞いていた。彼の表情は、驚きや怒りではなく、ただ静かに受け入れているようだった。
「……承知いたしました」
アゼルは、静かに答える。彼の声は、わずかに震えていたが、それは怒りではなく、深い悲しみから来るものだった。家臣は、今後の手続きについて簡単に話すと、部屋を後にした。
部屋には、アゼルとリリアだけが残された。リリアは、アゼルの顔を見ることができなかった。彼女は、アゼルがどれほどの苦しみを抱えているのか、想像もできなかった。
「アゼル様……」
リリアは、声をかけた。しかし、アゼルは何も答えなかった。彼は、ただ窓の外を見つめていた。夕焼けが、街を赤く染めていた。その光景は、まるでアゼルの心のようだった。
一週間後、この地では新たな指導者の就任式が行われていた。新たな指導者は、アゼルの同僚であり、かつて北の軍を統括していた「ガイウス」という男だった。ガイウスは、アゼルに武勇は劣るものの、卓越した政治手腕を持つ人物として知られていた。ガルディア帝国は、アゼルの力を評価しつつも、地域の安定を優先し、新たな管理者としてガイウスを登用したのだった。
アゼルは、自室の窓から就任式の様子を眺めていた。ガイウスは、民衆の歓声に応え、堂々とした態度で演説を行っている。その姿は、かつての自分と重なり、アゼルは複雑な思いを抱いていた。
「アゼル様、もうお時間です」
リリアが、アゼルに声をかける。
「ああ、わかっている」
アゼルは、静かに答える。彼は、この地を離れる準備を終え、リリアに別れを告げようとしていた。
「アゼル様、あの……」
リリアは、何か言いたげな表情を見せる。
「リリア、心配しないでくれ。僕は、きっと大丈夫だ」
アゼルは、リリアの頭を撫で、優しく微笑みかけた。
「……はい、アゼル様の無事をお祈りしています」
リリアは、涙をこらえながら答える。
アゼルは、リリアに背を向け、部屋を出て行った。彼の胸には、寂しさと、それでも前に進もうとする強い意志が宿っていた。
アゼルは、この地を離れ、静かな場所で魔力の回復に専念することにした。しかし、彼の魔力はほとんど回復せず、このままでは全快まで数十年かかることがわかった。アゼルは、この状況に危機感を覚え、魔力回復の原因と回復方法を探す旅に出ることを決意した。
アゼルは、あてもなく旅を続けた。彼は、様々な場所を訪れ、様々な人々と出会った。その中で、彼は魔力に関する情報を集めようとしたが、有益な情報はほとんど得られなかった。
そんなある日、アゼルは、小さな村に立ち寄った。その村は、豊かな自然に囲まれた美しい場所だった。アゼルは、村の宿屋に泊まり、情報収集を試みた。
宿屋の主人から、村の近くに住む老賢者のことを聞いた。老賢者は、魔法に関する知識が豊富で、どんな難題でも解決してくれるという。アゼルは、藁にもすがる思いで、老賢者を訪ねることにした。
老賢者の家は、村から少し離れた森の中にあった。アゼルは、老賢者の家を訪ね、事情を説明した。老賢者は、アゼルの話を聞き、しばらく考え込んだ。
「アゼルよ、お前の魔力が回復しないのは、魔力回路に異常をきたしておるからじゃ」
老賢者は、静かに語り始めた。
「魔力を使い果たした際、特殊な体質により体が縮んだ影響で、魔力回路に深刻なダメージを負ったのじゃろう。通常の回復方法では、もはや回復は見込めん」
アゼルは、老賢者の言葉に深く考え込んだ。彼は、戦争で力を使い果たし、その結果、このような状況に陥ってしまったのだ。
「では、どうすれば魔力回路を修復できるのでしょうか?」
アゼルは、老賢者に尋ねた。
「それは、お前自身で見つけるしかない。古代の文献を調べ、失われた技術を探し出すことで、道は開けるじゃろう」
老賢者は、そう答えた。
アゼルは、老賢者の言葉を胸に、再び旅に出ることを決意した。彼は、魔力回路を修復し、再び力を取り戻すために、旅を続けるのだった。
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