第10話 ファッションショーと衝撃の……?
突然の撮影会も終わって、一息ついた頃。
あれで今日の目的はおしまい────ということもなく、私は試着室の中で一人、眉間に皺を寄せながら鏡と向き合っていた。
「日坂ちゃ~ん? 着れた~?」
「こ、このスカート短くない……!?」
「ないない。うちはいつもそれくらいだし」
その言葉を聞いてから、改めて自分の姿を見る。
膝よりかなり上のスカートの丈。こんなに足が涼しい思い、今までしてこなかった。
そして何より、カーテンの外から声をかけてきている人だけが似合いそうな派手なピンクの服。黄色で変なキャラクターが描かれているのも気になるけれど……。
こんなビビッドカラー、私には絶望的に似合ってなさすぎた。
「着れてるよね~? もう開けるよ~?」
「ちょっ、待っ────」
私の制止の言葉を遮るように、カーテンの流れる音が。
ワクワクが隠しきれてない乾さん、その後ろで呆れがちに立っている九条さんとバッチリ目が合う。
そして、すぐに二人が気まずい空気になったのが分かった。
「あ~、えっと……」
「あなた、もう少し自分の趣味は控えめにしたほうがいいわよ」
「そ、そうだね……。ごめんね、日坂ちゃん」
「うぅ、そんなフォローいらないんだけど」
こんな派手なギャルファッションを着る羽目になったのも、乾さんが原因だった。
突然の撮影会のお礼として、小清水さんがお店に置いてある服を好きなだけ試着させてくれることになったんだけど……。
ファッションの勉強と題して、私は着せ替え人形にされているのだ。
撮影会に気を取られていたけど、今日の目的が良い女になるための特訓だったのを危うく忘れるところだった。
「それなら、次は私にやらせてくれる?」
「まあ、九条さんなら……」
「ちょっと、うちへの信頼は!?」
ちゃんと似合うものを選べるはずなのに、あんな服を選ぶなんて……。乾さんへの警戒心を高くするには、十分すぎるくらい恥ずかしかった。
そうして、九条さんが服を選びに行って待つこと数分。
持ってきたものは、見た感じ派手なものではなさそうでホッとする。
試着室の中に持ち込んで確認すると、私が普段着ないような大人びたもので、なんだか新鮮に感じた。
パンツスタイルだから、足は涼しくなくていいし。
そう思ったところで、私はとある人を思い浮かべて気づく。
「これ、九条さんだからこそ着こなせるような……」
着てみた感じは、さっきほどの違和感はないけれど……。頭の中で想像しているようなフォルムにはなっていない気がした。
自分の勘違いであってほしいと願いながら、恐る恐るカーテンを開けてみる。
「ど、どうかな」
「いいじゃない。普段とイメージが変わって、大人っぽくなったと思うわ」
「う~ん、確かにイメチェンは出来てるけど……」
「けど?」
九条さんの良好な反応とは対照的に、乾さんの表情は険しくて。
その理由はなんとなく分かった気がした。
「これ、日坂ちゃん向きじゃないかも」
「九条さんと比べて背低いし、足短いもんね!」
「ひ、日坂ちゃん落ち着いて。そんなこと言ってないから」
「遠回しに言ってるようなもんだよ……」
「そんなに日坂さんに合ってないかしら。私は纏まってて良いと思ったのだけど」
多分、九条さんのスタイルじゃ何でも似合うんだろうな……。着るものに困ったことないから、服のバランスだけで決められるんだ。
似たファッションの九条さんと見比べれば、スタイルの差は歴然。とても隣には並べなかった。
「ご、ごめん……。次はうちも真剣に選ぶから」
「私、ファッションが分からないよ……」
「だったら、優美子ちゃんの気分を変えるためにあたしも参加させてもらおうかな」
「杏咲さんが!?」
「えっ、それって……。またギャルファッションになりません?」
「あははっ、一応あたしはお店やってるからね。自分の趣味でいきたいところだけど、優美子ちゃんに似合いそうなものをちゃんと選ぶよ」
そう言われても、私としては半信半疑になってしまう。
服屋の店員さんは、ただ見てるだけでもすぐに近づいてきて、私には眩しすぎる流行りの服を勧めてくるイメージがあるから。
そのせいで、どうしても警戒してしまうのだった。
「優美子ちゃんに、というよりファッション初心者向けにオススメなのは、やっぱりワンピースだね。小柄な女の子なら着こなしやすいと思う」
「ワンピースって、なんだか私には可愛いすぎませんか?」
「いやいや、優美子ちゃんは可愛いんだから。その可愛さが増すと思えば悪くなくない?」
「私、そんなキャラじゃないですって」
「自己肯定感が低いなぁ。まぁ、騙されたと思ってさ」
私の意見は聞いてもらえないようで、小清水さんは迷う素振りも見せず一直線に歩いていく。
そうして数ある服の中から一瞬で持ってきたのは、自分ではまず選ぶことのない綺麗な白のワンピースだった。
「少し丈が長めのものがいいんじゃないかな。真っ白なほうが、優美子ちゃんのキャラクターには合ってると思う」
なんだか、お嬢様みたい。それこそ、九条さんが別荘のある草原に佇んでいるときに纏っていそうな……。
「なぜ私を見ているの?」
「九条さんに似合いそうだなって」
「ちょいちょい! 日坂ちゃんマイナス思考になりすぎてない!?」
「あははっ、本当に面白い子だね。けど、あたしは優美子ちゃんに似合うと思って選んだから」
綺麗な顔を向けられてそんなことを言われれば、流石に断ることも出来なくて。選んでもらったものを受け取ると、私は再び試着室の中へと入る。
まだ小さかった頃は着ていた記憶もあるけれど、それにしても久々のワンピース。
私は、自分に合う服がいまいち分からなかった。
小学生のときからずっと服の雰囲気は変わっていないこともあって、私服は未だに子どもっぽいまま。
プロに選んでもらっただけで、そんな悩みが解決するかは分からないけれど。
すっと馴染んだ気がする感覚を信じて、私はゆっくりとカーテンを開けてみる。
「おっ、もう着れた、の…………日坂ちゃんが清楚だ……!」
「そうね、とても素敵よ。これなら日坂さんらしさも出ているわね」
「いいじゃん! あたしの見立て通りだね」
「な、なんか恥ずかしい……」
「あとは、こういうボレロカーディガンを羽織ったりすれば────ほら、オシャレっぽくない?」
小清水さんに羽織るよう促されたのは、ベージュのボレロカーディガン。
鏡を見てみると、いつもの私と違うのにここまで馴染んでいることに新鮮な感じがした。
「その顔は気に入ってくれたってことでいいかな?」
「これ、ください……!」
「毎度あり~」
「あっ、だから杏咲さんが真剣だったのか」
「一応、商売はしないとねっ」
まんまと小清水さんの策略にはめられたけれど、いい買い物が出来たと思う。
乾さんと九条さんも気に入った服があったのか、ちゃっかり買っていたみたいだし。
時間を見ればお昼はとっくに過ぎていて、すっかり小清水さんのお世話になってしまっていた。
「また三人で来てよ。いつでも大歓迎だからっ」
「杏咲さんっ、本当に楽しかったです!」
「わざわざお店を閉めていただいて、今日はありがとうございました」
「あ、ありがとうございました。すごく勉強になりました」
「優美子ちゃん。これからはもっと自分に自信持ちなよ?」
「えっ? あ……出来るだけ頑張ってみます」
そんなことを言われると思ってなかったので、あやふやな返事になってしまった。
けど、努力をすれば私も変われるのかもしれないと思った一日でもあった。
「あと、これからも千波ちゃんに力を貸してあげてね」
「はい……っ!」
「憬華ちゃんも。彼女としてよろしくね?」
「もちろんです」
「もう恥ずかしいからやめてくださいよ~」
顔を赤くして間に入る乾さん。その反応に笑っている小清水さんを見ていると、なんだか二人が姉妹みたいに思えてくる。
「若いっていいねぇ。あ~、あたしも彼女ほしい」
「……えっ!? 小清水さんも女の人が好きなんですか!?」
「そんなに驚くこと?」
「来る前に言ってなかったっけ? だからうちも恋愛相談してたんだけど……」
「聞いてないわ。というより、それなら余計に危なかったじゃない……」
「あはは、十歳も年下の高校生を恋愛対象としては見ないから。そこは安心して」
「なんだぁ……」
「なんで、あなたは落ち込んでいるのよ」
もしかしたらと期待した分、一瞬で自分の生まれの遅さを恨むことになるとは……。
私の運命の出会いは、どうやらまだまだ先みたいだ。
こんなオシャレな服屋さんで、ファッションの勉強なんて────来る前はそんな思いがあったけれど、なんだかんだで楽しい一日だった。
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