モモの花は枯れた

バル@小説もどき書き

発芽

 私、きよひろももは高校生になった。正確には高校生になってから少し経っているのだが、とにかく私は高校生になった。そして今、大いに悩んでいる。


 というのも、親友のともやまが、いつも私のそばにくっついていたかわいいかわいいスズが今、私の下に居ないからだ。


「あのね、モモ。中学時代はモモに頼りきりだったから、高校では私一人で頑張ってみたいの。だから私は部活に入ることに決めたよ。モモとは別のやつ。だから、モモが入ろうとしてる部活があるなら教えてほしいな」


「え、いや部活なんて入るつもり無かったけど……ほんとに大丈夫?」


「うん。私頑張る。モモと一緒の時間が減るのはさみしいけど」


 私のスズが独り立ちしてしまった……本当は部活入ろうと思ってました。スズと一緒のところに。でも、それがスズの願いなら、私は。


 少し前までは二人で楽しかった帰り道。今は一人。とても淋しく虚しく、スズが居ないと何も楽しくないや。


 途中にある公園。よくここで無駄に時間を潰したなぁとか思いながらブランコに座ってみる。ちっこい子供はボールに夢中でブランコになんか目もくれないので制服を着た子供が占領していても誰も文句を言わない。何も考えずに時間というものを無駄に消費するにはいい環境だ。それにしても、スズが居ないだけでここまで私の時間は面白くなくなるのか。もし、このままスズが私の下を完全に離れてどこかに行ってしまったら私はどうにかなってしまうのではないかとすら思える。というか、どうにかなるだろう。




 どれだけ時間が経ったか知らないが、公園の前を過ぎる人通りも高校生が増えてきた。その中には知ってる顔も居て。あいつとは中学生のとき何回か遊んだことあったな、とかぼーっと考えてると私に気づいてこっちに来た。今は誰かと話す気分じゃないんだけど。


「モモ、久しぶり」


「んーそうだね。久しいね」


「最近どう? 高校入ってから会ってなかったし」


「どうと言われてもなぁ。あいも変わらずにやりたいことだけやってるよ」


「中学の時、私と何度か遊んでくれてたよね」


「そうだったねぇ」


 もうここに居たくないのでブランコから降りる。出口に向かおうと身体をそちらに向けると、その進路を妨げるように彼女が立つ。確かに私は中学生の頃広く浅くの交友関係を持っていたし、その日一緒に遊ぶ誰かには楽しかったと思ってほしかったので、相手に合わせたそういう遊び方をすることもあった。でも、今は私にはスズが居る。いや、今は居ないけど、要る。だからそれ以前の交友関係に興味をなくすのも自然なことではないだろうか? そういうもんじゃない?


「でも突然、誘っても遊んでくれなくなったよね、なんで?」


「なんでと言われてもねぇ。そんなの覚えてないよ」


「どうして? 私を一人の世界から連れ出してあげるって言って色々してくれたのに、どうして急に私のことを見捨てたの」


「見捨てたって大げさな」


 なんだこのとてもめんどくさい状況は。正直一秒でも早くここから逃げ出したい気分だ。私はスズ以外のことは考えたくないというのに。目の前の彼女、なんか涙ぐんでるし。どうしたら良いのさこれ。日も沈み始めて若干肌寒くなってきている。正直とっとと帰りたい。帰ったらスズに電話でもしてみるかな。今日は嫌なことがあったから甘えさせてって。


「あのときのモモはヒーローみたいだった。私はモモとなら何も怖くないと思った。なのに、どうして」


「そんな深く考えなくたってさ、私みたいにやりたいことだけやってればいいじゃん」


 ビンタを喰らった。思いっきり強いやつ。なんか前にもこんな事あったなぁ。とても痛い。痛いのは嫌いだ。正直彼女が何を考えてるのか全くわからない。昔の私がなにかしたのをヒーローと思うのは勝手だが、その勝手な幻想を今の私に押し付けないで欲しい。ほら、年に数回しか会わない親戚が、あの頃は何々で可愛かったねぇとか言ってくるのと同じだぞ。昔と今を同一視しないで。人は変わるものなの。それがいい方向か悪い方向かは置いといて。もちろん、私も。

 それはそうとして、人間誰しもその時最もやりたいことをやるべきだと思う。仮に明日死ぬことになっても、これまでの日々の積み重ねがその時の最もやりたいことの積み重ねなら後悔しないと思うからだ。少なくとも私はそういうふうに生きている。だから。


「それが君の本当にやりたいことならいくらでも私に当たればいいさ。それで君の気が済むならいくらでも。でも私、痛いのは嫌だなぁ」


 思いっきり二度目を喰らった。今度はグーで。柄にもなくぶっ倒れてしまった。彼女は走り去っていったようだ。ちっこい子供たちがすでに帰っていたのは幸いだったか。こんな状況で騒がれたら収拾をつけるのに骨が折れそうだから。


「……血の味がする」


 一人じゃなんにもできないみたいな雰囲気出しときながら一人で結構なことやるじゃん。ヒーローだか悪魔だか知らないけど、私必要ないでしょ。そういえば彼女の名前を倒れた拍子に思い出した。りんだ。


 起き上がるのも面倒だったのでそのまま身体を休めていたら頬がジンジンしてきた。腫れるんだろうなぁ。マスクで隠せれば良いんだけど。スズはそういう細かいことすぐ気づくから言い訳も考えとくべきか。スズに心配をかけないために。……スズに会いたいなぁ。


「え、モモ? 何事!? 大丈夫!?」


 私を上から心配そうに覗き込むのは紛れもない私のスズだ。ようやく満たされた欲求への満足感とともに今の自分の状況を思い出す。どうしたことか、言い訳をまだ何も思いついていない。とりあえず立ち上がってみる。


「スズ、どうしたの?」


 私の倒れていた場所は公園の入口からは見えないはず。つまりスズは公園に用があったのだろう。そして倒れている私を見つけたと。制服女子が頬を腫らして倒れているとか明らか事件だから最初に見つけたのがスズで良かったというべきか、悪かったと言うべきか。ボーっとしすぎて眠らなくてよかったというか。仮に眠っていたら変死を疑っても良い状況だったかもしれない。


「え、モモと過ごした公園がなんだか懐かしく思って。っていうかモモの方こそどうしたの??」


 あー、えっと。


「ブランコ立ち漕ぎしてたら勢い余って飛ばされちゃって……」


 正直目を逸らしたかったが、それをさせないという無言の圧力と強い視線を感じる。こういうときのスズは私の隠したいものをすべて見通してしまう。


「嘘……前にもこんな事あったよね。私は、モモのことを大切に思ってるし、傷ついてほしくないよ。何かあるならちゃんと話して欲しい」


「スズは私の一番隠したいことをすぐに見抜くよね。何があったんだろうね。よくわからないよ。でも多分、私が悪いんだよ」


 スズはそれ以上このことについて言及してこなかった。それは私の心中を察してくれたのか、何を聞いても無駄だと思われたのか。


 スズの言う通り、以前にもこんな事があった。私の広く浅くの人間関係と、やりたいことに全力を尽くすというモットーが悪かったのかもしれない。中学生の頃は、学年全員友達みたいにやっていたが、学校の中にも小さなグループがいくつも存在し、集団が複数あるのならばそこにいざこざは絶対に起きるものなのだ。私は全員友達にしたいけれど、何人かからは恨みを買っているらしい。その理由はどれも私には理解できないものだった。私一人が少し我慢して、相手の気が済むのならそれでいいと思ってるから毎回痛い思いしてるのだろうか。でも、それが誰であっても本当にやりたいことは誰にも止められて良いものでは無いはずで。今回のようにその現場をスズに発見されたことも二、三度あったように思う。きっと私が悪いのだ。だからといって私はその生き方を変えなかった。変えられなかった。


 人というのは結構脆い。いつ死ぬかもわからない。事故、天災、事件、病気などなど全く予想できたものじゃない。つまり私もいつそうなるか分からないわけで。そうなると最も恐怖すべきは死ぬ瞬間に後悔が残ることなんじゃないかと思う。選択のミスや結果論的反省。そんなものが積み重なって後悔となる。それを打ち消すためにはどうしたら良いのか。その時の自分が最もやりたいことにのみ全力を注げば良いんだ。だから私は自由に生きるし、他人の何かを否定するつもりもない。相手が本当にやりたいことなのなら私は殴られたって文句は言わない。もちろん痛いことは勘弁したいが。だから、というのは違うのかもしれないが、沢山の人と交流したいと思ったときには友達を増やす努力をしたし、スズ以外どうでもいいと思うようになってからは他の人に興味がなくなった。結構スズにベタベタしている自覚はあるが、それを拒否されていないので少なからず特別に思われている、と勝手に思って浮かれている。スズに拒まれたらそれこそ死にたくなってしまうかもしれないが。そんなバカが私だ。他人にバカなんて言うとそれが事実であったとしても言葉が悪いとか怒られたりするが、自分に言う分には誰に文句を言われる筋合いもない。スズが本当に私を拒む時が来ない限り、私はスズのためならなんだってするだろう。例えそれが他人の最もやりたいことを捻じ曲げることであっても。今の私なら。


 そんなことを少し冷静に考えられているのは普段は人目を気にしがちなスズが私のことを抱きしめて、頭を撫でてくれているからだろう。頬は痛いが心が温かい。バカな私はもっとスズを感じたくなってしまった。私の心が真にそれを求めているのなら、それを拒む身体はどこにもない。もたれているスズの肩から頭を上げ、スズの目を見る、顔を見る。そのまま近づき、キスをする。拒まれても、嫌われてもおかしくない愚行。スズはただ、私のことを受け入れてくれる。


「スズのことは何があっても私が守るから、ずっと一緒に居てね」


「うん」


 お互いの意志の確認がなければ親友より上のステップに上がれないのだとしたら、このとき私達は親友という関係性を捨てた。 


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