Ⅰー③ 王の母となる女・旅立ち

 成人したチュリは田舎町から都会へと旅立った。

 未知の世界への出発は、光明こうみょうと恐れが入り混じる。

 風の吹くまま、運命に逆らわずに生きる! 

 これが、ともだちの魔導師4人衆と交わした『約束』だ。

 


 チュリはうたう。


 わたしはじっとしていられない、わたしははるか遠くのものにこがれている。

 わたしのこころは かすか彼方の裳裾もすそにふれたいという あこがれでさまよい出る。

 おお 大いなる彼方、おんみの横笛の鋭い呼びかけよ!

 わたしは忘れている、いつも忘れている、わたしには飛ぶ翼がないことを、

 永久に地上の この一点にしばられていることを。

 わたしは熱望のため、眠られない。わたしは異郷をさまよう見知らぬ旅人。

 おんみの息づかいがわたしに聞こえ、かなわぬ希望ねがいをささやきかける。

 おんみの言葉はわたしの心に 自分の言葉のようになつかしい。

 おお あこがれ求める遥かなものよ、おんみの横笛の鋭い呼びかけよ!

 わたしは忘れている、いつも忘れている、

 わたしがおんみにいたる道を知らないことを、翼のある馬をもっていないことを。

 わたしは気力なく、わたしの心のなかをさまよう漂泊者。

 真昼のものうい時間のもうろうとかすむ光の中で 

 天空のあおさに なんという広大な おんみの幻が現れ出ることか!

 おお 遥かなる果てよ、おんみの横笛の鋭い呼びかけよ!

 わたしは忘れている、いつも忘れている、

 わたしの独り住まいの家の戸が どこもみんな 閉ざされていることを。 

 (詩聖・タゴール)



 チュリは間違えた。

 都会で暮らす同郷の男『理髪師・シャル』と恋をした。

 シャルは人懐っこい。周囲の人びとからしたわれる人気者。

 シャルの恋人に選ばれたチュリは羨望せんぼうの的だ。

 シャルはチュリを愛した。優しかった。たくさん褒めてくれた。

 チュリは信じた。彼こそがい求めていた『運命のひと』だと……。


 しかし、シャルは豹変ひょうへんする。

 いびつな愛は暴走する。執着という鎖に繋いで支配する。

 外部との関係を遮断して断交する。拘泥こうでいおりに閉じ込め拘束した。

 チュリはあらがって盾突たてついいた。

 シャルは不快げに眉をひそめた……。


 月が隠れた。

 暗夜の静寂しじま、シャルはチュリの脇腹にナイフを突き立てた。

 ポタリ、ポタリ、血が垂れ落ちる。

 チュリは裸足のまま外に飛び出す。

 繋縛けいばく牢獄プリズンから逃げだした……。



 その頃。

 チュリの生まれた田舎町では、悪いうわさが流れ出ていた。

 人びとは口々に噂して責め立てる。

 紳士的で優しいシャルが、チュリにもてあそばれたらしい。

 あばずれの大馬鹿女が、善人シャルをたぶらかしたらしい!

 可哀そうに! 気の毒に! シャルが不憫ふびんだ!

 チュリは下劣な性悪女! 賤民せんみんの分際で……! 


 この噂の発端は、シャルだった。

 そしてこの噂を広めたのは、シャルの悪友たちだった。

 そしてこの噂を誇張して拡散したのは、無関係の人びとだった……。



 チュリはひとり、憤慨ふんがいする。

 真相を知らぬ者たちが、寄ってたかって真実をじ曲げている。

 多数決によって、悪意の風評デマが真実へと変わろうとしている。 

 正義とは何なのか? たぶらかされ、だまされた者が悪いのか? 

 愛なんて錯覚まやかしだ。 もう二度と恋などしたくない! 



 プルルル……、

 チュリよ、応答せよ、応答せよ、応答せよ……!



 魔導師4人衆は謳う。


 ギタンジャリ・12

 わが旅の時は永く、その道程は遥けく遠い。

 わたしは さし昇る曙光ひかりの馬車に乗って出立し、

 無数の星にわだちをの跡を残しつつ、さまざまな世界の

 荒野を越えて旅をつづけた。

 おまえ自身に近づく道は いちばん遠く、

 単調な枯れた音色ねいろを出すがくの修行が いちばんけわしい。

 旅人は自分の家の戸口にたどりつくまでに、

 他人の戸口を一つ一つ 叩かねばならない。

 こうして、外の世界をあまねく漂泊さすらい歩いたあげく、

 ようやく 内奥の神秘に到達するのだ。

 わたしの目を 遠く遥かに彷徨さまよわせたあとで、

 ついに わたしはまなこを閉じて言った。

 「ここに、あなたがおいでになった!」と。

 「おお、どこに?」との問いの叫びには、千々の涙の流れに溶け、

 「われ在り!」との確信のうしおで 世界を圧倒する。

 (詩聖・タゴール)


 《プルルル……、聴こえるか? チュリよ、偽物フェイクを知るからこそ、真実ファクトを見極めることができるのだ。王をみ胸に抱き、母となるのは、お前ひとりである。聖なる使命を果たすのだ! シップ》


 《プルルル……、愛は所有を主張せず、自由を与える……。(詩聖・タゴール)。本物オーセンティックとの出会いは、すぐそこまで近づいているぞ! ゲイル》



 魔導師・クロスとイレーズは、ジャーニーの『ドント・ストップ・ビリーヴィン』を歌う。

 ♪

 灯りを探し続ける人たちよ 信じることをやめないで 

 その想いを持ち続けて…………


 《プルルル……、美しいと汚いは、別々にあるのではない。美しいものは汚いものがあるから、美しいと呼ばれる。善は悪があるから、善と呼ばれる。どちらか片方では成立しないのだ……。(老子のことば) シップ》


 《プルルル……、夜の闇があるからこそ、光の熱とまばゆさがわかる……。(ニーチェのことば) イレーズ》



 誤りを所有しているのは、よいことである。誤りが正されるとき、それは誤りでなくなる。そしてそれは増幅する力がある。

 (ガンディーのことば)



 チュリは謳う。


 ギタンジャリ・17

 わたしは ひたすら愛するひとを待っている。

 ついには その手に この身をゆだねるために。

 そのために こんなにも遅くなり、こんなにも怠惰な罪を犯してしまった。

 人びとは 規則や掟をもって来て わたしをがんじがらめに縛ろうとしますが、

 わたしはいつも それを避けて通ります。

 わたしは ひたすら愛するひとを待っている。

 ついには その手に この身をゆだねるために。

 人びとは わたしをとがめ 軽薄よばわりをいたします。

 たしかに 人々の非難はもっともです。

 いちの日が過ぎ、忙しい人たちも すっかり仕事を終えました。

 わたしを呼びに来た人たちは 無駄だと知って、怒って帰って行きました。

 わたしは ひたすら 愛するひとを待っている。

 ついには この手に この身をゆだねるために。

 (詩聖・タゴール)



 魔導師・クロスは謳う。 


 「おお 太陽よ、 空のほかに あなたの姿をやどすことができる何があるのでしょう? わたしはあなたを夢みています。けれども あなたに使えることは わたしには望めません」

 そうつゆは泣きながら言った。

 「わたしはあまりにも小さくて あなたをわたしのなかにお迎えできません。大いなる主よ、そのために わたしの生命いのちはすっかり涙なのです」

 「わたしは限りない空を明るく照らしている。けれどもわたしは ひとしずくの露にも 私自身を与えることができるのだ」

 このように太陽は言った。

 「わたしは ほんの一閃いっせんの光になって、おまえをいっぱいに満たしてやろう。そうすれば おまえの小さな生命いのちは笑いにきらめく珠となるだろう」

 (詩聖・タゴール)



 数か月後。

 チュリは出仕先しゅっしさきの仲間と酒宴にでかける。

 そこで都会生まれの寡黙かもくな男『理髪師・パアサ』と出会う。

 パアサは、チュリの不遇な過去を聞いても態度を変えなかった。

 心の傷に触れても詮索せんさくしなかった。

 ただ、ありのままを受け止めた。沈黙して、そっと静かに寄り添った。

 ふたりは不思議な引力によって惹かれ合う。

 チュリとパアサは結婚した……。

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