Ⅰー② 王の母となる女・チュリのともだち

 近隣の大人たちが罵倒ばとうする。

 お前の親は低劣のろくでなしだ。粗暴な馬鹿者だ。

 お前ら家族に尊厳などない。

 ただ息をして、生きているだけで『害悪』だ! と。


 同世代の子供たちが悪態あくたいをつく。

 小突こづき、そしり、笑う。

 お前の容姿はみすぼらしくて不細工だ。

 賤民せんみんの夢など、ひとつとして叶わない。

 目障めざわりだ! 早く消えてしまえ! と。


 言葉は毒のやいばとなって、胸の奥をつんざく。

 話しかけても敬遠されて『無視』される。

 無視とは、存在の否定だ。『レイシズム』だ。

 無価値であることを思い知らせ、痛めつける行為だ。

 心の中はいつだって血まみれだ。



 チュリは、空を見上げてつぶやく。

 こんな嫌われ者のあたいは、生まれてくるべきではなかった。

 このちっぽけな命は、ちっぽけな人間のさ晴らしのためにある。

 あの嫌味な連中の、気慰きなぐさみと気休めのためにある。

 朝、目が覚めるたびに落胆する。ああ、まだ生きていた……。

 一刻も早く消え去りたい。それなのに、まだ、しぶとく生きている。

 寂しくない、痛くない、怖くない……、自分に言い聞かせる。

 だけど涙が止まらない。

 ほんとうの心が教えてくれる。ほんとうは寂しくて痛くて怖いくせに、って。

 もう誰でもいい、助けてくれ。

 誰か、役立たずなあたいを殺してくれ!



 魔導師・シップとゲイルがうたう。


 ギタンジャリ・10

 ここに あなたの足台がある。

 もっとも貧しい人、もっともいやしい人、挫折した人たちの住む所に、

 そこで あなたは足を 休めたもう。

 あなたが前にぬかずこうとしても、わたしの礼拝はとどきません。

 もっとも貧しい人、もっとも賤しい人、挫折した人びとにまじって、

 あなたが足を休めている奥処おくがまでは。

 驕る心では 決して 近づくことはできません。

 もっとも貧しい人、もっとも賤しい人、挫折した人たちにまじって、

 下層のたみころもをまとい、あなたが歩いていられる所へは。

 わたしのこころは どうしても 見いだすことができません。

 もっとも貧しい人、もっとも賤しい人、挫折した人たちにまじって、

 友なきものを友とする あなたのもとに通じる道が!

 (詩聖・タゴール)


 《プルルル……、聴こえるか? お前を排斥はいせきする者たちは論ずるにもあたいしない。我ら魔導師4人衆がチュリのとなる。ゆえにお前は『悪友』をしりぞけ、『永遠とわの友』を得た。 ゲイル》


 《プルルル……、チュリの人生は苦難が多いかもしれない。だけど信じて? これから大きな幸運が訪れるんだ。安心して? 俺たちがずっとそばにいるから……。 イレーズ》


 《プルルル……、チュリよ、負けてもいいから生きるのだ。我らがお前の悲哀を受け止める。チュリが老婆ろうばとなり、死出しでの旅のときに答えは出る。この上なく素晴らしき人生だった! そう言わせてみせよう。 シップ》


 《プルルル……、聴こえるかァ? チュリ、俺たちは運命共同体だ。ずうっと、、だからなァ? クロス》 



 チュリは謳う。 


 人生から太陽が消えたからと言って 

 泣いてしまえば、その涙で星が見えなくなってしまう。

 わたしに考えさせてほしい。

 人びとは残酷だが、ひとは優しいのか。

 未知の暗黒を貫いて人生を導いてくれる(無二なるもの)が、

 あの星々のなかにあるかどうかを……。

 (詩聖・タゴール)



 魔導師・シップとイレーズは謳う。


 もし君の呼び声に 誰も答えなくても ひとりで進め 

 ひとりで進め ひとりで進め

 もし 誰もが口を閉ざすのなら

 もし 皆が恐れて顔を背けて 恐れるのなら

 それでも君は心開いて 本当の言葉を ひとりで語れ

 もし君の呼び声に誰も答えなくても ひとりで進め

 もし 皆が引き返すのなら

 もし君が険しい道を進むときに 誰も振り返らないのなら

 いばらの道を 君は血にまみれた足で踏みしめて進め

 もし君の呼び声に誰も答えなくても ひとりで進め

 もし光が差し込まないのなら 嵐の夜に扉を閉ざすのなら

 それでも君はひとり雷で あばら骨を燃やしながら 

 進み続けろ

 (タゴール・ひとりで進め)



 魔導師・クロスは、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバルの『雨を見たかい?』を歌う。

 ♪

 きみは、そんな雨を見たことがあるかい…………?



 チュリは、この詩歌うたの意味を理解した。浅ましい被害者意識を自覚する。

 今、自分が暮らすこの国に兵役はない。

 大好きな空を見つめていても、爆弾の雨が降ってくることはない。

 世界には、殉難じゅんなん者が大勢いる。

 水や食べ物がなくて飢える人びとがいる。

 猛烈な暑さや寒さに悶え苦しむ人びとがいる。

 ただ生きることすら、ままならない人びとがたくさんいるのだ……。

 


 《プルルル……、きみのもつ力はきみが想像する以上に大きく、きみはまだまだ遠くへ行けるのだ。きみの理想を超え、それ以上の憧れの地よりもさらに遠くへ達する力をきみは秘めている……。(ニーチェのことば) ゲイル》


 《プルルル……、脱皮しない蛇は破滅する。人間もまったく同じだ。古い考えの皮をいつまでもかぶっていれば、やがて内側から腐っていき、成長することができぬまま死んでしまう。常に新しく生きていくために、わたしたちは考えを新陳代謝しんちんたいしゃさせていかなくてはならない……。(ニーチェのことば) イレーズ》



 チュリは謳う。


 ギタンジャリ・43

 そのとき、わたしには あなたを迎える準備ができていなかった。

 それなのに、わたしの王よ、あなたは群衆のなかの一人のように、

 招かれもしないのに わたしの心のなかにこっそりしのびこみ、

 わたしの人生の過ぎ行く多くの瞬間ときに 永遠の刻印しるしを押していった。

 そして今日、たまたまそれらが目にとまり、わたしはあなたの署名に気がついた。

 それらはわたしの 忘れられていたありふれた歳月の喜びや悲しみに混ざって、

 塵の中に散らかっていた。

 塵にまみれた子供っぽいわたしの遊びを見ても、

 あなたは 軽蔑に目を細めて 立ち去りはしなかった。

 むかし わたしが遊び場で聞いた足音は、星から星へとこだまする

 あの天体の音楽と同じものなのだ。

 (詩聖・タゴール) 



 魔導師4人衆は、マイケルジャクソンの『ベン』を歌う。

 ♪

 決してひとりぼっちじゃないよ

 君もこのとおり、僕の友達 君には僕という友達ができたんだ…………



 《プルルル……、痛いの痛いの飛んでいけ! ちちんぷいぷい! ビィビィディバビディブウ! おまじないとは魔法の呪文じゅもんであり、魔法の言葉なんだゼ? クロス》


 《プルルル……、チュリに授ける『魔法の呪文』は…………。 イレーズ》



 粗暴さは冷静さによって、憎悪は愛によって、無気力は情熱によって、そして闇は光によって克服される。

 (ガンディーのことば)



 チュリは決意する。コクリ、うなずく。

 『王の母となる未來』を受け入れた。

 ふわり……、チュリは『誰か』にやさしく、頭を撫でられた気がした。 

 魔導師は柔らかく微笑む。

 吹き抜ける風は、ビリー・ジョエルの『オネスティ』の旋律メロディーを奏でた。

 ♪

 誠実なんて虚しい言葉、今じゃ聞くこともないけど

 僕が一番欲しいものなんだ……………

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