30 勇者が英雄の嘘を信じた日
「ラディム・ライオンハーツ。貴官をミッカネンの隊からはずす」
アグラシュタイン・ローレライ。
わたしと違って、ミッカネンさんと苦楽をともにした歴戦の指揮官。
「これから現れると考えられる星天の妖精は、ミッカネンの働きが肝心となる。ゆえに新人の貴官は足手まといであると考えた。なにか、質問はあるか」
「……ありません」
その人の言葉はただひたすらに正しかった。
わたしはただの新米狩人で、ミッカネンさんは英雄。もっとも力ある魔王がふたたび現れたとあって、そのままパーティにいさせてもらえるはずもない。
それに、わたしはミッカネンさんにはふさわしくない。
「ありがとう。かわりといってはなんだが、賢人の妖精との戦闘においてミッカネンの下命を聞かなかったことは不問としよう」
アグラシュタインさんの瞳は、ただひたすらに冷たかった。
皇帝の妖精との戦いで、わたしはあろうことか敵の妖精に操られミッカネンさんを傷つけてしまった。その時から、ずっと悩んでいました。
あげくの果てに、賢人の妖精を目にして我を失ってしまう始末。
こんなわたしが、あのミッカネンさんと一緒のパーティにいさせてもらえるはずもありません。
アグラシュタインさんはミッカネンさんを英雄としてこだわっていると聞きます。
なおさらこんな危ないわたしをそばにいさせる訳にはいかなかったのでしょう。
かくして、わたしは終ぞミッカネンさんに話もせずに隊をはずれることになりました。
あれだけ迷惑をかけて、なんの話をすればよいのかわからなかったので、その点はありがたかったかもしれません。
新米狩人のわたしはとくにできる働きもないとして城跡にとどまることになりました。それぞれの狩人の情報の伝達を手伝う、そういうことになっていました。
これからこそ、昔のわたしを殺さなければならないのだ。
そう、己に言い聞かせます。
臆病なわたしを胸の奥に閉じこめて、とにかく妖精と戦って、そしてミッカネンさんに恩をかえす。
そのために、昔のわたしは殺さなければならない。
もっともっと鍛錬を積むことにしました。夜、ベッドからぬけだして人目のないところでひたすらに刃をふるうのです。
怖がりな己は昔に残さなければならない。
もう、わたしはあの時の己ではないのだ。
そうでないと、ミッカネンさんにあわせる顔がない。
そうして、星天の妖精がオグダネル城跡を訪れた日のこと。
「な、なにが起きているんだ!」
「とにかく伝令をおくれ! 情報が錯綜していて、訳がわからん!」
なにか、恐ろしいことが起きていました。城跡の周りにひろがっていたはずの狩人たちとまったく情報がつながりません。
「オックスはどこにいった、さっきまでそこの席に座っていたはずだぞ……」
「おい、そんなところに扉あったか? あ、やめろ、なんで入っていくんだ馬鹿が! どこにいったんだ、聞こえるか!」
それどころか、城跡の司令部から、どんどんと人がいなくなっていました。
人影がなくなっていって、あちこちに響いていたはずの足音も聞こえなくなっていきます。後に残されたのは、赤いランプに照らされた暗い一室だけでした。
「え、あ……。みなさん……?」
わたしは魔術を働かせて、光輝くロングソードを手にします。
いつもならば頼りになるはずのこの魔術も、まるでおかしな今となってはまるで嵐のなかのマッチ棒のようでした。
そっと歩いていきます。
ジュルジュルとはいずりまわる音が聞こえました。
……もう、逃げてはいけない。よわくて臆病なわたしは殺したのだから。
膝が笑っています。
一人だけになったコンクリートの一室で、わたしはカタカタと歯が鳴っていることに気づきました。
……ミッカネンさんに助けられるような昔の己はもういない、いないはずなのに。
肌が震えます。
———あっ、みつけた! かくれんぼ、楽しかったよ!
そう、耳もとで誰かが囁いたような気がしました。
「あ、ひっ、いやあああああっ!」
わたしは逃げました。
気がつくと、わたしはシアターに座っていました。
……ああ、わたしはなにも違わなかったんだな、そう気づきます。
昔にミッカネンさんに暴言を口にした、戦おうとする者を嘲笑うわたし。賢人の妖精に飼われたままの、豚でした。
臆病で、己よりもはるかに優れた妖精を目にして、ただこびへつらうだけ。
そんな、馬鹿な昔のわたしのままでした。
シアターにて上映されているのは、ミッカネンさんの姿です。
わたしと違って、ミッカネンさんはひたすらに戦っていました。どんなに馬鹿げた戦いであろうと、ひたむきに、ボロボロになりながら。
時に狩人の命を背負わされ。
時に無数の罪なき人々の命を背負わされ。
それでもミッカネンさんは果敢に戦っています。
ああ、敵わないなあ。
わたしならとっくの昔に諦めて楽になっちゃうのに、ミッカネンさんは歩いています。
すこしのミスで、また狩人が殺されました。
スクリーンのむこうからザクロのように爆ぜた狩人の頭を目にして、ミッカネンさんの瞳が悲痛にゆがみます。
罪の思いに潰されそうになって、その唇がわなわなと震えています。
わたしだったら、逃げちゃうや。
激痛に絶叫するミッカネンさんの姿はあまりにも痛々しくて、胸が苦しくて。もう人と言えないような傷を負って、頭だけになっても、それでも。
どうして、ミッカネンさんは諦めないでいられるのだろう……。
どうして、わたしは、ミッカネンさんみたいになれないんだろう……。
「こんにちは、ラディムくん」
ふと、話しかけられました。
目のはしに、淡い白の花びらが舞っています。わたしはいったい誰が隣にいるのか気がつきました。
モルグレイドさん。
軍務をともにしたことはありません。
とても優れた狩人さんだとはお聞きしています。でも、いつもどこにいるのかわからなくて、パーティにいた時は話もできませんでした。
「聞いているのか、わからないね。まったく困った話だ」
モルグレイドさんが首をすくめます。
そういえば、どうしてモルグレイドさんは言葉を口にできるのでしょうか。わたしはただ、瞳をずっとスクリーンに釘づけにされているのに。
「さて、短く言うとだね。いろいろと苦労したんだが、僕は人を一人だけこのシアターから逃がすことができる。たった一人だけだけどね」
「初めはミッカネンをという話だったんだが、断られた」
スクリーンでは、ミッカネンさんが指をひとつ、斬り落とされています。賭けるコインがたった十だけのルーレットに挑んでいるようでした。
モルグレイドさんの話は、訳がわかりませんでした。
だって、その話の流れからいうならば、いったいなぜモルグレイドさんがここにいるのかを考えれば……。
「君をご指名だ」
そんなこと、できるはずがない!
胸のうちで叫ぶ。
わたしは、わたしは臆病で力のない、勇気もない、人にもおとる畜生だ。ミッカネンさんみたいな英雄になれるはずのない、ただの豚だ。
もっと優れた狩人がここにはいる。
魔術の天才たるイスファーナさんに、けた違いの武術の腕をもつイングラシウスさん。はたまた常人には思いのおよばない科学者、アルハンゼンさんでも。
どうして、どうしてわたしなんだ。
「ミッカネンがいうにはね、君の魔術だけが希望なんだそうだよ。君のなにもかもをつらぬく魔術、それがなければあの星天の妖精は殺せないと」
ミッカネンさんのつぎのゲームは、おままごとです。ミッカネンさんがスパイで、妖精が尋問官。目を、焼かれています。
モルグレイドさんがわたしの手をとる。
やめて、やめてください。
わたしはそんなことができない、英雄じゃない。わたしなんかよりも、ミッカネンさんを。そのほうが人類にとって……。
「わ、たしじゃ、できません。わた、しじゃ……」
言葉が口をついて飛びだす。
そのことにモルグレイドさんは驚いたように瞳をひらいた。首を傾げた後、わたしに問いかけてくる。
「ミッカネンが君を信じているのに、かい」
「ミッカネンさんは、わたしを、買いかぶって……」
言葉を絞りだす。
スクリーンで、ミッカネンさんは戦っています。ふと目があったような気がして、わたしはビクリと肩を震わせました。
モルグレイドさんがため息をつきます。
「なにはともあれ、僕は君をつれていくだけだ。僕はミッカネンに従う、それだけだからね」
「ま、まって……」
わたしは、わたしは……。
言葉につまり、顔をうつむかせます。花びらはどんどんと濃くなっていて、後すこしでわたしはモルグレイドさんとともにこのシアターから逃れるのでしょう。
ミッカネンさんを残して。
手が震えます。
ミッカネンさんは、その命を、ここにいる狩人さんたちの命を、そして人類の命運をわたしに託したのです。それはとても重くて、逃げだしたくて。
「むり、むりです、むりなんです!」
星天の妖精の目が、ぎょろりとこちらをむきました。
スクリーン越しに、まるで宇宙のように黒く冷たいなにかがわたしをじっとみつめています。モルグレイドさんが慌てたように花びらを操っています。
黒い手が、星天の妖精の手が、わたしにのばされます。
それはスクリーンのむこうの話なのにもかかわらず、わたしはそれが己をかならず殺してしまう力を秘めていることに気づいていました。
ああ、やっぱりそうだ。
やっぱり失敗する。わたしはミッカネンさんみたいな英雄になれない。
ぎゅっと目をつむります。わたしはミッカネンさんみたいな勇気なんてない、臆病で馬鹿な昔のわたしのままなんだ、と。
ぐじゅりと、肉の腐る音がしました。
黒い手をうけとめて、ミッカネンがわたしに背をむけています。その腕はとけて、白い骨が露わになっていました。
ギリギリと歯を食いしばって、ミッカネンさんは痛みをこらえています。
今にも叫びたいだろうに、それをこらえています。
『ラディム、君は君が思っているよりもすごいやつだ。オレを越える、そんな狩人だ。オレはそれをよく知っている』
嘘だ、そんなわけがない。
人類を救う英雄はミッカネンさんだ、わたしじゃない。
「でも、わたし、ミッカネンさんに迷惑しかかけてません! ろくに戦えてもいません、わたしは、わたしは……!」
こんなことを口にしている時ではないとわかっています。
それでも、思いがあふれでます。おかしいと、ほんとうに逃げるべきはわたしではなくてミッカネンさんだと。わたしの魔術なんてろくなものじゃないと。
だから、わたしは……。
『ならば! 君の力を信じるオレを信じろ!』
星天の妖精の黒い手は、すでにミッカネンさんの頭をえぐりとっていました。
血を吹きだしながら、右の顔が失われながら、それでもミッカネンさんは叫びます。わたしへの、根拠もない、訳のわからない信頼を。
どうして、そんなことを言えるんでしょう。やはり、ミッカネンさんは英雄というものなのでしょう。
『オレは、誰がなんと言おうとも君が優れた狩人と知っている!』
「……あ」
嘘です。わたしはできそこないです。
でも、今だけは、今だけはそういられたならば、と願います。もしもこんなにボロボロになってまでわたしを守ってくれるミッカネンさんにこたえられたなら。
「もうギリギリだ。いくよ」
モルグレイドさんがわたしの手を握りしめます。
花吹雪につつまれていく瞳が、最後にミッカネンさんの大きな背を写しました。傷だらけで、今にも壊れてしまいそうな、それでも頼りたくなる、そんな背を。
『だから、オレが信じる君を、信じてくれ』
……ほんとうに、ずるい言いかたです。
わたしは、もう一時だけ、がんばってみようと思いました。
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2か月ほど更新せず、申し訳ございませんでした。
また投稿を再開したいと思います。
これからもよろしくお願いいたします。
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