第16話 半分に切られたフォンダンショコラ
レンタルキッチンスタジオの大きな大理石のテーブルの上に、私は静かに証拠を並べていく。
ハンカチ、写真、そして録音済のデータ。
太陽がごくりと息をのんだ。
「話があるんでしょう? どうぞ」
スマホの録音アプリを起動させながら、私は穏やかに問いかける。
「あぁ……。ちゃんと話すよ」
太陽は立ったまま、大きくため息をつく。
「美園とは、銀行の窓口で出会って……。最初は何も考えてなかったんだ。でも、彼女の明るさに……」
言い訳じみた言葉が続くのを、私は黙って聞いている。
「俺だって、まさかこんなふうに心が動くなんて思ってなかったんだ。それで、両方に真剣に向き合おうと……」
「真剣?」私は静かに遮る。
「既婚者なのに他の女性と遊ぶのが? それも、既婚者だと隠して付き合うのが?」
「お前には分からない!」太陽が突然大きな声を出した。
「いつも帰って家で……ぐーたらしてる妻を見ていたら……」
私は彼が冷静に話せる状態ではないと感じ、淡々と告げた。
「もういい。弁護士とは相談済み。離婚と慰謝料請求の手続きを進めることにしたの」
その時、美園が一歩前に出た。
「あの……正直、驚きました。まさか、知らず知らずのうちに、先生を傷つけていたなんて」
そして驚くべき言葉を続けた。
「でも……わたし、謝りません」
幼い声は震えていた。
「太陽さんはいつも疲れていて、癒しを欲してました。それならわたしの方が……太陽さんの必要な人だと思いますから」
もう、なんと言われても私の心は静かだった。
「そうですか」
私は穏やかに微笑む。
他の生徒たちへ向けるのと同じ言葉で、でもとても冷たい言い方で。
私は、旦那の持ち帰りを笑顔で提案する。
「どうぞ、お持ち返りください」
テーブルの上のフォンダンショコラに切り込みを入れる。
二人の視線はそれに向けられた。
半分に切られたフォンダンショコラからは、とろけ出るはずだったチョコレートが完全に固まって覗いていた。
「やっぱりね。もう、違うものになっちゃったね」
そう。私たち夫婦の関係も同じ。
私たち夫婦は、もうまったくの別物に変わってしまった。
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