第15話 時間が経ったら、もう別物

「美園ちゃん、彼氏さんなかなか来ないね?」


 私は意図的に明るく話しかける。


 しかし、太陽の姿が、ガラス張りの教室の外をうろつくのが見えた。

 夫からはガラス越しに、私たちの姿が見えているはず。

 

「電話、来てないかな……」


 美園がポケットを触ってスマホを探そうとする仕草に、私は微笑む。


「ロッカーですよ。料理中は触れないように、と約束でしょう?」


 外で、太陽が何度もスマホを耳に当てている。


 きっと、美園に電話をかけているのだ。


 外に出てきてくれないか、とかなんとか言いたいんじゃなかろうか?



「どうしたのかな? 彼。約束の時間から結構経つけれど――」


 私はとぼけて、極めてイノセントな声で言う。


「時間が経つ前に彼に食べてほしいのにね。フォンダンショコラは出来立て熱々で、とろけるのが大事なのに……」


「時間が経って固まったのは、もう別物になっちゃうんですよね……?」


 美園が不安気に声を出した。

 私は静かに頷いた。


「あ!」その時、美園が窓の外を指さす。


「わたし、ちょっと出てきます!」


 嬉しそうに私の旦那を見つけて飛び出していく美園の背中を見送りながら、私は深いため息をつく。



 ドアの向こうで、きっと二人は話をしている。



 太陽との思い出が、走馬灯のように駆け巡る。



 ――初めて作った朝食に感激してくれたこと。


 ――結婚式の日、新婦の親よりもなぜか一番太陽が泣いていたこと。


 ――パジャマはこれじゃないと眠れないんだと、古いくたくたのTシャツを恥ずかしそうに見せてくれた日のこと。


 ――いつか結婚したい人ができたらと留学先のパリで買ったペアのワイングラスを開封して、二人で乾杯をした夜。



 胸が締め付けられる。でも、もう戻れない。


 戻れないんだよ。




 ドアが開く音。


「真悠……話があります」


 太陽の声が、重たく響く。



 その後ろには、事態を理解できていないような、怯えた様子の美園の姿もあった。

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