裸の付き合い
ボクは男だ。悲しいかな、元という頭文字がついてしまうが。
生まれ変わった今も精神は男なのだ。当然女の人に触れられたら恥ずかしい、って感情が湧き上がる。好かれれば嬉しいし、いつか誰かと結婚したい……なんてことも漠然と思っていた。こうなった今ではもはや、だけど。
それでもやっぱり、意識は変わらずに男の物だ。
ましてや、裸なんて。
これから待ち受けているであろうことを想像して、ボクは戦慄した。
「ほら、カリーナちゃん」
「う、うぅ……」
手を広げてにじり寄ってくるマリアナさんを前にしてボクは無力に呻くしかない。
そんな母性に溢れたマリアナさんへ苦言を呈したのはストラだった。
「ちょっと、小さい子ども扱いしすぎじゃない?」
「ええ? でもいつも身体を拭いてあげる時はこうしてますよ?」
「……それから子ども扱いって話よ」
そう。ボクはいつもマリアナさんに身体を拭いてもらっている……。何故なら宿に帰ってきた初日にそうやって拭かれてしまったからだ。
何せ、疲れて限界だった。慣れぬ少女の身体で旅をして、ようやっと安心して眠れる屋根の下にまで来られたのだ。意識は朦朧として、寝落ちする寸前だった。
そこをマリアナさんが介抱してくれて、うとうとするボクの身体を綺麗にしてくれた上に、抱きかかえてボクをベッドに寝かせてくれたのだ。
それ自体はとても感謝しているが……しかし、それ以降も流れでマリアナさんは決まってボクのことを清拭するようになってしまった。
「でもアズちゃんはずっとそうしてますし……」
「それはアズが悪いわよ。ほっといたら十日も何もしないんだから」
「水、濡れる、ヤダ」
アズも同じような目に遭っているというのもマズかった。もっともアズの場合は、水に身体が濡れるのが嫌で勝手にしておくと一向にやろうとしないのが問題なのだが。しかしその所為で、何となく言い出しにくくなって今日までズルズルと……。
しかしここはこの際キッパリ言っておくべきだ。
「ひ、一人でできるからっ!」
「まあ……成長しましたね」
「そんなことが言えるだけの時間は経ってないけどね」
浮かべた涙を拭くマリアナさんを呆れた眼差しで見つめるストラ。
そのストラが自分の服に手をかけたので、慌ててボクは目を逸らす。
「あら、ストラ。下着、新しいの買いました? いい色ですね」
「まぁね。中に着るのくらいは頻繁に替えたいし」
「もう、私はお洒落のつもりで言ったんですよ」
「誰に見せるってのよ……というか、アズのことを注意しなさいよ」
「……まあ、アズちゃん!? なんで何も中に着てないんですか!?」
「邪魔。身軽。涼しい」
「なんてこと……!」
……聞こえない聞こえない!
背後から聞こえる姦しい話題からボクは必死に意識を逸らし、自分の服を脱ぐことに集中する。
籠の中に服を畳んで入れていくと、生まれ変わったあの日にも見たボクの少女らしい裸が露わとなる。
……これも女の人の裸と言えばそうだけど、流石に何の感情も湧かない。あくまで自分の物だし、もうとっくに慣れてしまった。
でもみんなの方はそうじゃない……!
「ほらカリーナ。行くわよ」
「う、うん……!」
ストラに声を掛けられたボクは、なるべくそちらを見ないようにしながら後に続く。
湿気を含んだ木製の扉を開けると、そこには別世界のような光景が広がっていた。
「わ、広いわね」
「百人くらいは十分に入れそうですね~」
湯気の満ちた空間は広い。天井も高く、ボクらが泊まっている宿くらいならスッポリ入ってしまいそうだった。
いくつもの湯船があって、傍に建てられた彫刻からお湯が注がれている。真新しいタイルは色の違いで模様を描き、奥の方には大きな山を描いた横長の絵が掛けられている。どこの山だろうか、見覚えはない。
……本当にお金を掛けている。これを有料とはいえ住民に開放しようというのだから、オーナーさんは中々の太っ腹だ。
「では先に身体を洗っちゃいましょうか。アズちゃん、こっちですよ」
「うぅ~」
「カリーナ、ほら」
ストラに手を引かれ、鏡や桶、石鹸が並んでいる洗い場へ。
見ないように、見ないように、見ないように……!
「……わ!?」
ギュッと目を瞑り、無心にしようと気を散らしていたのがマズかったのだろう。すっかりここが水場ということを忘れていた。
ツルリと足を滑らせたボクは、そのまま前へと倒れ込み……途中で柔らかい壁に受け止められた。
「うわっ! ギ、ギリギリセーフ……大丈夫?」
顔を、柔らかなナニカが挟み込むように包んでいる……。
腹筋というには弾力があって、胸というには骨の硬さを感じる。
ツルツルとした滑らかな肌の感触と、しなやかな筋肉の気配。
こ、これって……ふ、太も、
「うわぁぁああぁぁっ!!」
「きゃっ。ちょっと、ちゃんと前を見なきゃ危ないでしょ」
倒れ込むボクを咄嗟に足を閉じてキャッチしたのだと思い至り、跳ね上がるボクをストラがまた転ばないようにとネコのように抱き上げる。
衝撃のあまり目を見開いてしまったボクの視界に飛び込んでくるのは、生まれたままのストラの姿であった。
「あ、わわわ……」
「? どうしたのよ」
湯気に隠れてよく見えないのは不幸中の幸い。しかしシルエットや質感などは、十分に伝わってきてしまう。
勇者として鍛え上げられた肉体の持ち主であるストラの身体は、やはり引き締まっている。怠惰とは無縁の荒行を課した筋肉は、贅肉を許さない。
かといって、如何にも固そうに角張っているかと言うとそうではない。胸や太ももは芸術のように優美な曲線を描き、引き締まった腹筋と相まって凹凸のハッキリしたラインを作り出していた。
肌も綺麗だ。細かな傷はあるが、優れた治癒魔法のおかげでほとんど目立たない。しなやかな肢体を彩る白い表面は、まるで大理石のよう。浴場のそこらにある彫像よりも余程、美術品めいていた。
無駄のない、しかし削ぎ落としきってはいない、黄金比の身体。
そんなストラの裸を目にしてしまい、脳味噌がガツンと揺れる。
「わ、わぁっ……」
「? ほら、さっさと洗っちゃいましょ」
洗い場の椅子の上にボクを座らせ、その正面にストラが座った。ハの字になった足の間から見えてしまいそうな狭間から必死に目を逸らす。
「お湯かけるわよ」
「う、うん……」
しめた。頭を洗うなら自然に目を閉じられる。
ボクはこれ幸いと固く目を瞑り、ストラに身を委ねた。
温かなお湯が髪を濡らし、次いで石鹸で泡立てながらわしゃわしゃと洗われる。……人に洗われるのって、なんでこんなに気持ちいいんだろう。
「次、背中やるからあっち向いて」
一通り泡立てた後、今度は身体を洗われる。……う。
石鹸でヌルヌルとした肌の上を、細く滑らかな掌がなぞっていく。……これもまた、イケない気持ちになっちゃいそうだ。
「前は……」
「自分でやる!」
寸でのところで正気を取り戻し、石鹸を受け取った。危ない危ない。
十分に泡立ったところで頭からお湯を被る。濡れた髪がぺっしょりと張り付いて前が見えない。
「あう……」
「先に結い上げちゃいましょうか」
タオルで顔を拭かれた後、ストラに湯船に入らないように髪を上げてもらう。長い髪は大変だ。
「さて、次はあたしだけど……そうね、背中だけ流してくれる?」
「え゛?」
「……やなの?」
「う、ううん。や、やる」
ちょっと悲しそうな顔をされたから、思わず頷いてしまった。
ストラが自前のオレンジの髪を洗っている間に、泡立てた両手で背中に触れる。
……よく鍛えられた背筋だ。それに細かい傷跡。手触りだとよく分かる。
それは歴戦の証。戦士でなくてはあり得ない背中だ。
どれだけ鍛えて、戦ってきたのか。知っているつもりだったけど……こんな風に実感するのは初めてだった。
「……手が止まってるけど、どうかした?」
「ううん、なんでも」
忘れたことはなかったけど、やっぱり勇者なんだな……。
そんな風にしみじみとしている内に洗い流し、ストラも綺麗さっぱりになる。
「やっと終わった……」
「何言ってるの。まだこれからでしょ」
そう言うストラの背後には、ニコニコ顔のマリアナさんと不満顔のアズが立っていた。
「さて、じゃあ入りましょうか!」
そうだった……まだまだ試練は残されているんだった。
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