風呂キャンセルは許されない
「そう言えば、もうすぐ大衆浴場が解放されるんだって」
とある日の昼下がり。
貸し切りなので専用と化しているラウンジにて全員で各々寛いでいると、茶をしばきながらストラがそんなことを言った。
勇者であるストラは開闢都市の象徴的な存在であり、それゆえ様々な仕事を任されている。
魔族残党の討伐。都市の治安維持。果ては住民へ安息をもたらすための演説など。
その中には書類仕事などもあり、暫定総督府に専用の執務室が用意されているくらいだ。
近隣国であるイグニスからの圧力もあり、八面六臂の活躍を強いられているのが今のストラだった。
それゆえ、ストラの元へは街の最新情報が入ってくる。
その中の一つを、こうして貴重な休憩時間に話題に出した。
「まあ、それはいいニュースですね」
真っ先に反応したのはマリアナさんだった。
「開闢都市は水の利はいいのに、大きなお風呂がありませんでしたから。身体を拭くだけで済ませるのもそろそろ限界と思っていたところでしたし」
開闢都市の地下には太い水脈があるので、水に困ることはあまりない。風呂場もいつでも作ろうとすれば作れたのだが、とはいえ身体の清拭は水浴びなどで済ませようと思えばできる。今までは寝泊まりするための宿泊施設や、都市を守るための防衛設備が最優先で建造されていたという事情もあった。ので、どうしても入浴施設は後回しにされてしまっていた。それに多種多様な民族が集まった開闢都市では、必ずしも入浴は必須の文化ではない。
それが生活インフラを優先し始めたということは、生活が安定してきた証だ。確かにいいニュースではあった。
「楽しみですね。いつ頃開きますか?」
「建物だけならもうできているみたい。今は水路系に異常はないか試運転中だったかしら。一般向けの解放はまだ先ね」
「そうですか……待ち遠しいです」
「あ、でも。関係者はもう入ったりしてるみたいだから、あたしたちも頼めば入れてもらえるんじゃないかしら」
……それって職権の濫用ではないだろうか。
「本当ですか? いや、でも……」
提示された選択肢にマリアナさんは悩ましげに頬へ手をつく。
普段だったら権力との癒着になり得る行為は、清廉潔白を旨とする彼女なら即座に断っただろう。しかし今は真剣に悩んでいる。それだけお風呂に入りたいのか。
「うーん。カリーナちゃんはどう思いますか?」
「え、ボク? ……いいと思うけど」
「そうですか?」
「うん。マリアナさんたちはいつも頑張ってるし、偶にはいいんじゃない?」
本心だ。
例え職権の濫用に当たるとしても、それだけ勇者パーティは頑張っているのだ。そのくらいのご褒美は貰っても罰は当たらないと思う。
「アズちゃんは?」
「ん。別に構わない。好きにすれば」
アズは魔導書らしき物を見ながら興味なさげに言う。アズは烏の行水を絵に描いたような大のお風呂嫌いだ。なので心底どうでもいいのだろう。
しかしマリアナさんには決断の決め手になったのだろう。
唸ったのち、意を決したように頷く。
「ん~……うん! じゃあ、お願いして入れてもらいましょうか!」
「分かった。じゃ、浴場のオーナーに言っておくわね」
「はい!
「「……四人?」」
ボクとアズの声が重なる。マリアナさんはニッコリとボクらへ微笑んだ。
「ええ。みんなで行きましょう!」
※
「【
「駄目ですよ~。乱発するあまり雑になってしまってます。詠唱破棄するなら一つ一つ丁寧に魔力操作しましょう。こんな風に。【
「あああぁあぁぁ~~……」
アズによる決死の逃避行は失敗に終わり、抵抗出来ない状態でボクらの目の前へと引き摺られてくる。
光る輪っかによって縛られた彼女を、ストラは呆れた風に見下ろした。
「馬鹿ね。誰がアンタに魔法の手ほどきをしたと思ってるのよ」
「フフフ。魔力量や威力はもう敵いませんけど、精度ならまだまだ負けませんよ~」
アズを縛り上げたマリアナさんはニコニコと笑っている。
スラムで自然発生した魔法使いであるアズに専門的な技巧を教えたのは何を隠そうマリアナさんだ。基礎の基礎を教わり、そこからは旅の途中で魔導書を買ったりと独学で学んだのがアズの魔法である。
今ではアズの方が魔力量も多いし大魔法も使える。魂を見通す目もあって、彼女が扱える魔力量は常軌を逸する。勇者パーティの魔導師という肩書きは伊達ではない。世界最強の魔導師に十分名を連ねられる実力がある。
しかしマリアナさんは術の精度などに関しては更なる達人であった。そもそも治癒魔法などは繊細な魔力操作がなければ扱えない。そして蘇生魔法や浄化魔法などの更なる高等技術をこなせるのはごく限られた者だけ。こちらもまたヒーラーとして世界最高峰であった。
同じ威力の魔法をぶつけ合った時、勝つのはより緻密な魔力操作をした方だ。
つまり街中で大魔法をぶっ放すワケにはいかないアズでは始めから勝ち目はなかったのである。
「……カリーナ。魔法、千切る。二人で脱出」
「無理だよ……」
必死に訴えるアズに、ボクは死んだ魚のような目で首を横に振る。
ボクも一緒に逃げ出したが、一瞬で首根っこ引っ掴まれて終わった。歴戦の聖騎士でもあるマリアナさんに体術ド素人が敵うワケないのだ。
いくらマリアナさんの束縛魔法が人体に優しく外部から簡単に解けるとしても、解放したところでまたさっきの繰り返し。もはやボクらにできることは潔く身を委ねるしかなかった。
そうして連れられてきたのが、件の大衆浴場の前だった。
あばら屋だらけの開闢都市に似つかわしくない、石造りの立派な建物だ。住民たちの憩いの場として長く使えるようにと、たくさんお金を掛けたのだろう。ちょっとした神殿のような趣がある。
「オーナーにはもう話を通してあるわ。運良く他の利用者はいなかったみたいで、あたしたちだけだって」
「まあ、では貸し切りですね!」
嬉しそうに微笑むマリアナさん。普段なら望外の幸運にパチリと手を合わせたりしそうなところだが、それはできない。何故なら両脇にボクらは抱えられているから。
「貸し切りじゃ、人に紛れて逃げられない……」
「終わった。詰んだ」
葬式ムードである。
屍のように項垂れるボクらをまるでいないものとして扱っているかのように和やかに話しながら、二人は中へと入っていく。
「その代わり従業員の雇用もまだで、垢すりとかマッサージ師とかはいないけど……構わないわよね?」
「ええ。自分たちでやりましょう。いつもストラの肩を揉んでいるみたいに」
「そっちの方が凝ってそうだけどね……」
他愛ない会話を続けながら二人は浴場の中を進んでいく。
抱えられながら、ボクは密かにすごく焦っていた。
そもそも、ボクは風呂嫌いというワケではない。入れなくても別に困りはしないが、いざ入るとなったら普通に入る。温かいのは気持ちいいし、アズみたいに濡れるのが嫌だったりもしない。むしろ好きな部類だ。
だけど、この状況はマズい。
マズいマズいマズい……このままだと、マズい。
何がマズいって、そりゃあ……。
「ここが更衣室ね」
「みたいですね」
棚の中に籠が並んだ一室で、ボクらは降ろされる。
そしてマリアナさんは迎え入れるように手を広げながら言った。
「では、カリーナちゃん……脱ぎ脱ぎしましょうか♪」
非常に、マズい。
お風呂ってことは、みんなの裸を見ちゃうってことだよ!
ボク、元男なのに!
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