無から生えた妹

 イグニス王国領エリスト村は、今から四年前に魔族の手によって滅ぼされた。

 何か特別な事情があった……ということはない。少なくとも重要な拠点だったり、あるいは何か伝説の武器が埋まっていたりというようなことは何も。

 ただ、その存在が魔族の癪に障った……原因は、それだけなのだろう。


 魔族は太陽の下で生きられない代わりに寿命が長く、身体も強靱だ。雑食性で毒にも強いので、何でも食べる……そう、何でも・・・

 つまり奴らにとっての人間とは、家畜や害獣と左程変わらない存在なのだ。


 その日までのエリスト村は、ごく普通の日々を送っていた。

 空が暗雲に覆われている所為で、田畑の実りは良くない……しかし貧しいながらも精一杯生きる、変哲のない寒村だった。

 ボクも両親と共に、ひもじいながらもそこそこ幸せに暮らしていた。


 しかし魔族がそれを終わらせた。

 ある日唐突に村へと飛んできた一人の魔族が、村の人間を皆殺しにしたのだ。

 理由はやはり分からない。だがいずれにせよ、エリスト村の人間に何も非はなかったハズだ。誰にも……もちろん、ボクの両親にも。

 女子ども、一切の区別なく、殺された。


 その当時の記憶をボクは、実のところよく憶えていない。

 それだけショックが大きかったのだろうし……周囲も気遣って触れなかったので、無理に思い出すこともしなかった。

 だから何があったか、具体的なことはボクにも分からない。


 確かに言えることは一つ。

 ボクだけが助かったのは、ストラが間に合ったからだ。


「――どういうこと?」


 そんな恩人であるストラが、表情が抜け落ちた表情でボクを見つめてくる。

 マズいマズいマズい。うっかりホントのことを言ってしまった。

 今のボクは斥候のカリムではなく、孤児のカリーナなのに!


「……私たちがエリスト村に辿り着いた時、生き残っていたのはカリムくんだけでした」

「絶対? 確実?」

「死体を確認し、この手で埋葬しましたから確かです。あの場には……誰も生きていませんでした」


 マリアナさんが断言する。

 当時はストラとマリアナさん、それから数人の騎士がお目付役として一緒に行動しているだけのパーティだった。

 マリアナさんは生き残りを必死に探してくれた上に、聖職者として村人みんなの鎮魂をしてくれた、頭の上がらない恩人だ。非常に感謝している。

 しかしその所為で、実は生き残っていました、が通じない……!


「うぅ……!」

「……どういうこと? ……やっぱり、魔族の擬態なんじゃ」


 ストラの手が聖剣の柄に伸びる。

 魔族の中には卑怯にも人間の子どもに擬態する奴もいた。だからその気になればボクのことを容赦無く切り捨てるだろう。

 早く、なんとか言い訳しなくては……!


「待って。私の目、魂、カリーナ、人間」

「それも絶対じゃないって、アンタ自身が言ったでしょ、アズ」

「……む」


 言い訳を……しかしなんて言えば。

 ……そ、そうだ!


「……さ、」

「さ?」

「……攫われたんです」


 ボクは確か、魔王城に囚われていた奴隷ということになっていたハズ。

 だったら村で攫われて、以後ずっと魔王城にいたということにすればいい!


 しかし疑いはまだ晴れない。


「それを証明できる?」

「え……」

「村人だったという証を立てられるのかって聞いてるの」


 ストラの眼差しは揺るがない。疑わしい真似をすれば、迷わず斬るだろう。でなくては狡猾な魔族と戦い続ける勇者は務まらない。


「えぇっと、つまりご家族やご近所さんの名前が言えるかどうか、ということです」


 言葉に詰まるボクを見て、マリアナさんが助け船を出してくれる。

 なるほど、それなら証になる。

 手ずから弔ってくれたマリアナさんなら、憶えている名前もあるだろうし。

 それならどうにかなりそうだ。ボクは当たり障りない、子どものいそうな村人を挙げようとして……。


「えっと………」


 ……あ、ボクが憶えてないかも。適切な大人の名前が出てこない。

 いやだって、ボクだって当時は子どもだったんだもん! 同世代の遊び相手は憶えても、その親の名前までは意識しようとは思わない。

 流石に親の名前くらいは言えないと怪しまれる。


「……言えないの?」


 ストラの手が柄を握り締める。

 え、ええい、こうなったら!


「お、お母さんはエスカ! お父さんはリト!」

「……え、それは」


 マリアナさんが目を見開く。そう、マリアナさんなら当然憶えている。

 何せ、ボクの実の両親だ。


「そ、そして……お兄ちゃんは・・・・・カリム・・・!」

「「「――!!」」」


 ……結局、これしかなかった。

 秘技・無から生えてきた妹作戦だ。

 これならば矛盾は生じにくい。何か聞かれてもありのまま答えればいい。

 問題は、今まで妹の存在など一切なかったことだが。


「カリムに……妹が?」

「二人とも、聞いたことは」

「ない。カリム、村のこと、語らない」


 そう。あまり聞かれなかったから、家族のことを話したことはない! みんなの優しさに甘え続けた結果が巡り巡って助かった……!

 これでどうにか凌げ……。


「……そんな」

「え」


 アレ、なんで絶望顔?


「……それじゃ、カリムは妹を助けるために、魔王討伐の旅に?」

「そんなこと、一言も」

「しかしそれなら納得がいきます。一人で突撃したことにも」


 あ、そうなるの!?

 いや、客観的に見たらそうなるか……。


 どうやらボク(生前)は、攫われた妹を救うために魔王討伐を志した少年ということになったらしい。無から生えた妹を想うシスコンみたいな話になった。

 実はどっちも同一人物なのに。


「……なんで言わないのよ……!」


 ギリ、と奥歯を食いしばり、ストラは悔しげに俯く。

 だ、だって今決まったから……。


(……二人とも、カリムくんのことは……)

(……ん。伏せた方が、いい……)


 コソコソ話をしたりと、また三人の様子がおかしくなる。

 まぁ、接点のない人間から知り合いの名前が出てくれば驚くか。


「これで、信じてもらえましたか……?」

「え……ええ。疑ったごめんなさい。………」


 謝罪したストラは、そのまましゃがんでボクのことを思い切り抱きしめた。


「え、え?」

「……絶対、あたしたちがいつか故郷へと帰してあげるから……!」


 大切な何かに、誓うように告げる。

 なんか、そういうことになった。




 ※




 その夜。

 幼女の身体であったからか、カリーナは驚くほど素直に眠りについた。

 保護した少女……今やカリムの忘れ形見となった彼女をベッドで寝かせ、三人は部屋を出る。


 集ったのは、宿一階のラウンジ。

 燭台を頼りにテーブルを囲い、三人は話し合う。


「……まさか、カリムの妹だったなんて」

「でもそれならば、色々と辻褄が合います。どうして普通の少年が、魔王討伐の旅に参加したのか……」


 それは全てを失ってやることもないので、だったらせめて救ってくれた人に恩返しをしたいというだけなのだが。

 残念ながらそれを訂正できる本人はおらず、いたとしても本人ではない扱いなので何も言えない。


「顔、似てた?」

「……面影はある、というくらいですが。しかし正確なところは……二人のご両親は、既に無惨な姿になっておられたので……」


 その面影はカリーナが自分の顔を見たときに感じた程度の物であり、他人のそら似と言えばそれまでだ。

 しかしずっと魔王城にいた(状況からの推察)少女がカリムの名前を知っていた(本人)ことから、三人にとってはほとんど確定事項となった。


 そしてカリーナが今までカリムのことに触れなかったことから……。


「……アイツ、妹にも会えなかったなんて……!」


 即ち、再会は叶わなかったということ。

 命を捨てる覚悟で救おうとした妹にも会えず、兄が死んだことすらも知らない。

 今やカリム・カリーナ兄妹は悲劇の兄妹となってしまった。

 それが更に三人の心を追い詰める。


「あたしが追放だなんて言い出さなければ、会えたかもしれないのに……!」

「……自分を責めないでください、ストラ。賛成したのは私たちもですから」

「ん。四人行動、危険、確実。判断、間違いじゃない。……間違いじゃ、なかったのに……」


 三人の表情の影が濃いのは、決して蝋燭の明かりが頼りないだけではない。


(また、助けられなかった……!)

(……どうして、若い子どもばかりがこんな……)

(カリム……私の、たった一人の友達……)


 三者三様のダメージが更に嵩んでいく。仲間を失った彼女たちにとって、この追い打ちは過酷だった。

 どろりと瞳を濁らせていく。


「……とにかく、明日からあの子の面倒を見ましょう。それが償いに……いえ、ならないかもしれませんが。少なくとも、あの子の背負った物に気づけなかった私たちの義務です」

「……ん」

「そうね。あの子を守る……役立たずの勇者でも、そのくらいはしないとね」


 こうして三人は誓いあった。

 自分たちが死なせてしまった少年、カリムの妹を。カリーナを命に代えても守り抜くことを。

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