凱旋

 開放された青空の下を旅すること数日。

 何故か晴れ渡る空模様とは違い非常に沈鬱な空気に包まれた勇者一行に囲まれて、ボクはどうにか都市まで辿り着いた。


「……すごい」


 かつて飛び出すように出立して、もう二度と目にすることはないと思っていた街の姿。

 しかし城壁の門を潜った瞬間に溢れたのは、まるで初めての光景を見るかのような感想だった。


 何せ、とてつもなく賑やかだ。城壁を乗り越えて人々の喧騒が聞こえてきたくらいに。祭りの日でもこうはならないだろう。

 魔王城から最寄りの街--開闢都市は、人類諸国の魔族領への橋頭堡として建設された都市だ。

 魔王城まで魔族たちを追い詰めたことで、元々戦勝ムードの明るい活気が満ちていたのだが……今はそんなのが比じゃないくらいに馬鹿騒ぎをしている。


 大通りに満ちる人々はみんな笑顔だ。常通りに市を開いている人もいるけど、ほとんどは道端で宴会を開いている。お酒を浴びるように飲んでいる人もいた。


「勇者様のおかえりだ!」

「凱旋だぞ!」


 ボクらを迎え入れてくれた門番たちが声を張り上げ、帰還を告げる。

 すると大通りの人たちは一斉に振り返った。


「……勇者様だ!」

「魔王を倒した英雄が帰ってきた!」

「青空を取り戻した救世主が!!」


 そのまま街を挙げての凱旋が始まった。

 街中の人が集まって大通りに並び、花吹雪や楽器を鳴らしてストラたちを歓迎する。

 みんな、口々に感謝を伝えた。


「ありがとう、魔王を倒してくれて!」

「生きてる間にまた青空が見られるなんて……!」

「勇者バンザーイ!!」


 熱狂的とすら言える人々の群れ。

 ボクはマリアナさんの陰に隠れながら、それも仕方のないことだと見つめていた。


 それほどまでに魔王を倒し、青空を取り戻したことは快挙だった。

 魔族の寿命は長く、暗雲を操る魔王が侵略を始めてからかなりの年月が経っている。

 地域によっては百年くらい陽の差していないところもあったハズ。それだけ長い間、飢えと魔族による暴虐に耐えてきたのだ。

 その全ての苦悩から解放してくれた勇者たちは、まさに救世主そのものだ。

 人々の歓喜も頷ける。


 ストラたちも、手を振って応える。その顔には笑顔を浮かべていた。

 勇者として、人類に希望を与える役目をストラは良く理解している。自分たちの一挙手一投足が、人々にどれだけの影響を与えるのかをちゃんと分かっていた。

 だからストラは外では品行方正な姿しか見せない。本当は激しい気性も持ち合わせているところは、信頼した仲間にしか見せないのだ。

 ちなみにマリアナさんは元からそういう性格なのでこういう場でもそつが無い。今も柔和な笑みを浮かべている。アズだけが無表情だが、いつものことだ。

 しかし、何故だろうか。

 全員の表情が、張り付いたものに感じた。


 そんな熱狂が過ぎ去るまで続いて。

 ようやっと宿まで辿り着いたのは街に帰ってきて数時間は経った頃だった。


「ふぅ……流石に疲れたわね」

「仕方ありません。私だって、向こう側にいたら皆さんを労いますもの」

「でも、面倒くさかった。足が棒」

「アンタは手すら振らなかったでしょ、アズ」


 帰り着いた宿はあばら屋に毛が生えたほどの建物だった。

 世界を救った勇者が泊まるには少々……という趣だが、これは開闢都市のどこもそうだ。

 魔族領へ逆侵攻するために急ピッチで作り上げた要塞都市なので、どこもかしこも急造の建物ばかりなのだ。


 そしてボクも泊まっていた。

 ほんの少し前の話なのになんだか懐かしく感じる。


「……ここでの追放話が、アイツとの最期の会話になっちゃったのよね……」

「………」

「………」


 ま……まだ暗い!

 ボクの形見である魔法鞄マジックバッグを中心にまた表情が曇る!


 何とか沈鬱な空気を払拭したくて、ボクはマリアナさんの袖を引いた。


「えと……」

「……あぁ、そうでした。ごめんなさい、連れ回しちゃって疲れたでしょう」

「大丈夫、です」


 そう言えば、声も変わっている。女の子らしく高い、柔らかく澄んだ声だ。

 ……生前も声変わりが微妙に終わってなくて高いと言えば高かったけど。


「……カリーナちゃんのことも、どうするか決めないとですね」

「親元に返す?」

「それができれば一番いいのでしょうけど……カリーナちゃん、ご両親は……」


 親元?

 いや、そんなのは存在しない。

 何せ自分ですらまったく出自が分からないのだから。


 なのでボクはフルフルと首を横に振った。

 それを受けて、マリアナさんは食いしばるように目を瞑る。


「……やはり」

「奴隷として囚われていたってことは、そういうことよね……」


 アレェ?

 なんか変な受け取られ方をしてしまった……まぁ、いないことは確かなので訂正もできないのだけれど。


「ってことは、孤児院に預ける?」

「ん、開闢都市、できたばかり。福祉施設、ほとんどない」

「教会もこれからが忙しいでしょうし……」


 マリアナさんが呟く。

 信仰は人の拠り所。開闢都市にも教会はある。

 しかし例によって急ピッチで立ち上げられたので、まだまだ最低限の働きしかできない。

 しかも魔王討伐というビッグイベントが起きたので、これから色々忙しくなる。

 差し当たっては安全になった前線に枢機卿を招く準備だったりだろうか。それも時間がかかりそうだが。


「……ってなると、あたしたちが面倒を見るしかないか」

「そうですね。魔王討伐が終わって、ある意味一番手が空いているのは私たちでしょう」

「魔族、残党、まだいる。傭兵、対応。でも緊急時、勇者」

「睨みを効かせるためにも、まだ離れられないしね……」


 え、このままストラたちに?

 それは……困る。だって一緒に暮らしてたらいつボロが出るか分からない。


「い、いや、大丈夫、です。ボク、一人で生きていけます」

「それはいけません。貴女のような女の子を一人にはしておけません」

「開闢都市、治安、最悪」

「……できたばかりな上、他民族が入り乱れてるからね。攫われた挙げ句、変な輩に売りつけられるのが関の山よ」


 た、確かに……それは流石に嫌だ。

 しゅん、と眉根を下げて黙ることしかできない。


「……大丈夫です。私たちがついていますから」

「はい……」

「しばらくしたら、故郷に帰りましょう。どこの生まれか分かりますか? ユグドヴァニアか、ワダツミか、ここからだと一番イグニスがあり得るでしょうか」

「あ、それは分かります。エリスト村……」

「「「――!?」」」


 ボクがその名前を口にした瞬間、空気が凍った。


「なんで、その名前を」


 ストラが震える声で問う。


「エリスト村は……一人を残して、全滅したハズ……」


 あ、しまった! うっかり本当の故郷を言っちゃった!

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