第三章

唐突な来訪

 サウロ・ハシントに尋問を行った日の夜。

 ヒメナは自室でベッドに入るやいなや、すぐ眠りに落ちた。そして翌朝、普段通りの時間に目が覚める。


 全身が鉛のように重かった。どうやら、一晩寝ただけでは捜査で蓄積された疲労は取れなかったようだ。このまま起きても、日中まともに活動することはできないだろう。であれば、もっと睡眠を取ったほうがいい。つまりは、二度寝をするべきだった。


 ただ、それには抵抗がある。ヒメナ自身も怠惰を好まないという理由もあったが、それ以上にイメルダに叱責されるのが怖かった。その恐怖は、まさに身が竦むほどだった。


 しかし、イメルダは起床がすこぶる早い。いまはもう屋敷を出て、騎士舎に向かっている頃だろう。見つかることはなさそうに思える。ならば、大丈夫か。

 ヒメナは眠気に身を委ね、二度寝へと突入していった。


 だが、その二度寝は邪魔される。

 寝間着姿のまま、屋敷の玄関へ足を運んだヒメナは、顔を引きつらせていた。


「ヒーメナちゃーん、遊びましょー!」


 レティシアが後ろで手を組みながら、朗らかに笑っている。

 頬をぴくぴくさせながら、ヒメナは訊いた。


「アンヘル、これは一体どういうことだ……」


「どういうことって、言った通りだよ? 遊びに誘ってんの」


「それは分かるが……なぜ、わたしなんだ?」


「いや、逆に他にいる? あたしレルマに来たばっかで、遊びに誘えるような友達ヒメナちゃんしかいないもん」


「友達……」


 胸が弾むような感覚があったが、それはひとまず無視する。


「そうなのかもしれないが……だったら、一人で遊ぶという選択肢もあるだろう」


「えー、そんなのつまんないじゃん。一人で遊ぶより、二人で遊んだほうが楽しいもん。だから遊ぼーよ。ね?」


「いや、でも……」


 この休暇はすべて疲労回復に充てるつもりだった。休暇明け、最高のパフォーマンスを発揮できるようになっているためだ。遊んでしまったら、また疲れてしまいかねない。


「やはり付き合えない。すまないが、今日は帰ってくれ」


 ヒメナは謝り、玄関の扉を閉めようとした。すると、レティシアは肩を落とす。


「そっか、だめかぁ……」


 その顔は段々と曇っていった。


「同期が女の子ってフクシブチョーから聞いて、あたし嬉しくてさ。絶対、仲良くなりたいと思ったんだよね。そのためにも今日遊びたいなって思ってて、けど……」


 レティシアは鼻をすんすん鳴らし、手で目元を拭う。


「あ、いや……」


 ヒメナは罪悪感を募らせた。まさか泣かせてしまうとは。断り方がやや辛辣だったか。


「違うんだ……わたしだって君とは仲良くなりたいと思ってる。たった一人のかけがえがない同期だから、その……」


 たどたどしくも、ヒメナは言葉を紡ぐ。


 語ったことは嘘ではなかった。ヒメナも、レティシアとは仲良くなりたい。理由は、彼女をかけがえのない同期だと思っているから。

 だが実は、理由は他にもう一つあった。それは、知りたかったからだ。


 レティシアに対しては、興味があった。その興味は、半人半狼の姿となったサウロと戦っている、あのときに生まれたものだった。


『あいつ倒せなきゃ、また誰かが殺されちゃう。そんなの嫌……あたしはもう誰にも死んでほしくないっ!』


 あの言葉からは、強く、固い意志を感じた。

 彼女が、そのような意志を秘めた人間だとは思っていなかった。


 レティシアという人間を、ヒメナはどうやら理解しきれていなかったらしい。その自覚が裏返って、興味へと変わったのだ。


 レティシアを知りたいなら、ともに過ごす時間が必要だ。ヒメナもレティシアも休暇となった三日間は、その時間として最適ではある。疲労に関しても、残り二日でしっかり休めば回復するだろう。


 考えた末、ヒメナは頷く。


「分かった……今日は君に付き合おう。だから、泣くな」


 眉尻を下げながら言い、それから待つように黙った。

 やがて、レティシアの目元を拭っていた手が止まる。その手が取り払われ、レティシアが俯いていた顔を上げると、その表情がふたたび見えるようになった。


 瞬間、妙に思う。レティシアの表情は、眩しいくらいに輝いていた。


「わーい、やたー! ヒメナちゃんと遊べるー!」


 涙は、レティシアの目蓋に溜まっていない。頬にも流れていない。跡も残していない。

 ヒメナは愕然とした。


「なっ、君は……嘘泣きだったのか⁉」


「ちゃんと泣いてたもーん。今日はちょっと涙が出なかっただけ!」


「それは、泣いてるとは言わないんだ! くそっ、なしだなし! 遊びになんて行ってやるか!」


「えー? でも、付き合うって言ったよねー? 確かにそう言ったよねー? 騎士なのに二言があるの~? 言ったこと変えちゃうの~?」


「くっ、こういうときだけ騎士を上手く使って……本当に君というやつはっ!」


 ヒメナは奥歯をギリギリと噛む。

 こうして、休暇初日は慌ただしく始まったのだった。

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