第5話 気の流れの大切さ

 3日が過ぎ、朝、起きてきた拓嗣たくしくんはすっかりと復活していた。


「もう全然元気! いつもはもっと長引くのに、びっくりした」


 拓嗣くんは元気いっぱいに言って、ガッツポーズまで披露する。千歳ちとせは安堵の息を吐いた。良かった。少しでも薬膳の効果が出ていてくれるのなら、心掛けた甲斐があったというものだ。


 晩ごはんのお雑炊の具は、鶏ばかりだと飽きてしまうだろうから、同じ温性である鮭や桜えびなども使い、おねぎの代わりににらを使ったりして味に変化を出した。もちろん拓嗣くんも毎食後にお薬をしっかりと飲んだ。


 食べることだけで身体が癒えるとは思わない。それでも身体を作っているのは食べるものであることに間違いは無い。風邪を引いたのなら、それに合ったお食事を。引いていないのなら、少しでも引かない様なお食事を。


 病気は風邪だけでは無いので、そればかりに偏ってしまってはいけないのだろうが、千歳も拓嗣くんも幸いこれまで大病を患ったことは無い。まだ若いということもあるのだろうが、予防の意味も込めて、これからも食生活には気を配っていきたいなと思うのだ。


「でも一応、念のためにな」


 拓嗣くんはそう言って、不織布マスクをして出勤していった。朝ごはんはたまご粥だった。昨日の晩にお米を仕掛けていたからである。だが明日の朝ごはんから、いつものパン食に戻せそうだ。


 千歳も用意して会社に行かねば。その前に洗い物。手早く済ませ、着替えて、お化粧をした。




 翌朝のごはんは、スクランブルエッグと焼いたウィンナ、レンジで火を通したブロッコリ。それに千歳はフリーズドライの豚汁、拓嗣くんはロールパンだ。


 ブロッコリは業務スーパーの冷凍野菜だ。耐熱皿にクッキングペーパーを敷き、その上にブロッコリを乗せて、ラップは蒸気孔を開けて掛ける。そうするとペーパーが水分を吸い取ってくれて、巧く加熱ができる。ラップを開けたらすぐにお塩を掛けてあげると、塩味もちゃんと付いてくれる。


 おかずはワンプレートで提供する。ブロッコリに掛けるものはマヨネーズとごまドレッシングを出した。千歳はごまドレッシングを選び、拓嗣くんはマヨネーズ。拓嗣くんはほんのりマヨラーなのだ。


「ああ、昨日の晩もやけど、やっと普通のごはんが食べられたって気がする」


 拓嗣くんは嬉しそうに言って、ロールパンにかじりつく。


「せやね」


「雑炊、どれも美味しかったけど、やっぱり噛みごたえがあるんがええわぁ。千歳ちゃん、風邪の間、雑炊に付き合ってくれてありがとう」


「ううん、ある意味楽やったし、ぜんぜん。治ってくれてほんまに良かった」


 ちなみに昨日の晩ごはんは、拓嗣くんが病み上がりだということで、白菜と椎茸と海老をくたくたに煮込んだものと、じゃがいもの豚汁だった。胃に優しく、平性以上の食材のお食事になった。


「ほんまに、思ったより早く治ってくれて助かったわ。千歳ちゃんのごはんもやけど、こんだけ休むん許してくれる職場にも感謝やな」


「せやね。やっぱり誰かに負担が掛かってしもたりってね、申し訳無いもんね」


「うちのドクターも同僚も、僕の風邪の引きやすさを知ってくれてるし、誰かひとりが欠けて滞る様なことは無い様にしてくれてるけど、やっぱりなぁ、悪いなって思うもんなぁ」


 拓嗣くんが勤めるクリニックの院長さんと看護師さんたちは、千歳たちの結婚式にも揃って参列してくれた。拓嗣くんが引き合わせてくれて、お祝いの言葉をいただいたのだが、とても穏やかそうな人だった記憶がある。


「働きやすい職場で、ほんまに感謝してるんよ。千歳ちゃんのおかげで秋は風邪引かんかったし、このまま身体が丈夫になってくれたらええんやけど」


「運動も大事かな〜」


「せやなぁ。お昼休憩、うち結構時間あることあるし、ジムとか行くんええかもなぁ」


「ええやん。梅田にも何軒かあったよね」


「うん」


 それで拓嗣くんが健康になってくれれば千歳も嬉しい。千歳はできることをやろうと、あらためて気合いを入れるのだった。




 数日後、お仕事を終えた千歳は、いつもの様に晩ごはんのお買い物をして帰宅する。今日も寒いので、身体を温めることを意識する。もうすっかりと真冬の装いだ。拓嗣くんも風邪がやっと治ってくれたのだから、また引かない様にできたらと思う。


 とはいえ、寒性かんせい涼性りょうせいの食材をまったく使わないということでは無い。実際、今夜使おうと思って買ってきた厚揚げは、元はお豆腐なので涼性だ。だが体内を潤す効果があるので、やはり身体には必要な食材である。


 今夜はこの厚揚げと鶏肉、平性へいせいのピーマンを合わせて、味噌炒めにしようと思っている。ピーマンは気の流れを整えたり、胃の働きを活発にしたりする効果がある。


 気、というのも薬膳の世界では大切なものだ。気の流れが順調であるなら、心身ともに健康と言えるのだと思う。


 薬膳である中医学では、気は身体を作っている基本物質であり、体内の血液や水分を運ぶために必要なものとされている。それが例えばストレスなどで滞ってしまえば、自律神経が乱れたり、鬱を発症してしまったりする。


 だから、普段の動き方や働き方もそうだが、お食事でも気を整えてあげるのは大事なことなのだ。千歳や拓嗣くんが大好きなお酒も、その役目を大いに担ってくれる。飲み過ぎ厳禁ではあるのだが。二日酔いは本末転倒である。


 温性おんせい、というが、そればかりではいけない。大事なのはバランスである。寒性や涼性なども巧く取り入れて、余分な熱を逃してあげるとかも大切だ。そうして気が巡って五臓が働いてくれるのだ。


 今は冬だから、主に拓嗣くんのために免疫を上げるお食事を心掛けるが、夏には夏の、秋には秋の、春には春の適した食材があることも、忘れないでおきたい。

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