四十三本目 夢
「ちょっとブランさん!! 貴女も重傷なんですから、安静にしててください!!」
「だっ、だってアルティが心配で……」
「だからってやたらめったらに回復魔法をアルティさんに掛けないでください!! ――こっちだって経過を見ながら治療してるんですから!!」
「す、すいません……」
うるさい。
一人はブランの声だろうか。――もう一人の声は知らない。
とにかくキンキン声がきつくて、俺は目を覚ました。
「ぁんだ……うるさい……」
目をあけて見えた天井が見知らぬもので、俺は状況が分からずフリーズした。
「……ココは」
どうやら寝ていたらしき俺は、ぼんやりする頭で色々と思考を回すが——うまく整理がつかない。
「アルティ!!」
その時、聞き慣れた声が響き――寝ている俺の上にのしかかった。
「ブラン……?」
『苦しいな』と思いつつ、視線を下げれば雪のように白い髪が見えた。
「よかった……!! 全然目を覚まさないから私……!!」
「あぁ……そうか、俺は——オルスフェンと戦って……」
そこでやっと、記憶が判然としてきた。
ブランが言うには、あの戦いから三日……俺は全く目を覚まさなかったらしい。
「ブランさん……!」
すると、ずっと視界の端にいた医療者らしきオバさまが鬼形相でブランを見下ろしていた。
「……あ」
見たこともない『ヤバい』という顔でオバさまを見上げるブランは、少し面白かった。
「お前も、重傷だなブラン」
「……私なんか全然。アルティとか——他の人の方が重傷」
隣同士のベッドで今までの話をする俺とブラン。
俺よりは軽傷のブランは、所々巻かれている包帯をさすりながら——俺のケガを見つめた。
ちなみに、俺はまるでミイラかと思うほど包帯を巻かれていた。――なんでもマジでギリギリの容態だったらしく、体力の消耗が激しく回復魔法を掛けられない上に、重度の失血で何度も死にかけていたらしい。
「ま、こうして生きてるんだから——結果オーライだろ」
「……ホントに心配したんだから……そんなこと言わないでよ……」
「ははっ、それより、他の奴らは無事なんだよな?」
その時——
「――私達は無事だぞアルティ殿」
ブランのさらに隣のカーテンが開かれ——
「あ、アンタ達は確か……」
「話すのは初めてだな。――私はソフィア・バレルダイン。騎士団の団長をしている。こっちは……」
「フランツ・バンダ―ナック。魔法師団の師団長をしている」
その奥から、オルスフェンに磔にされていた二人——ソフィア……さん? とフランツ……さん? が顔を出した。
「……なんで二人が此処に?」
「そら……ここが
「はぁ!?」
てっきりただの治療院だと思っていた俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。
――ま、まぁ、確かに言われていれば周囲の物や建物の雰囲気が明らかに上等なものばかりだったが……
「陛下直々の命だ。――王国を救ってくれた『英雄』を、なんとしても救うために……な?」
「えい……ゆう……?」
ソフィアさんの言葉に全くピンと来ない俺は、『英雄』と言われてついついブランへ目を向ける。
「もう……」
ブランは、なんで俺が自分を見たのか何となく理解したのか、呆れたような……困ったような表情で口を開いた。
「あの七大禁域『オルスフェンの魔剣』の
「ぁ……あぁ——お、俺の……ことか」
そう言われて、何とか頷くのだが……
「そうか……俺が……」
本当にピンと来ない。
「おい
そんな時、俺の真正面——今まで閉じられていたカーテンの向こう側で聞き覚えのある声が聞こえた。
「ちょっ……セレスト、カーテン開けないとアルティのこと見えないよ……」
「うるさい。開けるのめんどくせぇ」
「あぁ……もう、開けるよ……」
カーテンが開くと……左目に包帯を巻いたセレストと——右腕を失い……カーテンを開けるのに苦労しているヘリオスが目に入った。
「セレスト……ヘリオス……」
「はっ……散々お前をバカにしていたオレ達がこの体たらくで……面白いか?」
「そ、そんな訳ないだろう!!」
思わず声を上げてしまい——ここが病室だと気が付き口を押える。
「……それは、オルスフェンに?」
「ああ。――そこの師団長さまも右足をやられてるぜ」
セレストの言葉に、すぐにフランツに目を向ける。
すると、フランツは口元に笑みを浮かべて――喪失した右足を上げて見せてくれた。
「っ……」
改めてあの怪物が遺していった……奪って行ったものに俺は歯を食いしばる。
「やめろ
そんな俺に、セレストは真面目な顔で言葉を紡いだ。
「オレが言いたいのは——オレ達が束になっても叶わなかったオルスフェンに……お前は勝った」
「…………」
セレストに睨まれたことしかない俺は、いつになく真剣に俺の顔を見つめてくるセレストの言葉を静かに聞いた。
「あのバケモノに勝ったお前が自分のことを卑下してたら——アイツに負けたオレ達はどうなる?」
「……セレスト」
「アルティ」
ヘリオスも頷きながら俺に声をかける。
「自信を持っていい。――君は紛れもなく『英雄』だ。セレストもあの戦いで君のことを見て……認めているんだ」
穏やかに笑うヘリオス。――セレストはそんなヘリオスの肩をそれなりの力で叩きながら、
「認めてなんかいない! オレは、お前に負けないぞってことを言いたかっただけだ!!」
「ははぁ、素直じゃねぇ
「なんだと
「
今にも噛みつきそうな勢いでフランツさんを睨みつけるセレスト。――フランツさんは『へ、ヘリオス、その狂犬抑えろ!』と騒いでいる。
「アルティ殿」
そんなやり取りをする二人を尻目に、ソフィアは俺に目を向ける。
「貴殿の自己評価がどうであれ——『オルスフェン討伐』の実績は事実だ」
「そう……ですね」
「今までどんな『英雄』も成しえなかった七大禁域の攻略——それをやり遂げた『英雄』は、ちゃんと
「へ……?」
愉快そうに微笑むソフィアさんに、俺は間抜けな声を上げた。
※ ※ ※
「お、重い……」
「我慢してくださいましアルティ様」
戦いの傷が完治した頃、王宮のとある部屋。
俺はその部屋にて、侍女さんに
「こ、これ……ホントに着ないといけないんですか?」
「もちろんでございます。――これは功績を成した者が、絶対に着なければならない由緒ある正装でございます」
オバ様侍女さんに甲冑を着せられながら、『やっぱり鎧の防具は俺には合わない』と結論づける。
「さ、これで大丈夫でございます。――皆様お待ちですのでどうぞこちらへ!」
「は、はい……」
部屋から出た俺は、侍女さんに『背筋を伸ばして』とか、『事前にお教えしたマナーは覚えていらっしゃいますか?』など、散々いわれて『は、はぁ……』と冴えない返事しかできない。
「英雄様、ご到着です!」
ひと際大きい扉の前に待機していた騎士が、侍女から俺の案内を引き継ぐ。
「準備はよろしいですか」
二人いる騎士の内、一人にそんなことを言われて——『全然ダメです』という言葉を飲み込んで、ゆっくりと頷いた。
「では——」
俺の合図に力強く頷いた騎士は——やがて二人で声を張り上げた。
「英雄・アルティ様——ご到ぁぁぁぁぁ着ぅぅぅぅぅ!!」
巨大な扉が開かれ——
「っ……」
扉の先には、赤いカーペットの両端に控える数人の影。
俺はゆっくりとその間を歩き出す。
「……」
今までの生活からは想像もできない光景だ。
あの————ゴブリン退治しかしていなかったあの頃に比べれば。
「先輩」
最初に通り過ぎるのは、キイラと——キイラの父親であるイーラ。
思い出すのは、キイラとの最初の出会い。
俺はあの時初めて、格上であるオークに戦いを挑んだ。――今まで逃げるだけしか出来なかった相手に。
――命を賭けて挑む。その決意を始めて知った気がする。
「……」
私語厳禁なハズなのに、俺の名を呼ぶ後輩に静かに笑って応える。
「……」
「……」
次に通り過ぎるのは、セレストとヘリオス。
睨みつけてくるセレスト。――ヘリオスは睨まれている俺に心配そうな顔を向けている。
「……」
頬引きつらせながら、『大丈夫』の代わりにヘリオスへ視線を返した。
思えば、セレストは——自分の立場を忘れさせてくれなかった。
ここまで至れたことを考えれば——それは良いことだったのだろう。
最弱で『甘んじない』。――己を磨くことを怠らなかったのは、現実を直視させてくれ続けた彼女のおかげ。……そう言ったら彼女は怒るだろうか。
———それに……死にかけた時に助けてくれたし
突如飛来した魔剣。――その中に落ちてしまった俺とキイラを助けてくれたのは、この二人だ。
あの時助けてくれたおかげで、俺はキイラを失わずに済んだ。――ウェイヴの二の舞をせずに済んだ。
睨んでくるセレストに、頑張って微笑み返すと——今にも噛み殺されそうな目つきで睨まれたので、慌てて目を逸らした。
「……」
「……」
次に通り過ぎるのはソフィアさんとフランツさん。
あまり二人と話したことはない。――だが、この二人が笑いかけてくれると、俺はこの街を守れたのだと何だか実感してしまう。
そして――
「……」
最後にブランと目が合う。
「…………」
俺を見つけ出してくれた少女。
俺を信じてくれた少女。
「……」
「……」
彼女は視線で伝えてくれた。
『……言ったでしょ?』
————と。
———だな。
手合わせをしたあの日。俺は『才能』の差を嫌というほど知った。
けれど同時に、積み上げていたものがちゃんと『届く』と知って、俺はもっと頑張れた。
「「……ふっ」」
誰にも聞かれない程小さい声で互いに笑い——俺は玉座の前まで歩み寄った。
「……」
そうして俺は陛下の前で膝を折り——陛下の言葉を待つ。
「此度は七大禁域『オルスフェンの魔剣』——攻略大義であった」
視界を下げる俺に、陛下の姿を見えない。
「民衆・冒険者、そこに居る者達……彼らから——暗闇の中で、其方の緋い髪が陽の光のようだったと言われた」
「……」
「面を上げよ」
その言葉に顔を上げると——白い絹のようなローブに身を包んだ初老の男性……カイデル・ヴェル・セイン国王陛下が満面の笑みを浮かべていた。
「国王ではなく、この国に住む一人の人間として――本当にありがとうアルティよ」
「……もったいないお言葉です」
まさかの陛下からのお礼に、俺は再び頭を下げる。
「緋い髪の剣士。――其方はその鍛え抜かれた剣技をもってして、まるで激しき雨のように禁域の
「――はい」
国王様の言葉はなんだか脚色が入っている気がして恥ずかしかった。
しかし、今はこの場で王様の言葉を否定することは許されず、静かに俺は頷いた。
「本来なら、功績を讃え相応の地位を授けるのだが——」
「はい——事前にお伝えした通り……私に地位は不要です。この場を設けてくださっただけでも身に余る栄誉です」
そう、ソフィアさんを通じて、事前に貴族の地位を受けるという話があったのだ。――だが、俺はその話を断った。
だって、俺が目指したのは貴族でも、騎士でもない。
俺が憧れたのは御伽噺に出てくる、怪物を相手に一歩も引かない——『英雄』なのだから。
「……そうか。ならば、地位の代わりに『称号』を受け取ってはくれぬか?」
国王様は『国を守ってくれた者に何も出来ない国王は嫌だ』と言うので、俺は仕方なく首を縦に振る。
「……謹んでお請け致します」
「うむ。――では」
そして――
「ここにアルティを『英雄』と称え————『
俺は『英雄』になった。
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