四十ニ本目 緋と剣と雨

「キイラ……」


 ブランの視線の先、見上げた鐘楼には、屋根の上に捕まり——一生懸命アルティの名前を呼ぶキイラの姿があった。


「せんぱーーーーーーいッ!!!」


 大声により引き寄せられる魔物をその都度処理しながら、キイラは叫び続ける。


ェェェーーーーー!! そんな気味の悪い奴……ぶっ飛ばせぇぇぇぇぇぇ!!」


 少年は叫んでいた。


 皆が死の淵に立たされ、状況見守るしかない中で——ただ一人、命を賭けて叫んだ。


 絶望の声ではなく、


 希望の声でもない。



 



 取るに足らない、言の葉を…………少年はそれでも全身全霊をもって、自分の命すら危険に晒して敬愛する先輩に届けた。


「キイラ……!」


 その場の全員が、少年の言葉に目を合わせ——そして我に返った。


「……痛いなんて言ってられないな」


「あぁ……役立たずになっちまったオレ達でも、まだできることがあるな」


 ソフィアとフランツは、痛みを堪えながらクツクツと笑う。


「見守るので必死で、大事なこと忘れてたね」


「フン……オレのガラじゃない」


 自分に呆れたような発言と共に、ヘリオスはセリオスに笑いかける。


「――負けないで、アルティ……!」



 ※ ※ ※



「アイツ……無茶するなよ……!」


「オイオイ、愛されてるじゃねーカ?」


「はっ……違うな。アイツは、俺との約束を果たしてくれただけだよ」


 自分でも分かる。


 首を刈り取る刃が迫っても、身体を縦に割る一撃が来ても——そんな中でも俺の顔は緩んでいた。


「だが、どう足掻いても人間のお前はオレには勝てないぞ?」


「……どうかな?」


 その時だった。


「アルティさん、頑張れぇぇぇ!!」


 広場の外から、受付嬢の声が響いた。


「負けんじゃねーぞアルティ!!」


「ここまで来たら、絶対にぶっ殺せッ!!」


「勝ったら今度酒奢ってやる!!」


 広場に居る冒険者達の声が次々と上がる。


「オラっ! 冒険者なら根性見せろ!!」


「貴殿だけが頼りだ……!! 頼む!!」


 話したこともない王国の騎士団長が——魔法師団長が、声を張り上げる。


「頑張れアルティ!!」


「甘いぞ下級最弱ビリディス!! もっと攻めろ!! 攻め潰せッ!!」


 金級冒険者が、激励してくれる。


「『』」


 ブランと目が合う。



「ボロクソの時こそ——噛みつけッッッ!!」



 心臓が火を灯した。


「なッ……!?」


 血が流れて冷えていたハズの身体に、熱が伝わる。


「ただの人間が禁域のテラスに勝っちゃいけないなんて——そんなルールはない」


 ——深く肉が見えていたオルスフェンの腕に俺は剣を突き刺す。


「ㇵァァァッッ!!」


「グッ……!?」


 そうして、しゃがみ込んで背負うような形で——全身の力を使って剣を引き上げて……オルスフェンの腕を一本だけ両断する。


「グァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 初めて上げるオルスフェンの絶叫。


 ――隙だらけの姿を……俺は見逃さない。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォッ!!」


 斬り裂く。


 薄皮一枚でも構わない。――ひたすらに斬り裂く。


 薄皮一枚とて、積み重ねて――――重ねて重ねて重ねて重ねて、数えるのも億劫な程に積みあがれば、致命傷へと繋がる。


 『勝利』へと繋がる。


「調子に——乗るなァァァァァァァァッ!!」


 乱暴に突き出された粗雑な一撃など、取るに足らない。


 力を受け流し――オルスフェン自身の力の流れを用いてより鋭い一撃を見舞う。


「剣の——刃の……雨……」


 誰かが、そんなことを言ったが——構ってはいられない。


 自身の赤い髪を、オルスフェンの返り血で汚し――ひたすらに剣を振う。


「ウォォォォォォォォォォォォォッ!!」


 負けじとオルスフェンも剣戟を返してくるが、どうでもいい。


「――――!!」


 振り下ろされた地面を砕く一撃を回避し、その剣を踏み台に飛び上がることで、その他の剣を全て回避する。


「オオオォォォォラァァァァァァァァ!!」


 狙うは左腕の三本。


 重力が乗った一撃で——まとめて左腕の三本を切り落とす。


「グッ…………このォォォォォォ!!」


 残り二本になった剣など、最早問題ではなかった。突き出された剣を回避し……一本を切断。


「これで……最後だ……!!」


 二刀を同時に振り下ろし、残った右の腕を切り落とし――俺は大きく一歩だけ後退した。


「クソ……! 冒険者なんかニ……このオレガ……このオレガァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 次の瞬間――――――



 踏み込みと同時に——オルスフェンの首を斬り落とした。



「残念だったな。――『凡夫』に負けて」


 首を斬り落とされた巨体は——そのまま大地に沈んだ。


「……」


「……」


「……」


「……」


 広場が静寂に支配されて、


 オルスフェンの身体は、役割を終えたのを悟ったかのようにパシャと黒い砂に変貌して——風の中に消えて行った。


「い——」


 誰かの声が漏れて、



「イヤァッタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 キイラの歓喜と共に、周囲の冒険者達から勝利の雄たけびが響いた。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 俺は疲労と傷と、激戦の後でフラフラになりながら——街に立ち上がった柱の消失と、主を失った魔物達が逃げていくのを確認して、


「――」


「アルティ!!」


 そのまま意識を手放した。


 誰かが俺を支えてくれたのも分からず。

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