二十九本目 オルスの奈落

「無事に帰ってくることを祈ってます……!」


 キイラが真剣な眼差しでブランの手を握る。


「ありがとう……がんばるね」


 ブランは少し微笑みながらキイラの手を握り返す。


 時は――『オルスフェンの魔剣』攻略作戦当日。


 ブランをはじめ、セレストやヘリオス……それと見慣れない茶髪の女性と、天然パーマっぽい髪型の男性がカイ王国の西門に集まっていた。


―――騎士団の甲冑と……魔法師団のローブ……この場にいるって事は……


 見送る大勢の人間の一部になりながら、俺は見慣れない二人が、王国軍隊所属の騎士団長と魔法師団長だと察する。


「……」


 その時、不意にブランと目が合う。


「……」


 俺はその瞳の奥にあるブランの気持ちを理解してしまった。


「……行くんだろ?」


 一歩踏み出して、問いかける。


「……うん」


 返ってくるのは静かな肯定。


「街を守るため?」


「……うん」


「その想いは……譲れないもの……なんだろ?」


「うん」


「なら……。――ブランなら、絶対に守れるし……全部うまく行く」


「……」


 俺の言葉に目を伏せていたブランと再び目が合う。


「俺が保証する。――お前が見つけた俺が、な?」


 ニッと歯を見せて笑えば、ブランの瞳に僅かばかりの喜色が浮かび――


「うん……!!」


 元気な肯定が返ってきた。


「定刻だ――」


 その時、厳しく『オルス山脈』を睨んでいた騎士団長が振り向いた。


「これより『オルスフェンの魔剣』攻略作戦を開始する。――各々の奮戦に期待する」


 身の丈ほどの大剣を地面から引き抜き――騎士団長は声を張り上げる。


「出撃する!!」


 こうして、前代未聞の王国あげての七大禁域攻略が始まる。



 ※ ※ ※



 『オルスの奈落』 入り口。


「魔物の気配がしねぇな」


「まぁなぁ……前回の掃討作戦で滅茶苦茶苦労したし………ここで魔物と出くわしちゃ、泣いちまうよ」


 セレストの言葉に、フランツが答える。


 『オルス山脈』の中腹にある入り口。――カイ王国からここまでに既に二日。


 具体的には、『オルス山脈』の麓近くの村まで一日、山に入ってから魔物と戦いながら山を登ること一日。


 しかし、歴戦の冒険者三名と、王国屈指の実力者二名には疲労の色など微塵もなかった。


「先行部隊として、騎士団と魔法師団の精鋭と銀級シルバーの冒険者を魔剣の監視役として送り込んである。――掃討作戦から今日までに増えた魔物はその部隊が討伐してくれているはずだ」


 ソフィアは、背中の大剣に手を掛け、周囲に警戒を広げながら口を開く。


「――だが、万が一もある。警戒は怠らないで欲しい」


「了解ですよ騎士団長サマ」


 一行は、暗闇に支配された中を進む。


 『オルスの奈落』の中の構造は十層からなる漏斗型である。


 現在、ブラン達の居る第一層から、中心部は見える——のだが、あまりの暗さに人間の眼には深淵が映るばかりである。


 原因は『オルスの奈落』全体を構成する真っ黒な壁……もとい『べブラ黒石こくせき』と呼ばれる鉱石である。


 この『べブラ黒石』が、洞窟内に入った光を吸収してしまい、光が反射しないため、人間の眼には暗闇が広がるのだ。


「こっちだ」


 ソフィアは、まるで頭の中に地図でも入っているかのように、迷いなく壁側の横穴に入っていく。


 崖から中心に向かって目を凝らしていたヘリオスは、ソフィアの声に応じて意識を進行方向に向ける。


「……あの」


 ヘリオスは、頭をぶつけそうになりながらも、横穴に入り……声を上げる。


「悪いな、この横穴は小人専用なんだよ」


 そんなヘリオスにふざけて対応するのはフランツだ。


「あぁ、いや……ちょっと疑問に思ったことがあって……」


「オレのボケはスルーかよ……」


 フランツの言葉に苦笑いを返しながら、ヘリオスは言葉を続ける。


「僕とセレスト、実は『オルスの奈落ココ』は始めてくる場所だから教えて欲しいんだけど……あの崖から飛び降りちゃいけないの?」


「あー……」


 言いよどむフランツの代わりに、いち早く口を開いたのはブランだ。


「……あの崖は、一層一層が十五メートル以上の崖になってる。暗くて着地地点もよく見えないから、身体強化があっても着地に失敗してケガすることがよくある」


「なるほど……大事な魔剣攻略作戦の前にケガするのは……ヤバいね」


「付け足すならば」


 ブランの言葉を捕捉するのはソフィアだ。


「――着地地点で魔物に囲まれたという報告もある。掃討作戦があったとしても、現状では、順路通りに進んだ方がいいだろう」


 そう告げるソフィアの前に、先の見えない階段が現れる。


 横幅は十メートル以上はあるだろうか。天井も高くなっており、ヘリオスは背を伸ばす。


「――こうやって一層一層、横穴から下に下っていくわけだな」


 ぶっきら棒にセレストは述べる。――隣のヘリオスも納得したように深く頷いていた。


 その時だった。



『『グオオオオオオオオオオッ!!』』



 暗闇の先から、一匹の『キメラ』が現れた。


「おっと……お客さんだな」


 身構えるフランツ。――そんな彼は、『キメラ』のさらに後方から羽音と共に迫る異形を察知した。


「気をつけろ——『』だ」


 刹那――暗闇より巨大な蝙蝠の群れが現れる。


「うえー……」


 その顔は、血の気が引いており、青色を通り越して灰色であった。――身体部分が黒色であるためか、その気味の悪い顔は暗闇に浮かぶ人面のようだった。


「…………」


 無言で斧槍を構えるブラン。


「待ってくれ」


「……?」


 そんなブランを制止したのはソフィアだ。


金級きみたちは我々よりも。――ここは私とフランツが相手をするから、是非体力を温存してほしい」


 『階段での接敵』という、面倒な状況にも関わらず、ソフィアは大剣を引き抜いて一歩踏み出す。


「んだよ……オレも巻き添えかよ……」


 気だるげなフランツも共に前に出る。


「……」


「下がるぞ」


「……うん」


 そんな二人を見て、セレストはブランへ声をかけ——彼女もセレストに素直に従い、後方で戦闘の様子を見守ることにする。


「――怪我したらブラン殿に見て貰えよフランツ」


「バカいうんじゃねぇよ。――楽勝だろ」


 敵を油断なく見つめるソフィアと獰猛な笑みを浮かべるフランツは——真正面から魔物達と対峙した。

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