二十七本目 弱くても

「ん……」


 目を開けると、いつもの宿屋の天井が見えた。


「俺……」


 直前の記憶がなくて、しばらくぼんやりと目の前の光景を見つめて――


「あ————」


 自分が魔剣域ダンジョンの中で意識を失ったのを思い出して、飛び起きる。


「……っ!!」


 慌てて周囲を見渡して、


「……ぁ」


 ベッドに上半身を預けて寝るブランと、床で寝そべり『う~ん……』と幸せそうに寝ているキイラに気が付く。


「…………はぁ~」


 現状がよく理解できないが、とりあえず一緒に魔剣域ダンジョンに落ちたキイラが呑気に寝ているのを見て、生きて帰って来れたのを実感して息を吐く。


———そうか……セレストとヘリオスが来てくれたんだっけ……


 そこで、ギルドに残っていた金級ゴールドが駆けつけてくれたのを思い出し、俺はキイラへ目を向けた。


「せぇんぱい……どこまでも……オトモいたしましゅ……」


「どんな夢見てんだ……」


 キイラの身体の所々には包帯が巻いてある。――特に目を引くのは左腕の包帯だろう。


———あそこはテラスに折られた腕か……


 おそらく治療院で治療は受けたのだろう。――しかし、回復の魔法は受けた者の体力を消耗させる。


 一刻を争う事態になれば、つべこべ言わず治療されるものだが……ある程度まで回復したのなら、あとは患者の体力を見て自然治癒させるのが普通なのだ。


「…………」


 俺は自身の額に巻いてある包帯に手を当てる。


———まだまだ弱いな……


 調子に乗っているつもりはなかった。


 だが、『身体強化』が使えるようになったが為に浮かれていたのかもしれない。


———セレスト達が遅れていたら……死んでいた。


 だから、己を戒める。


 一人きりだった時のように、『必死』になるのだ。――俺はまだ


 一人で強くなれるほど、俺は器用じゃないかもしれないが……それでも、一日、一分、一秒を『必死』に打ち込まなければ——再び仲間を失う。


 ただ『夢』を追って、険しい崖を一人で登っていた時とは違う。――弱ければ、共に崖を登る仲間が滑落してしまうのだ。


「……ウェイヴ」


 自然と口に出てしまうのは、夢を託して死んでいった親友。――奴の最後の言葉が、自然と俺の拳を握らせる。


「う、ん…………アルティ……?」


 すると、俺の声に反応したらしきブランが目を覚まし、頭をもたげる。


「悪い、起こしたな」


 申し訳なく思い、頬を掻いていると、


「良かった……目が覚めたんだ……」


 ブランは安心したように笑い、俺の手に手を重ねてくれる。


「心配したよ……魔剣域ダンジョンに落ちたってセレスト達に聞いて、慌てて治療院に駆けつけてみれば、アルティ達が血まみれで治療受けてて……」


「心配……かけたみたいだな」


「大丈夫……私も治療に参加して、すぐに峠は越えたから」


「そっか……」


 ブランの心配が嬉しくもあり……また、自分自身の不甲斐なさを突き付けられているようだった。


「悪い……危うく、キイラを死なせるところだった」


「え……?」


 俺の言葉に、ブランは少し目を丸くしている。


「今回、セレストとヘリオスが来てくれなければ、俺もキイラも死んでいた。――俺が……弱すぎた」


「……」


 ブランは俺の言葉を静かに聞いてくれる。


 だが、やがて大きなため息をつく。


「アルティはもう少し自分を顧みてほしい」


「え?」


 ブランは、立ち上がると、床で転がっているキイラの頬をつつく。


「そりゃ、『身体強化』覚えたてみたいなアルティが、いきなり魔剣域ダンジョンに放り込まれたら通用しない」


「…………」


 『う~ん……』と相変わらず幸せそうな寝顔を見せるキイラに、ブランは少しだけ笑う。


「けど、今回は二人が調子に乗って魔剣域ダンジョンに突入したわけじゃない。――完全に事故で魔剣域ダンジョンに入って、アルティは救援が到着するまで、格上のテラス相手に新人であるキイラを守り切ったの」


 つらつらと事実を述べるブラン。


「ちょっと良い風に言いすぎじゃないか?」


 そんな反論をすると、


「ちょっと黙って」


 割と強めに怒られた。


「セレストが言ってた。――あのテラスは少なく見積もって銀Ⅰ級程度はあったって。少なくとも、銅級カッパーに倒せる相手じゃないって」


「ご、ゴールド一歩手前の強さだったのかアイツ……」


 セレストの所感に、俺が戦慄していると、ブランがズイと顔を近づけて俺を指さした。


「敵わないのなんて仕方ない。――それでもアルティは諦めず戦った」


「……」


 そこまで言われて、俺は言葉を切る。


 俺の様子に、ブランは少し離れて――手を再び握ってくれた。


「セレストもヘリオスも……みんな『頑張った』って褒めてたよ」


 その言葉に、俺は心が少し軽くなった気がした。


「せぇんぱい、さいこー!」


 キイラの空気を読まない寝言が響き――


「何言ってんだコイツは……」


「フフッ」


 俺とブランは互いに笑ってしまった。



 ※ ※ ※



「オレらが『オルスの奈落』掃討作戦に行ってる間に、魔剣の落下……最悪のタイミングだな」


 王宮の騎士団長室。


 その来客用のソファで疲れた様子で天井を見上げるフランツは、吐き出すように言葉を漏らす。


「だがまぁ、セレスト殿とヘリオス殿のおかげで、被害は最小限に抑えられた」


「だなぁ……ギルドに金級ゴールド二人の待機を申し出た団長様の判断は間違ってなかったわけだ」


「ああ。――だがまぁ、そのせいでコチラは相当骨が折れたがな」


「あの二人が居てくれれば、かなり楽だっただろうなぁ」


 騎士団と冒険者の人海戦術を用いて、『オルスの奈落』に潜む魔物を掃討する作戦。


 その内情は、フランツとソフィア、それとブランの負担が大きい作戦だった。


 というのも、連れて行った騎士と冒険者の実力が芳しくなく、幾度となく三人が他の者達を魔物から守ることが非常に多かったのだ。


「二度とやりたくねぇ……」


「安心しろ……流石に『オルスフェンの魔剣』攻略には、あの二人にも参加してもらう」


「当たり前だ……」


 普段はテキパキしてるソフィアも、今回ばかりは疲れの色を見せている。


「なぁ」


「……なんだ」


 そんなソフィアに、珍しくフランツから声をかける。


「――例の他国からの救援はどうなんだ」


「……お前の想像通りだ。――確実に


「……そうか」


 カイ王国から隣の国まで、確かに距離はある。


 だが、今回……救援が間に合わないのは他にも理由がある。


「他国のギルドに所属する金級ゴールドも、軍隊に所属する精鋭も、誰も七大禁域の攻略に人を出さない」


 そう、難攻不落の魔剣攻略に名乗りを上げる者が居ないのだ。


カイ王国ここ魔剣域ダンジョンの魔物に呑まれれば、今度標的になるのは彼らなのだがな……それでも、動こうとはしないらしい」


「ハッ……腰抜け共が……」


 ソフィアは大きなため息をついて、事実を言い聞かせるように言葉を吐く。


「『オルスフェンの魔剣』攻略はカイ王国のみで行うしかない」


「はぁ~……」


 わかっていた現実を突き付けられ、フランツは大きなため息をつく。


 それでも彼はソフィアへ視線を向けて、言葉を吐く。


「それで……肝心の攻略作戦の時期は?」


 対し、ソフィアは窓の外——そびえる『オルス山脈』へ目を向けて呟くように告げた。



「『オルスフェンの魔剣』攻略作戦は————二週間後とする」


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