二十六本目 弓と斧

 魔剣域ダンジョンは色々ある。


 溶岩に満たされた灼熱の世界、雪に覆われた極寒の世界、木々の覆い茂る樹海の世界など……


 その内情は様々だが、それでも冒険者は魔剣域ダンジョンを二つに大別する。


 一つはテラスが居るフィールド——主部屋テラスルームがある魔剣域ダンジョンと、テラスが一つの場所に留まらず徘徊している魔剣域ダンジョンの二つだ。


 また、テラスの見た目に関しても、冒険者の間でまことしやかに囁かれることがある。


 ――それは、テラスの外見が、というものだ。



 ※ ※ ※



『————』


 槍を構え、高速で突っ込んでくる蛇皮の男―――テラスにヘリオスは魔法を唱える。


「伸びろ——『立樹成育ジュッド』」


 地面から生えてきた樹木が折れ曲がり、テラスの槍を受け止める。


「オォッ!!」


 ステップを駆使して、テラスの真横へ移動したヘリオスは、身の丈ほどある巨大な斧を振り下ろす。


『——!』


 テラスは、間一髪でヘリオスの斧を回避するが——


「甘い」


 振り下ろした大斧を、筋力で無理やり引き上げながらヘリオスは一歩を踏み込み、巨大な斧を使っているとは思えない速度で攻撃を仕掛ける。


「……氷矢アロー


 ギリギリヘリオスの猛攻を回避し続けるテラスに対し、遠くで戦況を見ていたセレストは、、魔法を使って氷の矢を作成する。


 その数三本。


「…………」


 セレストは、接敵しているヘリオスに構わず弓に矢を番えて――撃ちだす。


『————!!』


 その矢は、テラスの顔面を掠め……見事にテラスの動きを止める。


「ナイスセレスト!!」


『——ッッ!?』


 同時にヘリオスが斬り込み、テラスの肩口から脇腹に掛けて切り裂き――怪物の肩から噴水のように血が噴き出る。のだが……


「浅いんだよ馬鹿」


 しかし、その一撃は直前で逸らされてしまい、致命傷には至らない。


『——』


 テラスは、槍を構えて大斧を振り切った態勢のヘリオスに向けて、人間の頭など果実のように貫通してしまう一撃を繰り出す。


「…………」


 ヘリオスはそんなテラスを無言で見つめて――


『——!』


 次の瞬間、テラスの足を縫い付けるように矢が足の甲に突き刺さる。


「斧は振り切っても……拳は自由だッ!!」


 そして、畳みかけるようにヘリオスの拳がテラスの顔面に突き刺さり——テラスを盛大に吹き飛ばし、溶岩に沈める。


「よっし……!」


 通常の生物なら、死に至る状況に追い込んだヘリオスはガッツポーズを作る。


「油断すんなヘリオス!! 溶岩地帯ここテラスだぞ!!」


「……確かに」


 だが、セレストの言葉でヘリオスは眉をひそめる。


 この灼熱の世界でテラスを務める魔物が、溶岩に落とされて死ぬ。――そんな間抜けな話が合っていいだろうか。


『——』


 答えは『否』だ。


 テラスは全身の至る所に溶岩を纏わせて…………再び二人の前に現れる。


「……近接戦は厳しそう」


「ちょっとだけなら平気だろ。―—だが、アイツを斬りすぎたら……逆に武器が壊れるだろうな」


「だね」


 冷静に相手の状況変化を観察するセレストとヘリオス。すると——


『————!!』


 再び怪物は高速で移動する。


「チッ……」


 の元へ。


「うざってぇ!!」


 真っすぐ突っ込んでくるテラスへ、セレストは矢を放つが……


『————』


 首を捻るだけで回避されてしまい、矢のないセレストへテラスが迫る。


「…………」


 セレストは冷静に周囲を確認して——振り下ろされるテラスの槍の穂先に対してしゃがみ込む。


 そして――


「守り抜け——『盾守樹ウールド』」


 セレストの前に生えてきた樹木が、しゃがんでいるセレストを包み込んだ。


『——』


 その上から斧を振り下ろしたテラスは、当然樹木に刃を阻まれる。


『——!!』


「鬱陶しいか?」


 テラスは、樹木を生成した人間——ヘリオスへ視線を向ける。対して、ヘリオスは笑みを浮かべて言葉を返す。


「でもいいのか? ――目を離すと危ないよ? ウチの相棒は」


「砕き貫け——」


 刹那、樹木の盾の中から


『——————!?』


 テラスが振り返ったときにはもう遅い。



「『穿孔大氷矢フリージング・ダイ』」



 まるで飢えた狼がその鋭い牙を剥くように、セレストを包み込んだ樹木がゆっくりと開き――


 一層強い冷気を帯びた氷の矢が、しゃがんでいたセレストから射出された。


『~~~~————ッッッ!!』


 冷気を周囲に振りまく極冷の一矢は、テラス顔面を貫通し――


「おわぁっ!?」


 ヘリオスのギリギリを通過して、周囲の溶岩を凍らせながら遥か彼方の大地へ突き刺さった。


「人型の割には大したことねーな」


 セレストは空色の髪を手で払いながら、弓を折り畳んだ。

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