八本目 元冒険者と頭の硬い騎士

「失礼します」


 カイ王国、魔法師団。


 そこは確かな魔法技術と魔法に関する教育によって他の国に比べ、優秀な人材を多く要する国の要の一つ。


 そんな魔法師団の副師団長、イーラ・キーデンスは、師団長室に入室する。


「フランツ師団長。――ソフィア騎士団長がお呼びです」


 イーラは、暗い室内を抜けて――――バルコニーで魔法師団の師団長に声をかける。


「あー? ったく、今いいトコなのによぉ……」


「……お言葉ですがフランツ師団長、王宮内でそのように肉を焼くのはおやめになった方がいいかと」


「あーはいはい。いつもの貴族様のお堅い価値観ですねーっと………まったく、ソフィといい、お前といい、頭が固すぎだぜ」


 肉を焼いていた火を消すと、声の主はナイフに肉を突き刺し、ゆっくりと顔をあげてイーラを見た。


 まず目につくのはボサボサの黒の天然パーマ。ついで、顎に生える野性的な無精ひげが視界に入る。しかし、上半身裸の男の筋肉は非常に引き締まっており、『だらしなさ』よりも『野性的』という言葉が浮かぶ男性だ。


 男の名はフランツ・ヴァンダーナック。


 冒険者でありながら、その実力を認められ貴族の地位を手に入れて魔法師団の師団長までのし上がった傑物だ。


「ところでイーラ、せがれのキイラは元気か?」


 フランツは魔法師団の制服――真っ白なローブを上半身裸の上から直接羽織り、部屋を出ようとする素振りを見せる。


「……息災でやっております」


 少し間を置いて、フランツに返答したイーラは、そんなフランツに静かについていく


「気を付けろよ? いくら親子とはいえ、うまくコミュニケーションを取れてねぇと、ガキンチョなんて何をしでかすか分かんねぇぞ?」


「………………それは実体験ですか?」


「まぁな。――俺の場合はガキンチョ側だったがな!」


 カラカラ笑うフランツは手ぬぐいでナイフの油をふき取ると、鞘に収めてベッドの上に適当に放り投げて、自室を後にした。



「失礼するぜー」


 騎士団の団長室の扉もノックせず入るフランツ。ちなみに、イーラは外で待機している。


「――馬鹿者。ノックぐらいしろといつも言っているだろう」


 早速飛んでくる小言(フランツが悪い)にウンザリそうな顔をするフランツ。


「いいじゃねぇか。呼んだのオマエだろ? だったら師団長室との距離逆算して、これくらいの時間にくるのくらい分かんだから、見られたくないモンとか仕舞っとけばいいだけじゃねぇか」


「そうゆう問題じゃないだろう! 私はマナーや礼儀に関することを言ってるのだ!」


「だったら尚更そんなのオレに求めんなよ~ こちとら素行の悪い元・冒険者だぜ?」


「『元』だろう……!! 今は貴族の地位もある人間なんだ……そんな言い訳ばかりしないで少しは気にしろ!!」


「オイオイ、そんな細かいこと気にすんなって。――美人な顔が台無しだぞ?」


 本気でそんなことを宣うフランツ。


「……よかったなフランツ。今が公務中で」


 そんな彼を、羽ペンを握りつぶしながら笑顔で見つめるソフィア。 


「じゃなかったら五回は切り刻んでいる」


 茶色の長い髪、白磁のような白い肌。黒真珠のような瞳は今は怒りに染まっている。


 黒い甲冑で、フランツとそんなに身長差もない女性――騎士団の団長ソフィア・バレルダイン。


 高い実力と、その気高い精神性から王国に所属する騎士のほとんどから敬愛される騎士団の長だ。


「待て待て……わーったから殺気飛ばすのやめろって! お前の殺気はマジで殺気だけで殺されそうだから嫌なんだよ…!」


「フン……!」


 フランツが観念したような声をあげると、ソフィアは『勝った』と言わんばかりに鼻を鳴らし、フランツから目を背ける。


「まったく……いつまでも頭の固い奴だな」


「お前が柔らかすぎるんだ。――骨があるのか怪しいくらいだな」


「うるせぇうるせぇ、逆にお前の骨は剣で出来てるのかってくらい硬いだろーが」


「誰がゴーレムだ!」


「言ってねぇよ…………」


 フランツはフラフラと団長室入り口近くにあるソファへ座り込むと、めんどくさそうに天井を見上げた。


「それで、なんか用事があって呼んだんだろ?」


「…………あぁ。例の『オルスフェンの魔剣』についてだ」


「あー……例の作戦ね」


 天井を見上げながら、フランツは疲れたように声を返す。


「悪いが……作戦の前に、あの魔剣の活性化について詳しく調べてきて欲しい」


「あんでだ? ――前回の監視チームが確かに魔力の高まりを捉えたんだろ?」


「そうだが……万が一ということもある。――当時の監視チームも魔剣域ダンジョンからの魔物でパニックだったろうしな」


「マジかよ……」


 ソフィアの口ぶりは、遠回しに『絶対』と告げていた。――フランツとしても、理由が理由だけに、納得せざるを得ない。


 だが、面倒くさいものは面倒くさいのだ。


「だがまぁ……しゃーないか……」


 『オルスフェンの魔剣』となれば、どんな些細な変化でも見過ごすことはできない。


 あの魔剣は、過去に幾人もの英雄を飲み込み——殺してしまった悪魔のような領域なのだから。


「――わぁーったよ。今度なんかうまい肉料理教えろよ!」


「ふっ……探しておこう」


 そうして、プラプラと手を振り、フランツは部屋を後にした。

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