七本目 積み重ね

「はぁっ!?」


 俺はブランのパーティ結成の申し出に素っ頓狂な声を上げた。


「ま、待ってくれ!! た、確かに今の戦いで俺が勝ったかもしれないけど……あくまで『身体強化・魔法なし』の条件下だ! 俺の冒険者としての実力は君の足元にも及ばない!!」


 ブランの意図が読めないまま、俺は年甲斐もなく年下の女の子にまくしたてる。


「そ、そんな奴が金級キミとパーティ? 無理だろう? 君の足を引っ張るだけだ!」


 我ながら情けないと思いつつも、意志に反して決して口は止まらなかった。


「……」


 そんな俺の前でブランはその無機質な瞳をジッと俺に向けてきて、


「―――確かにそれは事実なのかもしれない」


「……っ」


 俺の言葉を静かに肯定した。


 自分で口にしておいてとても可笑しな話なのだが……胸の奥が少しだけ痛んだ。


「……」


 けれど、そんなことは絶対に口にしない。――歯を食いしばり、感情を必死に押し殺す。


 その時、


「でも——」


 ブランは俺の顔を見上げて言葉を続けた。



「あなたの剣は、銅級で腐らせるのはもったいない」



「ぁ……」


 思わぬ肯定の言葉。


 単純な俺の頭は、その瞬間、これまで日々積み重ねてきた訓練を想起していた。


 『夢』を諦めきれず、藻掻いていた日々を。


「魔法が苦手なら私が訓練に付き合う。――だから、剣を扱うその『才能』を腐らせないで欲しい」


 ブランの無機質な瞳は、ほんの少し熱を帯びた気がした。


「この国を…………この街を…………を守るために力を貸してほしい」


 ゆっくりと俺と距離を近づけたブランは、その右手で俺の手を取った。


「私と……パーティを組んで欲しい」


「…………」


 俺は握手のように握られた自分の手とブランの手を見下ろす。


———剣を扱う『才能』が俺にあるかはわからない


 俺にはきっと何の才能もない。


 何もない凡人。――でも、だからこそ剣を振って少しづつ日々を積み重ねてきた。


 いい年をこいて諦めきれない『夢』を追って。


 そんな積み重ねてきたものを認めてくれた人が居る。


「無駄じゃ…………なかったんだな」


 その事実が、飛び上がるほどうれしい。


 誰にも聞こえないように呟いた言葉を再び飲み込んで、俺はブランを真正面から見据えた。


「君がそこまで言うなら—―よろこんでその話……乗らせてもらう」


 そうして握られた手をギュッと握り返した。


「ありがとう。――これでパーティ結成」


 カイ王国のギルドにて、最下級銅級最上級金級の奇妙なパーティが結成した瞬間だった。



 ※ ※ ※



 翌日。


「さて、始めようか」


 俺は毎朝訓練を行うギルド前広場でブランと待ち合わせをした。


 若干遅刻したブランが眠そうに目を擦っているのが妙に気になったが、知り合って二日目。俺は特に言及しないことにした。


「それで……『身体強化』の訓練をしてくれるんだよな? いったい何をするんだ?」


「うん……えっとね……」


—――すげー眠そう……


 生活習慣から、早起きに対して耐性がある俺に対して、ブランはかなり眠そうだ。


「やっぱりまずは繰り返し『強化魔法』を使うことかなって………」


「…………そうだよなぁ」


 一見して地味な訓練内容。


 しかし、日々地道に剣の鍛錬を行ってきた俺は、遠い目をしながら『ウンウン』と頷いた。


「『千里の道も一歩から』……正直、魔法の訓練は苦手意識があったから避けてたんだが…………」


 零すように、呟くように言葉を漏らす俺は、『向き合わないといけない』と腹を括る。


 だってそうだろう。


 今までの一人ソロとは違う。俺が弱ければ、ブランに迷惑が掛かる。


 『英雄になりたい』なんて子供じみた願望を持ちながら逃げ続けてきた今までとは、ここで決別しなければいけない。


「大丈夫だよ……」


 そんな俺の様子を見て、知ってか知らずか……ブランが口を開く。


「アルティ……さんがここまで剣の修行を続けて、腕を磨いてなければ…………私は貴方に興味を抱くことはなかった」


 微笑みながら、ブランはゆっくりと俺の剣を指さす。


「ブラン…………」


 俺の胸の内を読んだのか、はたまた俺が分かりやすい人間なのか分からないが……


 どうやら、目の前の少女は俺の今までを肯定してくれるらしい。


「…………だったらいいな」


 胸が温かくなるのと同時に、俺はいつの間にか笑っていた。


「それにアルティ……さん、こう見えて私にはがある……!」


 ぎこちなく俺の名を呼ぶブランは、無機質な表情を少し自慢げに変化させた。


「秘策……?」


「そう、秘策…………!」


 そういうと、ブランは持参したであろう木剣を構えて――



 『身体強化』で自身を強化した。



「…………えっと、ブランさん?」


 状況が理解できない俺に、ブランは一発で現状を理解させてくれる一言を放った。


。『身体強化』ありで」


「…………うん?」


 そう、『理解させて』はくれた。――脳が理解を拒んだが。


「……ブランさん…………い、一応どんな理由があってそのような選択をしたのか……聞かせてもらっても……イイデスカ?」


「あー……それはね—―――」


 魔法は『イメージ』である。


 昔はアレコレと手間が必要な『魔法』であったが、あるを使って人々は『イメージ』を強く持てば魔法が発動できるように工夫をした。


 ブラン曰く、今の俺は『強い身体強化』がどんなものだが『イメージ』が出来ていないらしい。


 もちろん、『魔力の制御』などの基礎的な話もあるのであろうが、それは訓練の中で身に着ける。


 なので、とにかく『強い身体強化』が実際にどんなものなのかをもらって、『身体強化』の強化倍率を上げていくらしい。


「……あまりに強引すぎる」


 というか脳筋である。


 てっきり、ずっと魔法の練習でもさせられるのかと思っていた俺は、しっかり冒険者であるブランの提案に空虚な笑いしか出ない。


「……嫌、かな?」


 ――――――だが、まぁ……


「いや、


 今まで通り、全力で物事に当たればいいと分かり、安心する自分も居た。

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