ソード・レイン ~万年銅級の下級最弱(ビリディス)~
珠積 シオ
一本目 夢
「あ、ありがとう…………ございます」
「いいってことよ。あんなしつこいナンパ、めんどくさいもんな。――さ、もう行きな」
「で、でも、散々殴られて——」
「大丈夫。――これでも俺、冒険者だからなっ!」
「………………わかりました。――本当にお気をつけて」
「ははっ……あいよ。嬢ちゃんも気を付けてな」
『夢』って奴は、呪いだ。
強く憧れちまえば憧れるだけ、ソレが叶わなかったときに自分自身を強く縛り付けちまう。
――少なくとも、俺自身は三十五歳になった今でも、『夢』って奴に縛られてる。
幼い頃に夢見た冒険者――『英雄』になりたいって夢が、今もなお俺を縛り付けていた。
きっと、諦めることはできない。
諦めてしまえば、『夢』を失った俺は本当に俺なのか?
『夢』を諦めて、代わりの何かで胸の穴を埋めて――それで本当に俺は幸せを感じるのか?
『お前は、夢――――叶えろよ』
そんな言葉を遺して死んだ親友が、『夢』を諦めた俺にガッカリするんじゃないか。
諦めて、折れて、逃げてしまえば———俺達の実力が及ばない程の
恐怖と、不安と――――罪悪感が、俺に『夢』を諦めさせなかった。
※ ※ ※
カイ王国 東の雑木林。
大陸の端に栄える大きめの王国。海に面した土地と、近くの『オルス山脈』の地下に埋まる七大禁域――『オルスフェンの魔剣』が要因で、漁業と冒険者業が盛んな王国だ。
そんな王国から東には、低級の魔物——ゴブリンやオークがよく住処を作る雑木林が存在していた。
「おっし、あと二匹!!」
俺こと、冒険者・アルティは、『毎日』と形容していい程高頻度で、この森に発生する魔物討伐――ゴブリン退治の依頼を受けて、安い報酬を貰いながらその日暮らしを続けていた。
『ギャアッ! ギャァッ!!』
残り二匹となったゴブリンの内、一匹が仲間を殺されたことに怒ったのか、小さい体を大きく跳躍させて、粗末な鉈を俺に振り下ろしてくる。
「……!!」
俺は、その鉈を左手の
いや、正確に言うならば、鉈の力が流れる方向を少しだけ
「ふッ――!」
そして、次の瞬間には
『ギッ――—』
たったそれだけでゴブリンの持っていた鉈はあらぬ方向に弾き飛ばされ――茂みの中へ消えていく。
――――ここだ!!
俺は今の一連の動作――
すると、『ギィィ!?』なんて不細工な声と共に、ゴブリンの頭部剣が突き刺さり、一撃でゴブリンを絶命させる。
『ギィッ、ギィ…………!』
いくら魔物と言えど、『死』に対する恐怖はあるのだろう。
仲間があっさり死んだことに、身体を仰け反らせるゴブリンは刹那――俺の目の前から逃亡を始めた。
「逃がすか……!」
一応、ゴブリンと言えども、冒険者以外の人間が襲われれば大変危険なので、手を抜いて逃がすわけには行かない。
俺は剣に突き刺さったゴブリンの死体を、逃げるゴブリンに向けて剣を振り回して――――投擲。
『ギィィッ!?』
その結果は――――見事命中。
頭を地面にぶつけて盛大に転んだゴブリン。俺はそんなゴブリンの様子を気にすることなく突貫。
『ギャッ―!?』
死体と折り重なるゴブリンの心臓を的確に刺し貫いた。
「おーし…………終わりっ!」
『ギルド』へ提出する用の『ゴブリンの角』十匹分を革袋に詰めた俺は、その袋を肩に担ぐ。
「――――――ん?」
ふと、
「…………」
が、当然のように誰も居ない。
広がるのは、木々に阻まれ、陽光の差し込みづらい雑木林だけだ。
「……まぁいいかぁ」
この雑木林の奥には、俺の敵わない中級の魔物が出るものの、今俺のいる入り口付近にはゴブリンみたいな弱い魔物しか出ない。
故に、勝手知ったる場所で、呑気な声色で語尾を上げて俺は歩き出す。
今日は十匹仕留められた。
ギルドの依頼では、『倒した数により報酬増減』とあった為、いつもより報酬は見込める筈だ。――嫌でも気分が上がるというものだ。
「さてさて、今日はどうするか……多めに飯食うか? それとも一杯多く飲むか?」
夜の楽しみに目を向けながら、暗い道を、出口に向かって歩く。
すると――
「んっ……?」
ドンッ……と、何かにぶつかる俺。
いや、おそらく木にぶつかった訳ではないだろう。――――なんだか人肌っぽい硬さだ。
――だが、それにしてはやけに背が高い。一九〇センチ近い俺よりも高い『人肌』って…………
―――ん~~~…………?
俺はぶつかったものを見上げて…………目を疑った。
『ブルルルゥ…………』
『オーク』の鼻息が俺の前髪を揺らした。
『グゥゥゥッ!!』
「ホァァァァァっ!?」
巨大すぎる大剣が振り下ろされ、変な叫び声とともに頑張って後退すると、尻もちをついた代わりに、何とかその切っ先を回避する。
「あわわわっ……!?」
ちなみに、オークの切っ先は股を開いた俺の、股間の数ミリ先に着弾しており、今の一瞬が色んな意味で危険だったことを悟る。
『グオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォッ!!』
「いぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
先ほどのゴブリンよりも尚速いスピードで、さらに苦手な『身体強化』の魔法まで使って、俺は遮二無二に逃げ帰った。
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