放火魔の逆襲? -2-

 

 否応なしに燃えている。

 そう形容するしかないほど、見事に目の前の建物は炎に包まれていた。

 恐らく、かろうじて捉えられる形状からはなんの変哲もない家屋だったことが伺えるが、ここの住民ではないので定かではない。

 やはりというべきか何なのか、消火活動に当たっている魔導師たちの放つ消火魔法はあまり意味を成していないように思った。

 近くで子供たちが泣いている声がする。

 その方向に目をやれば、二人の姉妹なんだろう小さな子を抱きしめる父母らしき年配の男女がいた。

「──────おかしいっすね」

「………おかしいって、何が? 流石に一日にこんな短期間で二回も火事が起こるのはおかしいが。」

「………放火魔がいるんだから一日に何軒燃えようが変な話じゃないっすけど。あんた、さては分かって言ってるっすね」

「…………………さぁな。」

「目がマジっすよ。子供が更に泣きかねません」

「そうか? これでも冷静だぜ」

「……………マージでとんでもないのに依頼かけようとしちゃってるかもっすねー。これ………」

 ………冷静なのは本当だ。

 自分が取り乱したくらいで被害が消えるのなら、この場で転げ回って喚き散らして恥を晒しまくるくらいは別にいい。

 オレはこの街にとってはなんの関係もない人間であるわけだし。

「被害者は出てないのか?」

「…………、今の所は。……虫の知らせならぬ、精霊の知らせってやつですよ。今回は子供たちが不思議な夢を見たとかで、親御さんを引っ張って外に連れ出してたそうで、家の持ち主の一家はあの通り無事っす」

 リョウは先程の親子を手で示す。

「それはいつまで有効なんだ?」

「『精霊が囁くのをやめるまで』……って言い方をするっす」

「はっきりしないってことか」

「そうなりますね。ボクらは精霊ではないので」

「そうだな。………………」

「………イーハイさんの言いたいことはなーんとなく分かるっすよ。いくら同じ街で同じような火事があると噂が立つほどと言っても、短期間にこんなそれほど大きくない街でもう一度……ってのはなかなか無いっす」

「君のことがバレている可能性は?」

「『同業者』って不便っすよね。別部署のことなので詳しくは知らないっす」

「そうか。大体は把握したよ」

「答え合わせは?」

「後で。とりあえず、これを何とかするぞ」

「はいはい………って、何言ってるっすか?」

「いや、だからこれをなんとかしようって」

「いやいやいやいや、いくらあんたが『水獅子』って異名持ってるレベルの精霊使いでも大概大惨事になるっすよ!?」

「水で圧殺消火出来ないかなって」

「聞いたことない文法の消火法を思いつきで試そうとしないでくださいよっ!? 人工水害も甚だしいレベルの水を召喚させる気っすか!? ほぼ二次災害っすよっ!」

「じゃー、どーするんだよー。」

「うわぁ、緊張感のない。………時にイーハイさん、風の精霊との契約はしてるっすよね」

「? ああ。でも……『風』は『炎』を助長するし、意味がないだろ?」

「普通はそうっす。でも、やりようがあるっすから一旦任せてもらいたいのと、お二人にお任せしたいことがあるっす。」

「………分かった。何をすればいいんだ?」

「風の精霊……シルフィードにあの家を覆うくらいのドームを作って欲しいっす、外の空気を遮断するような」

「………ははぁ、なるほど」

「イーハイさんの実力と、そのシルフィードの力なら簡単ではないっすか?」

「─────《シルフィード》!」

 言うが早いか、シルフィードの名を呼ぶ。

 少しもしないうちに、柔らかな風が吹いてオレの目の前に一人の少女の姿が浮かび上がった。

『─────呼んだ? イーハイ』

「ああ。シルフィード、風であの家を覆うドームを作れるか?」

『………イーハイ、魔力、足りる?』

「何とかする」

『分かった』

 ふわり、という形容が似合う軽やかさで、シルフィードはオレたちの頭上あたりまで浮かぶと、小さな片手を燃え盛る家に向かって翳す。

 その手が緑色の光に包まれると同時、家の周りを風が回り始めて覆い尽くしていく。

 周囲の人間に説明してなかったから、当然何事かと騒然となるが、その声すら風の音に邪魔されて内容までは聞き取れない。

 少しもしないうちに渦巻く緑の風は家を覆い尽くすと、緑色の光のドームを形成した。

『イーハイ、出来たよ』

「サンキュー、シルフィード」

「………えーと、頼んでおいて言うのもアレなんですけど、………あんた魔力すっからかんになってますよ……。よく立ってられるっすね……」

「え、そうなのか? ………あー、そういえばちょっと怠いかも」

「………ちょっと………??」

『イーハイ、いつもこう。………ヘン。』

「精霊にまで言われるんかい……。なんというか、物語にありそうな……俺サイキョー、って感じのやつっすね……この人……。」

「リョウ、次はどうするんだ?」

「あ……はい。ありがとうございます、二人共。……ここからはボクの方でやるっす! ……行くっすよ! ─────『汝、最大の功利なり。我は代理人、そして観測者なり。その名において、応えよ』!」

『………聞いたこと、ない呪文』

 小さく、シルフィードがそう言ったのが聞こえたのと同時に、リョウの右手の平───恐らく、『精霊術師の徴』があるのだろう───が輝く。

「来るっす! ─────《マキシマ》!」

 リョウの『呼び掛け』に応えるように、その身体の後ろに光り輝く穴が形成され───みるみる大きくなっていく。

 もはやそのへんの建物と大差ないほどの大きさとなった穴の向こうから、巨大な影が見え始める。

「………ロボット………か?」

『ロボット、じゃない。……人工精霊。たぶん』

「じ、人工精霊!?」

 人工精霊と言えば………『人の思い』から生じる精霊であって、やすやすと召喚できるような存在ではないはずなんだが……?

 ……人の心の中で、少なくとも十年はその存在を繰り返し信じ込まなくてはならず、かつ、同時に修行じみたやり方で『その存在が召喚者の意志とは違う意思を持って動き出す』までやって、初めて召喚が可能になる……みたいな意味不明な発生をする精霊だったはずだ。

 木偶人形のような体躯を持つ巨大なそれは、リョウの隣に鎮座すると命令を待つかのようにその首だけをリョウの方に少しだけ擡げる。

「─────マキシマ! あのドームの中の空気、二酸化炭素の量を『最大』にするっす! しー、おー、つー! っす!」

「………なるほどっ!?」

 マキシマ、というらしい精霊は顔面と思われる側面についたレンズにドームを映すと、全身に光を帯び始める。

 ドームの中がその光と同じ色に染まった瞬間、一瞬にして家を燃やしつくそうとしていた火がフッ、と消え去った。

『………うまくいった? ドーム、消す。』

「はい。ありがとうございますっす、シルフィードさん」

「お疲れ様、えーと、三人とも? でいいのかな」

 オレは《マキシマ》という精霊の方を向くと、マキシマはこっちを(たぶん)見て、手で頭をかくような仕草をした。

 ………えーと、どんな感情でいらっしゃる……?

「マキシマが照れてるっす」

「照れてるんだ……」

 マキシマをじっと見ると、こくこくと首を縦に振っている。

 ………ちょっと、かわいーかも。

「………とまぁ、こんな感じっすね。アルコールランプと規模が違いすぎるから、うまくいくかわかんなかったっすけど……意外とモノって単純っすね」

「………今思ったけど、消火魔法を最大化しても良かったんじゃないのか?」

「あー………。術者がもやし通り越して干物になるっすねー……」

「へー……そっちを食うんだ」

「消火魔法自体が術者の魔力によって作られてるからっすねー。だから大きくしようとしたら必然的に明日からミイラより酷いナニカになれるっす」

「遠慮したい転身だな」

「ボクも特段見たくはないっす。………それより、イーハイさん」

「何だ?」

「…………あんた、断るなら今のうちですよ」

 急に、リョウは低い声になった。

 ─────この現場にきた時に、リョウは「おかしい」と口にしていた。

 その言葉の意味を明確に感じ取ったわけじゃないが、少なくとも言いかけたことはなんとなく察しがついていた。

「断るったってなぁ。………これ、もう巻き込まれてんでしょ、オレ。」

「………そうっすね」

 言わば、この放火については宣戦布告のようなものでもあり、俺たちを炙り出すためのものでもあったのだろう、と推測が出来た。

 一体どこから、誰が、俺たち───正確にはリョウを嗅ぎ回っていたのか知らないが、少なくともあのレストランで話していたのは監視されていたんだろう。

 リョウが『精霊協会』の人間であり、放火犯を追っていたのは完全に承知の上ということで、リョウが『同業者』という言い方をしたのは、要は『精霊協会』が動いていることがそもそも筒抜けであることと同義だと言っているようなもので。

 ようは、リョウと話をしてしまった時点で、とっくにその協会同士のいざこざに巻き込まれていると言えてしまえるわけだ。

「コレ、断らせる気あった?」

「たぶん、無いんじゃないっすかねぇ。既にボクがあんたを探し始めたときには他の部署の人らは事情知り〜って感じでしたし」

「………だろうねぇ」

「…………、ごめんなさい」

「いいや、謝ることなんかないよ。リョウ」

「…………………………………へ?」

「報酬、危険手当とかも上乗せするよな?」

「……………! 努力するっす!」

「じゃ、決まり。………とりあえず、街から離れるか。君にはもう少し聞きたいこともあるしね」

「移動賛成っす。一応、探知魔法も使っておくっす。」

「ん。それならこっちも《ノーム》を呼んでおくか」

 オレたちはそれぞれ準備を軽く済ませて、焼跡で作業を始めた人たちを横目にその場から退散することにした。







「それで、聞きたいことって何っすか?」

「ん?」

「さっき言ってたじゃないっすか、移動する前っすよ」

「ああ、その事ね」

 オレたちはあの後、周りにものがない場所に移動しようということで、街を囲む森から出ようとその出口を目指していた。

 念の為に変な回り道とかはしないで、普通に来るときに使った街道を使ってはいる。

 一応、誰が通るかわからない道ということで、放火犯に遭遇することはよっぽどのことがないとないだろう……というか、向こうもそれくらいの警戒はするだろうとは思っているが、確証がないのもあって自信はない。

 いっそ空に逃げるという手も考えたが───オレだけだったら最悪、身につけているマントなんぞを使って空を飛んだりはできるし、一人だったらとっととそうしているが、リョウにはその手段がないってことで断念した。

 この世界に飛行の魔法自体は存在するし、それは彼女にも使えなくはないらしいのだが、結果的に魔力を消耗するし、その状態だと別の魔法を使うこともできないしで、良いことがないというのもあったけど。

 まぁ、ともかく。歩きながらオレは口を開く。

「聞きたいことってのは単純な話だよ。放火犯の顔とか名前は知ってるんだろ? それが知りたいってだけ………だったんだけど」

「………何すか?」

 オレは一瞬だけ、目線だけを前方から逸らす。

 事前に呼んでおいた土の精霊ノームから送られてきた生命反応があった。

 数は二つ。

 それくらいなら、そもそも街道だしと気にしない。

 だけど、ノームの送ってくる生命反応は遠くなりもしなければ近くなりもしない。

 オレたちもその反応も速度を落としてもいないので、もしかしたら普通に後ろを歩いているだけの別の移動者の可能性もあるが………そうじゃない、と言えることが一つあった。

 ………片方の反応だけ、街道からそれなりにズレている。

「…………………」

「………なんていうか、これまで捕まってないのが不思議になるくらい露骨っすよねー………。」

「そんなにオレの魂が魅力ってか?」

「いや、知らねーっす。でも先に言っとくと詠唱もなしに名前の呼びかけで精霊が応えるような規格外は稀っすよ」

「それ、仲間にも言われた」

「他人事すぎません??」

「そう?」

「はぁ……こういう人が大物になるってのは案外ホントかもしれないっす」

「オレ、結構バカだから細かいこと考えるの苦手なんだよ」

「それを自分で言ってちゃーお終いじゃーないっすかねぇー……」

「そうかなぁ。自覚が無いよりマシだろ?」

「なんのポジティブシンキングっすか。それは……。」

「そんなことより、ちょっと伏せたほうがいいと思うよ」

「ぉうみゅぁ!? ちょっ、イーハイさ───!?」

 瞬間、パンッ! って感じの音が森の中に響き渡った。

 リョウの抗議の声も言い終わらないうちに聞こえたのは、───発砲音!

「ちょっ、こういう場合は押さえつけられる方が微妙に怖いっすよ!!」

「ごめんごめん、なんかあの、クセで」

「何のクセっすか、何の!?」

「まぁ、クセは嘘なんだけど」

「なんでそんなつく意味のない嘘ついたんすか、より意味不明で逆に怖いっすよ!」

「──────それより、いい加減下手な追いかけっこはやめにしない? ちょっとオレも面倒くさくなってきてさ」

 リョウが俺が彼女の頭においている手をどかそうとするのをやめた。

 ………端から見ると座り込んで頭を抑えられているような結構間抜けな格好だが、それでも彼女の纏う空気が張り詰めたのがわかる。

 彼女の実力こそ今のところオレにも分からないが、……なんというか、説明はし難いけど、派遣されてくるだけの何かがあるんだろう、と思う。

 ………で、声をかけて待ってみたわけだけど。

 待てど暮らせど(暮らしてないけど)、何かが動く気配はない。

 だけど、確実に、いる。

「───こうなりゃお互い、小細工は無用っす」

「『叡智齎す揺らめく焔 我が声に応えよ 汝、その身を姿掻き抱く腕と為せ』! 炎弦陣フレスフォーション!!」

 リョウが魔法を発動する!

 彼女の紡いだ魔法は少し先の木の上に赤い円陣を描くと、そのまま輝きだして激しい爆発を巻き起こした。

 その瞬間───黒い影が違う木へと飛び移るのが見えて──────、

「───わっ!?」

 パァン! という発砲音が聞こえるより数秒前に、足元の地面を何かが貫いた。

「あー、もう!」

 オレは腰の剣を抜き放ちつつ、集中する。

「ちょっ、イーハイさん何してるっすか! ちょっとぼーっとしたり今度はぼっ立ちしたり、さっきから撃ち抜かれたいっすか!?」

「………『生命齎す過ぎ征く水 我が声に応えよ』──────『汝、その身を揺り籠の』……」

「ぇあっ!!? ちょ、何すかコレ! 大気中の元素が目に見え……アカンアカンアカン!! ちょっと!」

「ぐぇ!」

 唐突に首が絞まって変な声が出ちゃった。

 オレのマントをリョウが後ろから引っぱったのか、と思う間もなく、オレの身体は数秒程のけぞらせさせられたままにされた後、体を回転させられて今度は胸ぐらを掴まれた。

「えっとぉ……、器用だねー。君」

「何の褒め言葉っすか! いやそうじゃない! 今度は何しようとしたっすかアンタは!?」

「いやー、ちょっとあの、水魔法を」

「どこの世界に街道で元素見えるレベルの大魔法ぶっ放す人がいるっすか!? 犯罪捕まえる側が捕まる側になるっすよ!!」

「それ言ったら三十路近い男がこんなこっ恥ずかしい文言並べてるだけで割と犯罪っぽいだろーが! それに比べたら街道吹っ飛ぶくらい擦り傷みたいなもんだって!!」

「何言ってんすか、呪文は老若男女共通っすよ!? こっ恥ずかしいもクソッタレもないっすわ!! そんなアホみたいな理由で捕まるわけ無いでしょ!? どんな理論で正当性主張しようとしてんすか!?」

「オレの尊厳だよっ!!」

「尊厳の尊守で街道ふっ飛ばしてたまるかぁぁっ!! せめてもーちょっと、ランクを下げたまじっくをぷりーずっ!!」

「………なんて? ごめん、最後聞き取れなかった」

「知りませんっ! 同僚の地球人がそんな言葉を使ってたっす!!」

「なるほどー」

 その時、がさり、という音がした。


(続く)

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