氷の一撃

飯田太朗

事件編

 三月も三日ほど過ぎたこの日。日本海側を大雪雲が覆った。孫のかおりが自殺したのもちょうどこんな日だった。

 雪の降る音まで聞こえる夜中。私は窓の外を眺めて思った。

 ――できろ……できろ。できろ! 

 その願いが叶ってか。

 翌朝、雪かきのために外に出ると、立派なつららが、屋根から垂れていた。



 香が死んだのはいじめが理由だった。

 それは凄惨だった。学校側は本件について徹底的に調査。結果、一人の女子学生の名前が挙がってきた。

 石川いしかわ沙織子さおりこ。奇妙な名前だ。「沙織」に「子」までついている。余計なものがくっついている。

 名は体を表す。きっと、余計な人格に違いない。

 動機は些細な行き違いによるものだった、と学校側は発表していた。だが私は知っている。何故なら、私の家の軒下は……亡き妻、みどりが経営していた駄菓子屋の軒下は、彼女たち南ヶ丘高校の生徒たちの、憩いの場だったからである。

「香まじ草」

 スマホをヒラヒラさせながら話していたのを私は目撃している。

「上履きにジャム詰めたら『うえっ』とか言ってんの」

 あはは、と取り巻きの女子どもが笑う。

「ほんで沙織子は何で香いじめたのさ」

 そう、取り巻きの一人が訊ねる。小娘は答えた。

「さぁ、何となく? 面白そうじゃん?」

 私は人の残酷な笑顔を初めて見た。



 私は猟師だった。

 猟師にも色々いる。罠を使って獲物を捕まえる者……またこれにもいくつかパターンがあって、罠で捕まえた獲物を生け捕りにして解体所で解体する者、檻などで捕まえた獲物を電気ショックの槍で気絶させてから解体する者、様々だ。ハンティング用の弓を使う者もいれば、私のように猟銃を使う者もいる。

 そう、私はマタギだった。山と共に暮らし、山から恵みを受ける。畑を荒らす猪を仕留めたり、時に熊狩りに出たり。その隙間に鹿や鳥などを仕留めてその肉を業者に卸したりして生計を立てていた。無論、生活はなかなか厳しくて、妻のみどりは駄菓子屋を始めることを思い付き、それである程度の収入を得ながら私を助けてくれていた。

 不思議なもので子宝には恵まれた。私には四人子供がいた。娘が二人息子が二人。悲しいことにその内の三人……理恵りえ一心いっしん孝明たかあきは未婚で、子供がいなかった。代わりに長女の牧恵まきえは二人の子供を作り、その長女が香だった。

 香の下には障害児の弟、みくりがいた。生まれつきの脳の障害で、体は立派に育つのだが知能面の発達が遅く、言葉に難儀していた。香はそんな芧の世話を甲斐甲斐しく焼いていた。だが少なからず疲労がたまっていたのだろう。そこに来て、あのいじめだ。きっと心が壊れてしまったに違いない。

 葬式で、牧恵は狂ったように泣いていた。我が身を捧げて助かるなら喜んで死ぬであろう、そんな泣き方だった。日頃から命のやりとりをしている私でさえ、香の死は苦しかった。幸いなことが一つだけあったとしたら、それは私の妻、そして香の祖母に当たるみどりが数日前に老衰で息を引き取っていたことだった。

 みどりの駄菓子屋はもう畳むことにした。だが箱だけは……我が家と店舗を兼ねた建物だけは残すより他なかったので、南ヶ丘高校生の社交場は残されたままだった。そうして失意の底に沈む私の耳に、あの小娘の言葉が入ってきたというわけだ。一応、牧恵から聞いた範囲では問題の生徒、石川沙織子は心から反省しているとのことで、牧恵も許すつもりでいたようだが、私は許せなかった。

 私が聞いた石川沙織子の発言を、残そう。

 ――まじ死ぬとか草。軟弱すぎるだろ。

 ――迷惑だよね。謝らないといけないし。

 ――つかあいつが悪くね? あいつが私をムカつかせたんだから。

 私の身を憎しみの炎が包んだことは、想像に難くないと思う。



 さて、私は石川沙織子の殺害を決意した。この決定に至るまで私は特に良心の呵責を覚えなかった。元より命をたくさんいただいてきている。あの脚の細い小娘を殺すのは、きっと小柄な猪を仕留めるのより楽だろう。

 だが問題はあった。凶器だ。銃は使えない。何故なら我々猟師が使う銃というのは公安に記録があるもので、旋条痕せんじょうこん(いわゆるライフリングである。銃の筒の内部に彫られた螺旋状の溝で、射出される弾の軌道を安定させる仕組みである。そしてこれは指紋のように、一つとして同じものができない)の記録まで録られている。もし石川沙織子の死体から、私の銃の旋条痕がある弾丸が見つかればそれはほぼ自白になってしまうだろう。いや、私の銃を誰かが使って殺害したという言い訳はできるが、その場合は私が銃の管理責任を問われてしまう。銃は使えない。

 しかし私には遠隔的に殺害をするより他なかった。小娘の声はよく通る。接近して、乱暴をすれば多少なりとも叫ぶだろう。それを防ぐ方法を、私は知らない。

 やるなら遠隔的にだ。これはもう決まっていた。

 銃は使えない。これはさっきも話した通り。ではパチンコは? 水鳥などを仕留める時に使ったりする。Y字型の装置の二股に別れた先にゴムなどをつけ、弾を射出する。可能な気がした。だが問題は殺傷力だった。

 パチンコだとどんなに大きくても小指の先ほどの弾しか撃てない。果たしてこれが人一人の命を奪うに足りるかが分からなかった。威力の問題だ。水鳥程度の小さな頭ならぶち抜くことは可能だが、スイカ大の大きさの、肉と骨の混合物を撃ち抜けるかは疑問が残る。もっと高威力のものが欲しい。そう思って考え込んでいた時だった。

 ここは雪国だ。当然雪が降る。屋根の上に積もった雪を下ろす作業なんて毎日だし、雪かきも……毎朝の日課になっている。私は雪の塊をザクザク削りながらパチンコのことを考えていた。その時、バリンと音がして何かが落ちた。音の方に目をやる。氷のかけらが散乱していた。つららが、落ちたのだ。

 本来なら、こういう屋根から垂れた氷は早い内に落とす。危険だからだ。だがこの日は……孫娘を失った心労に頭の芯が蝕まれていたこの日は、そんな当たり前の行動すら忘れさせていた。いや、歳もあったのかもしれない。とにかく、私はとても危険な状況で雪かきをしていた。だが、そのことが私にある考えをもたらした。

 ――これは使えないだろうか。



 南ヶ丘高校の生徒がどういう理由で我が家の軒先でおしゃべりをするのかは分からない。

 だがこの日もあの小娘は来ていた。石川沙織子。私は数週間にわたり彼女の行動を観察することで、ある傾向を見抜いていた。

 観察は大事だ。猪を狩る時も、いや、鹿だろうが熊だろうが、狩りをする時に観察というのは大事だ。草や枝の折れた跡。足跡。それから糞。そうしたものからその場所を通った生き物の行動を推理する。この能力が活きた。私は石川沙織子を観察した。

 きっと、待ち合わせに使っているのだろう。

 石川沙織子は朝七時半に私の家の軒下にやってきて、それからきっかり五分ほど待つ。五分後に、少し遅れて一人の女子生徒が石川沙織子の元へやってくる。どうも待ち合わせに使っているらしい。何故石川沙織子の方が早くやってくるのか、それについては分からなかったが私にとっては好都合だった。私は日曜日のある日、屋根から垂れていたつららを一つ折って、それから石川沙織子が立ち尽くす軒下の辺りに置いた。

 きっかり五分後。私はつららの様子を見に行った。そして、気づく。

 ――溶けている。

 理由は明白だった。石川沙織子が立っていた場所。それはこの家に給湯をするための、ボイラー室の壁の後ろだった。この辺りだけ、ボイラーの温度が外に漏れる関係で暖かいのだ。きっと石川沙織子は、外で友達を待つ時間を暖かいこの場所で過ごすことに決めていたに違いない。これが好都合だった。

 確か、いつだったか、みどりの親戚が遊びに来た時。

 彼は推理小説をよく読む男だった。酒宴。話の流れで、最近読んだ面白い推理小説は何だったか、という話題になった。彼は答えた。

「氷の塊で殴打した後に、それをプールに捨てるんだ。氷が水で溶けて凶器が消える。血の跡も水で流れる」

 氷の凶器。

 つららは、うってつけだった。



 石川沙織子は音楽を聴いている。

 待ち合わせの時はいつもそうだ。耳にイヤホンを突っ込んでいる。最近流行りのワイヤレスイヤホンというやつだ。これも好都合だった。耳は気配を察する器官だ。私が背後に立っても、石川沙織子は気づかないに違いない。

 雪が降る日だった。私は家の裏口から外に出ると、寒い中傘をさして立ち尽くす石川沙織子の、後方に立った。

 距離は大体二十五メートルほど。遠隔殺人の「遠隔」の定義に当てはめるのに最低限の距離だった。実際猟をする時はこれよりもっと引き付けてから撃つことが多かった。だから、私にしては少し遠く感じるくらいの距離だった。

 この日のために、私は香の、そしてみどりの葬式の時に使ったネクタイを箪笥から取り出していた。

 ネクタイで輪を作る。ネクタイの端と端。つまりは輪の端っこをしっかりと握る。手にはつららが一本。立派で鋭いものだ。私はネクタイの輪を、そのつららの尻の部分に引っ掛けた。

 そのまま、つららを投げ槍の要領で掲げる。

 投槍器とうそうき、というものを知っているだろうか。

 アトラトルともいう。銃や弓を持たぬ原始人が、マンモスなんかを狩る時に使ったとされる武器だ。槍の尻に突起や紐の輪を引っ掛けて、あとは投槍と同じ要領で思いっきり振ることで、普通に投げるのよりも遠くまで投げることができる。投げ槍をサポートする道具のことだ。

 私はネクタイを使って簡易的なそれを作った。そうして、凶器につららを選んだ。

 つららの、槍。

 これをミサイルみたいに飛ばして、あの小娘の後頭部に刺せたら。

 精度には自信があった。その昔、弾切れになった銃の代わりに投石で鳥を仕留めたことがある。あの要領でやればいい。簡単だと思った。それに、事前に何度か練習もした。つららの槍を、庭にあったタイヤに向かって逃げつける。タイヤの硬度ではつららの槍は砕けてしまったが、これについては私は対策を知っていた。凍らせる水を純度の高いものにすればいい。

 夜。私は沸かしたお湯を屋根から垂らした。沸騰する過程で水は不純物が少なくなる。後は、形成されたつららに定期的に水をかける。この方法を、私は酒飲み用の氷を作るために知った。酒をロックで飲む時に使うような、溶けにくい氷を作るには、純度の高い水と定期的な冷却があればいい。こうして私は鋭くて硬い氷の槍を作った。

 果たして、実行の時。

 深く息を吸った。冷たい空気が肺を犯して、私は少しせき込みそうになった。だが、気を取り直す。ぬかるんだ地面の上に立った石川沙織子は、私の存在に気づいていない。

 槍を、掲げる。

 それから一息に、私はそれを思いっきりぶん投げた。

 鋭く空気を割いていったそれは真っ直ぐに石川沙織子の後頭部に突撃した。そうして見事に刺さったそれは、飛び散った血に染まって赤くなった。「ぐっ」と小娘が声を上げた。そのまま娘は前方に吹き飛んだ。

 頭部を背後から一撃されたのだ。体も前に飛ぶ。

 私は目視で氷の槍を確認した。石川沙織子の頭に刺さったそれは、何だかとても間抜けに見えた。私の実験では、あの槍は五分程度で溶ける。多少前後するかもしれないが、それなら念入りに風呂を焚いて入ればいい。ボイラー室が温まれば、必然外の空気も温まって氷の凶器は素早く溶けてくれるだろう。そう、だから、石川沙織子の友達が来る頃には、きっと……。

 私は家に戻った。

 体についた雪を払う。それから、風呂を沸かして入った。普段は朝に風呂に入る習慣はなかったのだが、この日は特別だった。私は殺人の穢れを落とす意味で念入りに体を洗った。そうして温まった体で、秘蔵のウィスキィを取り出し一杯やった。

 復讐の味は、とても美味だった。



 来客があったのは午後一時のことだった。

 雪はすっかり止んでいた。除雪車の音が道路から聞こえてくる。

 もっとも、この来客自体は特別難しいものではないと私は思っていた。何せ家の軒先で殺人が起こったのだ。警察がその家の持ち主に話を聴きに来るのは、ある種当たり前のことだった。

 すると案の定、玄関の向こうに立っていたのは若い警察官が一人と、薄っぺらいコートに身を包んだ男が一人だった。私は挨拶をした。

「どうも」

 すると警官が発した。

「こんにちは。突然すみません。実は今朝方、すぐそこで人が死んでいるのが見つかりまして」

 この警官の話しぶりを見て私は思った。随分ズバズバと、単刀直入に物を言う警察だな。

「何かお話を聴けたら、と思いやってきました」

「お、お話も何も……」

 私は嘘をつく。

「よく知りませんがね」

「すぐそこで、死んでいたんでさぁ」

 と、若い警官の後ろにいた男性が声を上げた。何だか春先に着ていくようなコートで、見ているこっちが寒くなりそうな代物だった。ザクザク、と男が足音をさせてこちらに歩いてくる。が、少してからその足音は聞こえなくなった。きっと柔らかい地面から固い地面に場所が移ったのだろう。霜柱ができている場所から踏み固められた土へ移っていったのだ。

「あの血痕、見えますでしょう?」

 と、男が数歩後ろに下がってから右手側を指さす。その先には、やはり、赤黒い跡。

「や、どうもすいやせん。血痕なんて見せるもんじゃありませんね」

「いえ」

 私は素直に応じた。

「マタギをやってるもんでね。血の跡には慣れっこで」

 すると男はびっくりしたような顔をした。

「マタギを? そいつぁすごい。じゃあ鹿とか……熊とか」

「ええ」

 私は頭を掻きながら応じた。すると男が破願した。

「鹿とか、熊とか、食べるんですかい」

 私は何だか呆れた。

「まぁ、食べますがね」

 食べはするが卸す方が多い。とは、説明する義理はない気がした。

 しかし男はまたザクザク足音を立てて一歩前に出ると、若手の警官を差し置き挨拶をしてくる。

「あたくし守田もりたまもるって言います……警視庁の人間なんですが、この度東京からこっちまで犯罪捜査の研修講師としてやってきてまして」

「はぁ」

 私は掲げられた警察手帳を見る。守田守。何だか回文みたいな名前だ。

「本来は警官たちに犯罪捜査の基礎を教えりゃいいんですが、生憎この雪でしょう。人手が足りませんでね。こうして殺人が起きちまったら、駆り出されちゃって」

「それはそれは……」

 すると男性は笑った。

「まぁ、実地訓練みたいなもんでさぁね。こちらの警官、山森君は成績が優秀でして。いっちょ彼に捜査のいろはを」

 と、若手の警官が敬礼をしてくる。

「よろしければ、捜査にご協力を願えればと思います」

「一つよろしく頼みますよ」

 薄手のコートがへらっと笑う。

「現場があそこでしょう? するとこの辺りに民家はここ一軒。つまり犯行現場に最も近い場所にいたのがこの家の人間ってことになるんです。何でもいい。何か気になることがないか、お話を聴きたくてですね」

「はぁ」

 何だか調子の狂う奴だな。

 しかし私は、一旦素直に応じる。

「ま、まぁ、とりあえず中へ」

「ありがとうごぜぇます」

 この時私はふと、二人の足下を見た。

 足跡。それは雪が被っていない、軒下の外側の地面についている。私が推察した通り、二人の警官は霜柱がある軒下の外のエリアから土が踏み固められた軒下の真下のエリアへと入ってきたようだった。軒下の外側のエリアに霜柱ができることなんてこれまでなかったから、私は意外に思った。

 ――今日は思ったよりも暖かいのかもな。

 そんなことを思う。雪が溶けて濡れた地面が冷気で冷やされれば、霜柱ができる。きっとぬるい空気が雪を一瞬溶かしたのだろう。

「失礼しやす」

 かくして、警官が二人、我が家へ入った。



 薄手のコートの男には驚かされっぱなしだった。

 奴は部屋に入るとコートを脱いだ。まぁ、そこまでは当たり前だろう。実際隣にいた若い警官でさえもそうしたのだから。しかしコートの男の奇妙なところはその下にあった。

「あ、アロハシャツ……?」

 そう、男はコートの下に半袖のアロハシャツを着ていたのである。

「いやぁ、寒いかと思ったんですがね。けれど意外にもこっちの人たちって家の中じゃがんがんに暖房をたくでしょう? 思ったより暑いんじゃねぇかなぁ、って思ったんです」

 ま、まぁ、そうした側面は確かにあるかもしれないが……。

 実際私も、半袖のシャツを着ていたし。

 にしても雪国で南国全開の服を着るのも変なもんだ。

 と、アロハシャツの男……守田守はいきなり告げる。

「お葬式でも?」

 彼が人差し指で示すその先にあったもの。それは石油ストーブの近く、タオル掛けに引っ掛けておいたあのネクタイだった。犯行に使ったネクタイ。少女の命を奪ったネクタイ。

「あ、ああ……」

 私は笑いながら答えた。

「いや、定期的に箪笥の中のものを洗っていまして。こいつだけ妙に乾かないもんで……」

「ああ、そうでごぜぇましたか」

 守田刑事はニコニコしていた。

「そらぁ、なかなか行き届いてるもんですな」

 我が家は、玄関から入ってすぐのところは土間になっている。みどりがやっていた駄菓子屋の名残である。土間が店舗になっているのだ。

 と、守田守が部屋の片隅にあった雪かき用のシャベルを見る。

「今朝は雪かきをしなかったんですかい」

「ああ、それはね……」

 私は用意していた言い訳を答える。

「ちょっとこの頃腰が痛くてね。やろうにもやれなくて」

「それはそれは、大変でごぜぇますね」

「この雪じゃ病院にも行けやしない」

「そりゃあ、なかなか難儀なことでごぜぇますな」

 さっきから思っていたのだが、この刑事落語家か、座頭市みたいな話し方をする。

 私は少し眉を顰めていると、しかし刑事は「へへ」と笑ってから告げた。

「こう冷たいといけませんね。何か腹に入れたいもんなんですが……」

 なんて刑事が言ったものだから、私は誤魔化しついでに部屋の隅を見た。おあつらえ向きに、大量に中身が詰まったミカン箱があった。

「あ、それじゃこちらでも」

 そう、段ボール箱を担いで二人の警察さんの前に置く。

「へへ。こりゃ立派なミカンだ」

 警察官二人がミカンを手に取ってペりぺりと皮をむく。

「ん。味も美味い」

 それから私は意味もなく男たちがミカンを食べる様を見ていた。すると沈黙を気まずく思ったのか、守田刑事が口を開いた。

「ああ、そうだ。事件の話でごぜぇましたね」

 と、守田刑事は姿勢を正すとこう告げてきた。

「なんせこの事件はですね。凶器の特定に困っとりまして」

「凶器の特定」

 私は丁寧に繰り返した。

「後頭部に鋭利な何かが突き刺さったことは間違いねぇんですが、生憎その『何か』が分からなくてですねぇ……いや、最初は銃弾か何かかと思うくらい深く刺さっていたんですが、肝心の弾丸が見当たらなくてね。とりあえず銃の線は外して考えよう、ってことにはなったんですが、それでもまぁ一応。今朝方、何か発砲音みたいなものは聞こえやせんでしたか」

「いいえ」

 私は応じる。

「これでもマタギですからね。銃の音は分かります」

「でしょうな」

 守田刑事はうんうんと頷く。

「まぁ、聞かなかったとは思います」

 この時、私はまだ知らない。

 守田刑事が既に、私に的を絞っていたことを。

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