第23話 3日目の朝

 「めちゃくちゃ美味いパフェ」と豪語するだけあって、パフェだけで機嫌が元に戻ってしまったのだが、せっかく神の弱みに浴する権利を得たので肉も温泉も堪能し、今は風呂上がりの牛乳を飲んでいた。ちなみに特濃牛乳である。

「夜番殿! 卓球やろうぜ!」

 ヴェリタスもめいいっぱい贖って心機一転、もはや普通に遊んでいる。

「ふふふ。こう見えて、私はスポーツ全般が駄目です。完璧な敗北を喫して見せますよ」

「カーッ! 意外とノリがいい!」

 一切の描写が不要な敗北を喫すると、時刻は21時を過ぎていた。ソファに体重を預けると、脳がシャットダウンしようとしているのがよくわかる。満腹、温泉、運動後の睡魔は下手な睡眠薬より遥かに強力だ。デュノアは「眠ってはいけない」と己を戒める余裕さえなく意識を手放した。


 目が覚めて最初に見たのは知らない天井だった。デュノアは寝ぼけた頭で昨日の出来事を反芻する。エンタメにされ、夜と道楽を貪り、気絶するように眠った。意識が鮮明になるにしたがって、己の暴挙や不躾な振る舞いが羞恥心として精神に根を張りそうになった。だが「身命を捧げる」などと、大見得を切ってしまったのだ。恥ずかしいことほど堂々とやるへぎだ。余計な感情を払拭すると、デュノアは改めて部屋を観察した。

 部屋は4畳半ほどで中央にベッドが置かれているだけ。窓もなく、家具もない。右を向くと唯一の出入口と思われるドアがあった。ベッドから降り、靴を履いて外に出ようとすると、ノックの音が響く。

「オーレ・ルゲイエの夜だ。貴方を迎えに来た」

「え!?」

 デュノアは慌てて尻ポケットをまさぐった。時計代わりのスマートフォンは充電が12パーセントと心もとないが問題なく起動する。表示された時刻は12:44。大寝坊である。

「す、すみません! すぐに!」

 服を着替えたり、寝ぐせを直したりしたかったが、ベッド以外何もない部屋だ。ひとまずは出るしかない。昨日から着たまま寝ていたらしいシャツのボタンを閉め、慌てて外に飛び出す。

「別に就業時間が決まっているわけでもない。それに昨日はヴェリタスが粗相を働いたと聞いた。ゆっくり準備してきて構わない」

 改めて正面に立つと、オーレ・ルゲイエの夜は本当に大柄である。ウェルギリウスやアズールが子供の姿をしているのはこの聖地に置ける「成人」と目線を合わせる目的もあるはずだ。デュノアでさえ威圧感を感じる風貌はやや異質だが、「オーレ・ルゲイエの夜」のイメージにはぴったりだ。

 温かい雨が降り始めれば、それはオーレ・ルゲイエの夜の始まりを意味する。しかし、人類に認識できるのはそこまでだ。オーレ・ルゲイエの夜の別名は「最も未知の夜」。雨と共に人々は意識を失い、次に目覚めるとベッドの上。既に夜は終わっている。その間に何があったのかは誰も知らないという、なかなか不気味な夜だ。怪談やオカルティックな噂話に事欠かない夢想の夜でもある。

 巨体とポーカーフェイス、そして「弟」を名乗る別人格。この得体のしれなさこそオーレ・ルゲイエの夜だ。

 彼に促されて廊下を進むと、シャワールームに到着した。遠慮して押し問答になりそうな雰囲気があったため、烏の行水を済ませ、用意してあった新品の服一式に袖を通した。実家のコピーが作れるのだから洋服のコピーなど朝飯前だろう。

「貴方は気遣い屋なんだな。本当にゆっくりしてくれてよかったんだが」

「昼に起きるなんて失態を冒してしまいましたので、その埋め合わせをしたくて……」

 これは正真正銘の本心だった。デュノアは朝が得意でアラームが鳴ればすぐ目覚めるし、二度寝もほとんどしない。寝坊などもっての外だ。慣れない環境で肉体が疲弊しているのかもしれないが、それでも昼になるまで寝ているなど、自分で自分に失望してしまう。この状況でゆったりと人を待たせるなど、自分には許せなかった。

「まぁそれも人情というものか。では行こう」

 ナイトスケープの地理に疎いデュノアはオーレ・ルゲイエの夜の後をついていくしかない。相変わらず大学を思わせる廊下を右折し左折し、ここで一人にされたらもう戻れないな、とすっかり現在地を見失ったところで「着いたぞ」と声がかかった。

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