第20話 無我境界への潜入①
ヴェリタスの夜は別名「最も長い夜」。文字通り長く、72時間続く。夏と冬の年2回、合計144時間と決まっている珍しい夜でもある。その間は安息日となり、自愛したり家族とゆっくり過ごしたりするのが通例だ。
ヴェリタスとデュノアの二人は操舵室を出て、別室に向かっていた。休息を取るウェルギリウスに代わってヴェリタスが監督し「無我境界への潜入調査」を試してみよう、と二人して連れ立って歩いているのだ。先行するヴェリタスが突然「良かったぜ、さっきの見得」と頭だけ振り返って言った。
「ウェルギリウスも無駄に強がりやがってよ。ほんと見物だった。ちょっと胸がスッとしたぜ。ありがとな、夜番殿」
「い、いえ、それほどでも。……ウェルギリウスのあれはやっぱり強がりだったんですか? まだ出会ったばかりですが、本気で言っているようには思えなくて」
ヴェリタスは顎に手を当てて考えこむようにうなった。
「うーん、あれはなぁ……。自分が決して善い奴じゃないって自覚が強すぎるっつーか。だから露悪というか偽悪というか、悪ぶって強がる癖があんだよ。しょーもねぇ奴だろ」
口調こそうんざりしていたが、ヴェリタスの表情は言うほど不快そうではなかった。むしろ「だからこそ自分が支えてやらねば」という使命感を感じさせる。
「着いたぜ」
ヴェリタスはそう言いながら、ドアを開けて先に入れと言うように促した。夜神にドアを支えさせるなんて何たる失態、夜番失格では?と思ったが、ここでそれを表明しても仕方がない。素直に厚意に甘えて速足で入室する。
何故かやけに暗い部屋だった。最低限の光源はあるため足元には困らないが、書類を読んだりするのには苦労しそうだ。
「じゃじゃーん。これがお前を無我境界にいざなう装置、「仮想胸像投影機」インヴァース・コネクターだ!」
部屋のほぼ中央に卵型の白い筐体が設置されていた。全高は2メートル程度、底の方から大小様々な管が伸びていて見た目はタコやクラゲのようだ。ヴェリタスが筐体に据え付けられたタッチパネルに触れると、静かな駆動音と共に、ドアがスライドする。デュノアはしかつめらしい表情を浮かべたままヴェリタスに向かって頷くと、筐体に足を踏み入れた。
筐体内部には床に固定された椅子があるばかりだった。やはり薄暗く、狭さも相まって牢屋に押し込まれたような圧迫感がある。
椅子に腰をおろすと、突如視界が光に満たされて思わず、目をつぶった。目の奥のじんとした痛みをやりすごし、おそるおそる目を開くと、筐体の状況は一変していた。
「わ…!?」
デュノアが驚いたのは筐体の内壁がフルスクリーンになっていたからだ。今は筐体の外の光景が映し出されているようで、まるでガラスの卵の中に生まれた雛のような気分である。
「無我境界とは何か」
ヴェリタスは急に改まった口調で話し始めた。先ほどまでのヘラヘラした表情は成りをひそめ、生真面目な教師のように「授業」を続ける。
「簡単に言えばクオリア・インターネットのゴミ捨て場だな。誰にも思い出されなくなって死んだ情報が天網の底に沈殿して出来たのが『無我境界』、その最下層をゼロベースって呼んでる。ゼロベースに到達し、情報を収集するってのがオメーに課せられた使命だ。オーケー?」
ここまでは前日に聞いていたのと大差ない。黙ってコクコクと頷く。
「ややこしい話はなしにして結論だけ言うと、オメーがやるのはダンジョン最下層まで行くとボスとサシで話せるゲームだ」
「あの、出来ればもう少し具体的に……」
おずおずとデュノアが申し出るとヴェリタスはきょとんとした顔で「そうか?」と首をかしげた。
「じゃあ最初から説明してやる。
本来、クオリア・インターネットはウェズリーを媒介することによって精神感応でアクセスすることが出来るものだ。無形の非電子ネットワークであり、機械的なアプローチではアクセスできない。が、それを可能にしちまったのがインヴァースシステムだ。現実と仮想世界をミラーリングし、同時に胸像を造り出すことで、「アクセスした」という記録をクオリア・インターネットに植え付ける。まぁビデオ通話みたいなもんだ。会ってはないが、実質会ったようなもんだ、ってことでゴリ押しする。
次に有形化だが、クオリア・インターネットを塔のような階層的なものとしてとらえて……」
「すみません! 全然わかりません!」
究極的に敷衍した結論も、詳細な過程もわかりにくい。ヴェリタスの説明能力の問題というよりは、ウェルギリウスが言っていたように「やった方が早い」タイプの話なのだろう。
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