風邪家事大惨事
風邪家事大惨事
宮部がこの家に引っ越して来て、およそ一か月が経った。この一か月間はバタバタしていて、ろくに他の住人とコミュニケーションをとることができなかった。とは言え、顔を合わせれば挨拶をするし、一緒に食卓を囲むことも日常の一場面になりつつあった。
「宮部さん、大家さん見てませんか?」
ある日の昼過ぎ、服部がリビングでネタだしをしていた宮部にそう話しかけた。
「大家さん? 見てないですね」
「朝から姿を見せてないんですよね。朝食も各々作ったみたいだし……」
「大家さんの部屋とかはないんですか?」
「離れが大家さんの部屋ってことになってるけど、基本的にはみんな行かないんだよね」
「そうなんですか?」
「そう。大家さんがあんまり来ないでほしいって言ってたから」
そうとは言いつつも、二人とも不安なので庭先にある離れ屋へと足を向けた。
「二人も?」
離れ屋の入口には、コートを着込んだ柊が居た。
「あれ、柊さん。なんでここに?」
「大家さん待ってた」
「出て来ました?」
「もう二時間」
柊はピースして見せた。まさか、この寒い中で二時間も立ちっぱなしだったのだろうか。
「ノックは?」
「した。けど出ない」
「ますます心配ですね……」
そう言いながら服部は丸いドアノブへ手をかける。鍵はかかっていない。ギィ、と軽い音がしてドアが開いた。
「大家さーん?」
宮部がドアから覗き込みながら声をかけた。すると正面のふすまが開いた。そこには顔のサイズよりずっと大きいマスクをつけた大家が居た。
「あ、大家さん」
柊は大家の姿を見てちょっと笑ったが、大家はとたとたと歩いて来ると、勢いよくドアを閉めてしまった。それからすぐに再びドアを開け、一枚の紙を落としてまた引きこもってしまった。
『かぜをひきました』
紙には手書きの文字でそう書かれていた。三人は紙から顔を上げ、見合わせると、えー、と声を上げた。宮部はドアを何度もノックして大声を上げる。
「ちょっと大家さん、大丈夫ですか? 何か持って来ますか? 熱さましシートとか、おかゆとか、スポドリとか」
しかしいくら呼びかけても、大家が再び出て来る気配はない。
「大家さんはほっといてタイプだから」
柊がそう言いつつ宮部の肩を叩き、ノックを辞めさせた。服部は紙を握ったまま、眉を寄せている。
「大家さんも心配だけど……家事もしなくちゃ……」
「家事は大家さんの役目だったから」
服部の言葉に、柊も応える。宮部は小首を傾げた。
「家事くらい自分たちでできるんじゃないですか?」
数時間後、宮部はこの言葉を後悔することになった。
結論から言えば、家事に使う道具全てが無秩序に配置されており、大家本人しか把握していなかった。
カレー一つ作るにも、冷蔵庫の野菜室にはジャガイモやタマネギはなく、鍋を見つけたと思えばお玉の行方がわからない。カレールーの居場所なんてもってのほか。
「これ、買って来た方が早くないですか?」
宮部は早々に弱音を吐いた。柊も服部も、この状態にはお手上げだ。
「ただいまー」
そんな中、古根と茶兎仔が帰宅した。家事を諦めた三人は、二人に希望の光を見出そうとしたものの、今帰った二人すらも全ての物の場所を把握しているはずがなく、家中使ったかくれんぼをさせられているような状況。
「もう! デリバリーしましょう!」
悪戦苦闘の果てにそう言ったのは茶兎仔だった。他の四人もそれに賛成し、結局その日はピザパーティーとなった。こうして五人で食卓を囲むのも、もう何度目だろうか。けれどその日は、いつにも増して会話が多い夜となった。
翌朝、大家は何事もなかったように朝食の準備を始めていた。
「大家さん、もう風邪はいいんすか?」
朝一番に起きた古根は、微笑みながら料理する大家に問いかけた。
「あれ、仮病ですから」
「……は?」
その事実は嵐のように古民家を駆け巡った。
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