アトリエ・シェアハウス
藤喜
集められた芸術家たち
小説家の宮部幌高(みやべほだか)は、豪邸とでも呼ぶべき古民家の前で立ち尽くしていた。年が明けて早々のこと。マフラーに顔を埋めながら、まさかこんなに大きなお屋敷に一人で住むのだろうか、という不安を噛みしめながら。
数か月前に出版社を通じて届いた手紙には、こんなことが書かれていた。
『拝啓 時下益々ご清栄のこと、お慶び申し上げます。
この度、貴君の著書を拝読し、たいへん感銘を受けました。
つきましては、あなたのご支援を致したく、こうしてお手紙したためております。
私の持っている屋敷を無償でお貸ししたいのですが、いかがでしょうか。
その他にも、必要な支援があれば、遠慮なくおっしゃってください。
住所は後記いたします。いつでも、ご都合の良いときにいらしてください。』
なんかの冷やかしですかねー、と担当編集は言っていた。手紙の差出人は知らない人物からだったが、支援を受けられるなら一度顔を出しておくのも良いか、と思ったために宮部は記された住所へ向かった。
そこにあったのが、この豪邸である。てっきり、無償で貸してくれるのだから、オンボロ小屋でも有難いと思っていたが、こんなに立派とは。
しかし、ここでひるんでいても仕方ない。宮部は思い切ってインターフォンを押した。
「宮部さんですか」
「は、はい。ご招待いただきました、小説家の宮部幌高です」
玄関から出て来たのは、身長一五〇センチに満たない小柄な女性だった。目が大きく、童顔でおかっぱ頭をしている。
「お待ちしておりました。手紙の差出人で、この家の持ち主です。大家と呼んでください」
「大家さん、ですか」
「ここに来てくださったということは、ここに住むことに決めてくださったんですか?」
「まだ確定という訳ではないんですが……」
「ともかく、上がってください。丁度、みんな集まってたところなんです」
「みんな……?」
大家は宮部に背を向けて家の中へと入って行く。玄関正面には壁があり、左右に廊下が伸びている。その向かって左側へ、大家は歩いて行った。
「こっちがリビングとダイニングキッチンです。向こうと二階が個室ですね」
「あの、ここには他の方も住んでいるんですか?」
「はい。手紙には書いていませんでしたね。ここはシェアハウスというやつになります」
シェアハウス、と口の中で繰り返す。話にはよく聞くが、実在するのは初めて見た、というか聞いた。
「みなさん、新しい住人になる予定の人です」
リビングであろう部屋にいたのは、合計で四人。みんな思い思いの服装で、思い思いのことをしている。
「宮部さん、自己紹介を」
「小説を書いています、宮部幌高です。今日は見学をと思い、来ました」
八つの目が一斉に宮部の方を向く。好奇の目だ、と宮部は思った。その内の一人、ヨガマットを敷いてストレッチをしていた女性が声を発した。彼女は髪をお団子に結って、ヘアバンドを付けている。うっすらとだが、化粧もしているようだ。
「私、服部麗成(はっとりれな)。舞台女優をしてます」
「え、服部麗成って、子役の……」
「元、子役ね。昔はテレビにも出てたけど、今は舞台一本でやってるの。ここの住人。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
服部は次はあなた、とでも言うようにトーストされていない上に何も塗っていない食パンをもさもさと頬張る女性に視線をやった。彼女はざっくばらんに切ったようなベリーショートの髪をしており、よれよれのジャージを着ている。
「柊椿(ひいらぎつばき)。一応、画家やってます。よろしく」
その隣に座って雑誌を開いていた女性が、こちらに一瞥もくれず言った。彼女は水色のパーカーにジーンズを合わせ、金髪をポニーテールに結い上げている。
「古根御(ふるねおん)、漫画家。よろしく」
そのまた隣で、退屈そうにスマホをいじっている若めの女性が顔を上げた。彼女は真っ黒な髪を背中の中ほどまで伸ばし、モコモコとしたピンクと白のボーダー柄のパジャマを着ている。
「茶兎仔(ちゃとこ)って呼んで。シンガーソングライターしてるの。よろしくね」
「以上、四人と私がここの住人です。あなたが来るなら、六人目」
大家はそう言って宮部を見やった。宮部は特に不満も不安も感じなかった。むしろこの面子なら、なんだかんだとやっていけそうな、そんな根拠のない自信のようなものを感じていた。
「どう? もっと案内が必要なら案内するし、しゃべりたければしゃべって行ってくださいな」
そう言った大家に、宮部は笑顔を向けた。
「私、ここに住みます」
「それは嬉しい。これから、ぜひよろしくね」
こうして、田舎の大きな屋敷に五人芸術家と一人の大家がシェアハウスを始めることになったのでした。
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