第4話 治霊院 1

「どこだここ」


 救急車で運ばれた蓮司は目を覚まして、体を起こす。

 病室のようなところだとわかり、どうして自分がここにいるのかわからない。着ているものは入院着で、シャツとズボンはここにはない。それらは洗濯されていて、乾いたら戻ってくる。

 今は夜らしく、カーテンの隙間から見える空は暗い。

 ここは個室で、ほかの誰かに事情を聞くこともできない。

 ここに来る前の記憶を探り、学校で幽霊に襲われたこと、同年代の青年とイタチを見たことを思い出した。


「体が痛くない」


 怪我をしていたはずの体を探ってどこも痛みがないことに不思議がっていると、ベッドそばのキャビネットにメモが置かれているのに気付く。

 起きたら呼び出しボタンを押してくれと書かれていた。

 枕の近くに呼び出しボタンがあり、それを押す。


「婆ちゃん心配しているだろうな。しかもオカルト事件だし、倒れるようなことにならないといいけど」


 遊ぶ約束とバイトを放置したことも思い出して、丸岡と店長に心の中で詫びる。

 三分ほどで扉が開く。

 五十歳くらいのショートカットの女と十五歳くらいの長髪の女が入ってくる。ナース服ではなく、スーツを着ている。上腕当たりに大鍋が描かれたワッペンがついていた。


「おはよう。どこか痛いところはないかしら、笠山蓮司君」

「俺の名前」


 五十歳の女に名前を呼ばれ、なぜ知っているのかと首を傾げた。


「連絡先とかを知りたいから鞄の中身を確かめさせてもらったわ」

「ああ、それで。ええと俺の記憶が確かなら学校で倒れたんですけど、その後ここに運ばれたという流れなんでしょうか」

「それであっている。幽霊に襲われたと聞いているけど、間違いはない?」

「はい。骸骨の見た目の幽霊に襲われました。あれはあそこにいた人が倒したんですかね」

「ええ、倒したと聞いているわ」


 体に異常がないか診察したいと再度提案されて蓮司は頷く。


「私は樫木智、瑠璃あなたも自己紹介を」

「はい。私は千条(ちすじ)瑠璃。笠山さんの治療を担当します」

「君が?」


 若さに不安を感じたと思ったのか、智が大丈夫だと告げる。


「私から見て、笠山君の怪我は瑠璃の技量で十分癒せるものよ。安心してほしい」

「師匠のフォローも期待できますから、安心して診察を受けてください」

「わかった」


 瑠璃が蓮司に近寄る。


「服をめくって胸を見せてください」


 指示に従って、シャツをめくる。

 そこは幽霊に腕を突っ込まれたところだが、見た目に変化はなにもない。

 しかし瑠璃たち霊能力者であり医療者の目には、異常が見てとれる。

 例えるなら白い魂の一部が黒く変色している状態だ。真っ黒ではなく薄れている状態であり、宗太と瑠璃の治療のおかげだ。

 

「塗り薬を使います。じっとしていてください」


 ポケットからチューブを取り出して、薄緑の薬を手のひらに出す。

 その薬に霊力を込めて、蓮司の胸に塗る。

 同年外の異性に胸を触れられるのは、少しばかり照れるものがあった。瑠璃の方は慣れているためまったく照れた様子はない。

 塗り終わると瑠璃は個室にある蛇口で手を洗って、蓮司のそばに戻る。


「治療は今後二日塗り薬を一日二回塗るという形で行われます」

「この治療はどういったものなんだ」

「魂に入った傷を癒すために行っています。外傷はすでに治療済みです。痛いところとかはないはずですが」

「ないけど、少し動いて確かめてもいいかな」


 どうぞと許可をもらった蓮司はベッド上で屈伸したり、体を捻ったりして痛みがまったくないことを確認した。

 座り直して、どこも痛くないと瑠璃に伝える。

 瑠璃はよかったと安堵の溜息を吐く。


「一日じゃ治らない怪我だと思ったんだけど、どんな治療をしたのか聞いてもいいのかな」

「大丈夫ですよ。今回私があなたに行ったのは時間の巻き戻しによる治療です」

「そんなこと可能なのか?」


 一般人の感覚からすれば不可能だろうと思えることだった。

 智が可能だと答えて続ける。


「ただし霊能力者だと誰でもできるわけではないの。希少な能力ですから。今後もあなたは私たちの世話になるでしょう。治療が簡単にできるからといって、無茶はしないようにね」

「今後も? その機会はそうそう訪れないと思うんですけど」


 オカルト対策課所属になると知らない蓮司は、こんな治療はもう二度と受けられないと思っている。

 それを智はすぐに察した。蓮司のようなケースは珍しいことではないのだ。


「あなたは霊力に目覚めた。それは自覚しているかしら」

「はい、なにか火の粉のようなものが体からでていたりしました」

「あなたのように霊力に目覚める人は少ない。それにともなってオカルト事件に対処できる人も少ない。そのため霊力を得た人はオカルト対策課に入るという国の決まりがあるのですよ。高校も退学手続きが進められているはずです」

「え、本人の意思に関係なく?」


 予想外の話に目を丸くする。


「はい。勝手だと思われるかもしれませんが、そうでもしないと各地で起きるオカルト事件に対応できなくて」


 国の勝手な判断にむっとした蓮司だが、あることを思い出してそれもありだと思い直した。


「一応俺はそれに従うことに否はないんですけど、祖母が反対しそうで」

「反対する理由を聞いてもいいかしら」

「俺も今回の騒動のおかげで思い出せたんですが、家族が以前オカルト事件に遭遇したんです。そのせいで母と父は死亡、弟は悪魔に誘拐ということになってしまいまして、それを祖父母は知らされたんでしょう。二人ともオカルトそのものを嫌うようになったんです」

「たしかに家族を失ったのなら嫌って当然ね」


 人外から被害を受けてオカルトを嫌うようになるという話は何度も聞いたことがあり、智にとっては納得できることだった。

 瑠璃は同情心を抱いたようで、その感情の籠った視線が蓮司に向けられる。

 若干居心地の悪さを蓮司は感じつつ、希望を口に出す。


「俺としては霊能力者になりたいです」

「どうしてと聞いても?」

「弟を探したい。そして取り戻したいっ」


 蓮司の家族はもう祖母だけと思っていた。父方の祖父母はどこにいるのかまったくわからない。

 そんなときに弟が生きているかもしれないという希望を得た。

 蓮司自身が弟に会いたいし、祖母にも会わせてあげたいのだ。そして父母の墓に取り戻したという報告もしたい。

 

「生きていると考えているのかしら」

「わかりません。でもなにかしらの目的があってさらったと思う。確証はないんですけど、気紛れじゃなくて必要としたからさらったと思うんです」


 自分と弟を掴んだときの悪魔は両者を見比べて弟を選んだ。

 蓮司はそのとき悪魔に気紛れではなく真剣なものを感じたと思えた。必要だから自分たちを比べて弟を連れ去ったのなら、必要とされた弟はまだ生きているかもしれない。


「希望を砕くつもりはないけど言っておくわ。すでに命を落としている可能性は十分にある。悪魔に利用されて無事でいた人は少ない」


 申し訳なさそうに智が言う。


「はい、それは俺もそう思います。でもわずかにでも可能性があるなら諦めたくはない」


 その願いが叶うかどうか智にはわからない。だが助言くらいはしようと思う。


「その目的を果たしたいのなら三級霊能力者を目指すべきね。できるなら二級が確実だけど、何年もかかるでしょうし」

「どういうことなんでしょう」

「霊能力者というのは基本的に地元から離れられないの。でも二級は日本各地に支援という形で自主的に出向くことができる。三級も地元に拘束されるけど、条件さえ合えば出向くことはできる。弟さんがこの県にいるならそういったことは関係ないけど、どこにいるかわからないから捜索範囲も自然と広がる」


 だから他県に行ける三級以上を目指す必要があると蓮司が口に出すと、智はその通りだと肯定する。


「詳しいことはこれから世話になるオカルト対策課支部で教わりなさい」

「はい」

「あとお婆様の説得も支部の人たちに協力してもらうといいわ。霊能力者というのは貴重な存在だから無茶はさせない。それをしっかりと説明してもらって、あなたの希望を述べて、お婆様に納得してもらうといいわ」

「そうします。難しそうですけどね」


 智は下がり、瑠璃が口を開く。


「治療に関しての話に戻ります」

「うん」

「二日かけるとすでに話しました。その間、ここで過ごしてもらいます」

「あ、話を遮って悪いんだけど、ここってどこ?」

「意識を失った状態で運ばれてきましたからわかりませんよね。ここは治霊院です」


 霊能力者による治療など治霊院以外では聞かない。あとは闇医者くらいだろう。智たちが治療方法を説明したときに気付くべきことだったが、今日の午後からいろいろとあって蓮司にはそこまで察することのできる余裕はなかった。


「そこってすっごく高い治療費が必要なところじゃ」


 ネットで一ヶ月の入院で自己負担額が約五百万円かかると見たことがあった。

 そんな金なんかないぞと蓮司の顔から血の気が引く。


「大丈夫です。霊能力者は格安になりますから。一般人に対して高額をとるのは、そうでもしないと患者が押し寄せるんです。一般のお医者さんで十分な治療の人も集まると、私たちのキャパシティーを超えてしまいます。本格的な治療ができる霊能力者は数が少ないのです」

「付け加えると、霊能力者の治療よりも一般人の治療は難しいの。私たちの治療は患者の霊力も使うから、霊力が少ない一般人に対してはより細やかな医療行為が必要になるわ。そういった医療をたくさんやっているとすぐに疲れ果てる。だから患者を一定数に保つため、わざと敷居を高くしているというわけ」

「そういった事情があったんですね」


 蓮司も治霊院の悪い噂は聞いていた。守銭奴や偽善者や差別主義といったものだ。

 高額の治療費を取るから守銭奴であり、孤児院経営や各地の寺社仏閣への支援をしているから偽善者であり、貧乏人を相手せず金持ちをメインに助ける差別主義というものだ。

 金銭面だけでいえば、今の治療費の三分の一で問題なくやっていける。それでも通常の入院費よりは高いが、そこは医療用オカルト道具の購入と維持費があるからだ。

 必要以上にお金をもらっていて余るので、孤児院の経営をして人助けをして、各地のオカルト被害を抑えるため寺社仏閣への支援をしている。

 儲けたお金を貯めすぎないように、フォローが必要なところにばらまくという形になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る