会話

 薬術の魔女に見つかった際に、咄嗟とっさに『仕事として』とは答えたものの、実の所、魔術師の男は公的にそして仕事としてあの場所に戻っていたのではない。

 魔術師として、知ってしまった事実を変えるためにあの場所に戻った。ただ、それだけの話。


「(……あれ程までに、魔力を消費するなど予想外でしたが)」


 自宅で身支度をしながら、魔術師の男は先程までの魔獣の襲来について考える。

 恐らく、配属された魔術師と軍人達の強さは普段通りだったのだろうが、襲来したいざないの魔獣達の強さは普段通りでは無かったはずだと、魔術師の男は推察した。

 その理由は数名が『聞いていた話と違う』と戸惑っている様子を見せ、かなり苦戦を強いられていたからだ。


「(……今回は、わたくしが居たからあの程度で済んだ様子ですが……)」


 何度か色々な方向で防護の障壁が割れ、それの補修と撃ち漏らしの排除を行なった。それが無ければ危ない場面も、いくつかあったのだ。

 一度、宮廷の方へ報告書を提出した方が良いだろうか。そう過ぎる。


「(……来年は如何どうるのでしょうね)」


 襲来する魔獣の強さも気になるが、魔術師の男が来年もこの魔術アカデミーへ視察として居られる訳ではない。

 また、こうして自己判断で薬術の魔女(とその周囲)を守りに行くなど、しようと思えばできるものであるがその日にが入ってしまった場合はどうしようもできない。


「(……何か、対策でも考えなければ……)」


 紙と筆を取り出し、魔術式の図案を描く。


×


 誘いの魔獣達が山から降りると、められていた冷気も共に降り、冬が始まる。……と、言われている。

 暦の上ではまだ秋の部類であるものの、事実、風が冷たく強くなり、この日以降は目に見えて日が短く、夜が長くなる。所謂いわゆる晩秋、というものだ。


 虚霊祭が終わると民衆は大人しくなるものの、年越の儀式に向け今度は王都が騒々しい様相へと変わる。

 部屋の外に目を向ければ、普段通りに働く下男下女の姿と、慌ただしく城内を動き回り儀式の用意をする教会の者の姿が見えた。

 年越の儀式は『ここを狙ってくれ』と言わんばかりに王侯貴族と教会の高僧が集い、数多の民衆がその様子を見学しに更に集まる。

 また聞く話によると、年越しの時期は身分を問わず家族や友人達とで家に集い、仲睦なかむつまじくするのが一般的らしい。

 だが、軍人と魔術師達はそれの例外に当たる。

 身分関係無く民衆の動く催事には軍人と魔術師が、そして高貴な身分の者の側には騎士と宮廷魔術師がそれぞれ付く。

 稀に『家族と過ごしたいから』との理由でその日に休暇を取る者も居るが、その数は少ない。そして、休暇を取った者はいつのまにかその仕事を辞めている。


「(……『家族』、ですか)」


思い出しかけたそれに、酷く苦い味を感じ短く息を吐いた。


×


「おや、これはこれは……珍しい者に会えましたな」


 城内の廊下でかけられた、背後の声に内心で舌打ちを打つ。無論、表立って態度に出す訳にはいかない。

 声をかけた者は最近やけに城内への出入りの激しい男爵だった。爵位は高くないが、『宮廷魔術師』の身分であるために貴族を邪険にできる訳もなく、


「……態々わざわざお声掛け頂くとは……。私奴わたくしめに、何用ですか」


えて敵意の無い事を示すために、笑みを浮かべる。

 男爵には薬術の魔女と同じ年頃の娘がいるが、その娘はどこからか急に現れたかのように、突然湧いた話らしい。『病気がちで今まで人前に出られなかったのだ』と男爵は言っているが。


「いや、なに。と聞きまして。その真偽を伺いにね」


「然様ですか」


 魔術アカデミーでの話がこんな処にまで広まっているとは、と歪みそうになる顔を平常に保ちながら、あの転入生自称勇者やその親衛隊とやらのせいだろうと見当をつける。

 目の前の男爵は恐らく学芸祭での振舞いを指しているのだろうが


の様な者が居たのですね。私成らばので」

魔術師の男は『自身は大分手加減をした側なので全くの無関係である』と言外に伝える。手加減をしなかったのは、自身以外の視察の魔術師達だ。


「実に、興味深いお話です」


笑みを崩さず頷くが、本音はどうでも良いので全く興味は無い。


「ですが、私、行く所が有りますので」


「そうでしたか。引き留めて大変申し訳ない」


 一瞬、男爵は不愉快そうな顔をしたものの柔和な笑みを浮かべた。


「それでは」


軽く会釈をし、魔術師の男は離れる。

 すれ違い様に舌打ちが聞こえた。だが、心底どうでも良い。


 あの男が何のために魔術師の男に悪意をぶつけたのかと言えば、弱味を握るためだろう。

 どうやら、自身の娘をどこかの貴族の元へ嫁がせ自身の地位を上げたいらしい。なので、取り入りやすそうと判断した者に片っ端から声をかけている。

 他者の益のために自由にできないだろうその娘を憐れみながら、魔術師の男の脳裏に、自身と薬術の魔女も同様なのだろうか、と一瞬ぎった。

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