第32話

 ナーナの話は花梨に影響を与えるものだった。

 ――うちの知らないところで、そんなことがあったなんて。

「なんか、悪いな。重い空気にさせちゃって」

「いや、大丈夫。その……ナーナのこと知れてよかったよ、うん」

「それは同意見なんですが……、本当にそれからミヤには会っていないんですか?」

「まあな。別に会わなくていいと思ってるし。あたしの中では吹っ切れた」

 それでもナーナの顔は、心做こころなしか曇っていた。

「じゃあ、師匠とは? 今、会わなくて大丈夫なの?」

「………………大丈夫だ」

「思いっきり大丈夫じゃなさそうな解答ですが」

「怒られるけど、会いたくないし」

「そうなの?」

「会ってみればわかる。うん、わかると思う」

 心底嫌そうに、顔をしかめるナーナ。そのくらい、苦手なんだろう。そう、わかるほどに、顔をしかめていた。

「ま、とりあえず話は終わったんだし、飯食おうぜ」

「ねえ、大将」場を明るく盛り上げようとするナーナの言葉を花梨は無視して、大将の方へと身体を向ける。「今昼だけどさ、太陽的に。このあとどうするの?」

「どうする、と言われましても……。今、中央山に上ったところで、暗くなる前に安全な寝床にはつけません。入ってすぐは本当に危険ですから」

「なんで?」

「え、花梨知らねえのか? 中央山はもともと、仙人が居たっていう噂だ。だから、その仙人になる修行として、仕掛けが山ほどあるんだよ」

 落ちたら刺される落とし穴とかな、とナーナがつけたす。

「ええ、ですから今日はもう出かけません。明日の朝イチで上ります。今日は主に荷物の準備とかをしておいたほうがよいかと」

「なるほど? え、じゃあ荷物の分別とか? ってこと?」

「まあ、そうなりますね」

 と、大将が頷いたところで、部屋の扉が開いた。

 女将だった。

「荷物が必要なら、納戸へ案内しますよ。道具が山程ありますから」

「ラッキー。ありがと、おばちゃん」

「いいのよ、ナーナちゃんのためだもの」

 じゃ、さっそく行こう! と女将とナーナを先頭にして部屋を出て歩き始める。

 宿、と言ってもここは古民家だから、案外家は広くない。歩いて数分ほどで納戸に着いた。

「昔からある納戸ですけど、中身は新しいものばかりです。どうぞご自由にお使いください」

「あの、その前に昼食を……」

 言いづらそうに、花梨がいう。

「ああ、すみません。客人だというのに大層なものがなくてですね、おにぎりだけになってしまいますが」

「全然大丈夫ですよ。ありがとうございます」

 花梨が深く頭を下げると、女将は一礼をして台所らしきところへ行った。

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