第31話

 師匠。

 ナーナに太刀の技術や盗みの仕方を教えた人。

 ごく、と花梨はつばを飲む。

「師匠は……、うん、そうだな。弟子になんないかって誘ったんだ、そう言われた気がする。正直、うれしかった。あんな孤児院から逃げられるチャンスだぞ? 逃すわけにはいかない。だけど……」

「ミヤのことが気になったんですか」

 言いづらそうにするナーナの言葉を大将が引き継ぐ。

「まあ、そうだな。一緒に逃げよう、と言い合ったのも理由のひとつなんだけど……逃げ方が違ったんだ」

「逃げ方?」

「孤児院。子どもがいなくなったらすぐ気づく。だからバレないようにする必要があった。それで一番手っ取り早いのが、への入学だ」

 その八文字で、部屋の空気がさらに重くなる。

「キツイのは噂で知っている。けど、逃げ道はそれしかなかったんだ。だけどそこに、『盗み』って言う道が、あたしにはできた。当然、ミヤも誘おうと思った」

 過去形の文になっていることに、首をかしげる二人。何かがあったのだ、ナーナとミヤの間には。

「師匠に考えは明日いう、とだけ伝えて孤児院に帰った。……いなかったんだ、部屋に」ぎゅ、とナーナは手を強く握る。「もう、遅かったんだ。ミヤは、ミヤにはもう、招待状が配られていた――ッ」

 

 軍人学校に入る手段の一つ。基本的に、入るには試験があるけれど、それで入れるのはごくわずかの人間だけ。学力も必要となる。けれど、その『招待状』があれは、試験とか関係なしに入れる。運動能力が高いと国に認められた人だけが、もらえる招待状。

「今思えば、軍人学校に入ろうって誘ってきたのはミヤだった。孤児院で一番運動神経がよかったのもミヤだった。あたしが、頑張ればよかったんだ、だけどっ」

 ナーナの目から涙があふれる。

「もう、全部遅かったんだ……」

 花梨は涙を流し続けるナーナの隣に座って、肩をさする。

「その時ミヤは院長室にいて、院長に説得させられていた。快挙だもんな、孤児が軍人なんて。――その日の夜に、ミヤは消えた」

「『消えた』、ですか? 軍人学校に行ったのではなく?」

「ああ、消えた。荷物とか、最低限のものはなかったけど、どこを探しても見つからなかった。それから連絡はとれていない」

「軍人学校に入ったのなら、連絡はとれてなくてもふつうなのでは?」

「まあ、そうだな。みんなそう思ってる。もちろん、あたしもだ」

 ミヤが消えたと知って、あたしは師匠の弟子になることを決めたんだ、とナーナは言った。

 そして、二人を見る。

「どうだ? 満足?」

「満足っちゃあ満足なんだけど、内容が……」

 とナーナの質問に、花梨は言葉を濁すだけだった。

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