第8話

「そんなこと……」

 花梨がそう言うと、大将がこっちに向かってゆっくり歩いてくる。

「はぁ、時間切れだ」

 ナーナが花梨に向かっていう。ため息がやけに大きく、重く、花梨の心の中に落ちた。

「おいお嬢さんいい腕してんじゃん。戦いませんか」

「いいよ」

 ナーナのあっさりとした返事に驚けないほど、花梨は絶望していた。

「1対1でいいか? 他のやつに手を出したらその時点で負けだ」

「いいですね。では俺が勝ったらお前ら2人とも買い取る」

「あたしが勝ったらその人質を全員開放しろ」

 何勝手に決めちゃってるのよ――。

 花梨はぎゅ、と下唇を噛む。自分が不甲斐ないからだ。だからナーナはこの戦いに自分を入れさせないようにしている。

 ――キイン、と剣と太刀が交わる音がする

 国王は私だ。花梨はその言葉をずっと胸にしまっていた。でも、今は? うちは今、国王らしいことできてる?

 馬鹿だ。

 何が国王だ。国王らしいことは何一つできていないクセに。どういう理屈で意地はって国王と名のれるのか。

 国民が、幸せな日々を送れるような国にしたかった。でも、この有り様はなんだ? これが幸せと言えるのか?

 今、ナーナが戦っている戦いは、どちらかが傷つく、もしくは死ぬ戦いだ。勝ったとしても、それまでの道のりで得た傷はどうなる?

 その責任がうちに負えるのか?

「馬鹿馬鹿しい」

 花梨は言う。そう、もう全てが馬鹿馬鹿しいんだ。花梨は、太刀を握る。戦いたい衝動をグッとこらえて、太刀を握りしめる。そしてじっと2人の戦いを見た。

 今、うちに出来ることはこれだけだ。

 2人の刃が交わる。キイン、という甲高い音がこの場に響く。あと少し。あと少しで斬れるのに、と思うこともあれば、あと少しで斬られてた、ということもある。

 特に、ナーナの行動は綺麗だ。無駄な動作なんて1つもないし、瞳がきれいだった。何もかも、全てを捉えているような目。きれいな翡翠色の目をしていた。

 ――あんなきれいな目の色だったっけ。

 ナーナの動きは俊敏だから、、目がキラキラと光る。

「チッ!」

 その時、ナーナが大きな舌打ちをした。花梨は気づいていないが、この戦いは負けるな、ということをナーナはちゃんと感じ取っていた。

 右腕を斬ったのはいい。だが、まず圧倒的に力が違うことをナーナは受け止める剣の重さから感じてる。実際、ナーナの体力は落ちるばかりだった。

「ふっ」

 敵は笑っているというのに。

 自分の弱さを受け入れたくない。でも、受け入れなかったときに死ぬのは自分だ。

「なかなかにいいですね」

 大将の言葉にナーナはもっと腹を立てる。剣が、ナーナの右腕を軽く斬る。つー、と生暖かい液が右腕から手のひらへ伝ってくる。

 ナーナはたまに、花梨の存在を忘れる事がある。それはナーナが集中しているわけでも、花梨の存在が薄いわけでもない。

「っ、そういうことか……!」

 花梨は、気配を消している。自分がいることによってナーナの集中が切れることを恐れている。今、自分に出来ることをちゃんと見つけ出して、実行している。

 なら、あたしは?

「頼られているなら頼られているなりの行動をする」

 ふー、と息を吐いたナーナは太刀を握り直した。

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