第22話 決意
「
奴の情報が頭に入ってくる。
....魔力3000か。
やはり精鋭なだけはある。
....5大ステータスは
攻撃1000、防御800、魔法400、魔防200、速さ600
(勝てない相手ではないな)
だが、ビットナイトに気づかれないよう音を立てずに殺す必要がある。
丁度良い機会だ。
スキルで試したいことがあるため、こいつで検証しよう。
「
分身を一体、召喚。
オーガの元へと突撃させる。
「....誰だ!?」
オーガが分身に反応する。
「.....なんだ。ただのオークか」
分身が鉈をオーガに振り下ろす。
しかし、その攻撃は容易に防がれた。
「....身の程知らずが。その程度の魔力で勝てるわけなかろう」
よし。
作戦通り、奴の注意は完全に分身に注がれている。
その隙に、オーガの後ろへと静かに回り込む。
全魔力5600を”攻撃”に振る。
そして剣を抜き、奴の背後に急接近。
――腹を貫いた。
「ごふっ!!げは――」
振り返るオーガ。口から紫色の血を垂れ流している。
「き.....さ.....ま。卑怯.....だぞ」
「.....
俺はオーガを無視し、スキル検証を開始。
奴の隣に負債プロンプトが現れる。
だがオーガに入り込む漆黒色の魔力の流れがすぐ止まった。
貸し出す魔力は、相手のHPと比例するからだ。
つまり、既に瀕死のオーガには少量しか貸し出せない。
「...貸し出せた魔力は10か」
今回の目的は魔力を奪うことではない。
だから、少量でも問題はない。
突き刺した剣を引っこ抜く。
すると、オーガがふらふらし始めた。
すかさず俺は奴の首筋に剣を当てる。
「貴様の....目的は...一体なんだ」
「この森を生きて抜けることだ」
「....馬鹿..め。この森の...出口には....大軍で塞がっている。....生きて抜けることなど.....不可能だ」
再び、ガサゴソと音が鳴る。
ルーナが真っ青な顔で近づいてきた。
奴の発言を聞いて、居ても立っても居られなくなったのだろう。
「.....貴様は....ルーナ。....なるほど、....手を..組んだわけか。...だからこの遺跡...付近に」
オーガは、血を吐きながらも憎しみの籠った顔で彼女を睨む。
「貴様のせいだ。貴様のせいで俺たちの部下は....全員死ぬ」
「....どういうことだ?」
「森に派遣された魔王軍は、いわばルーナと接触する可能性のある者達。もしこの女が機密を話せば、無理やり共犯者を作ることも出来てしまう」
....確かに機密が、末端にまで渡るのはかなりのリスクだ。
もし共犯者になった兵士が逃亡した場合、機密が魔王軍の外部に漏れる可能性が飛躍的に高まる。
「だから魔王様は、この森に来た下っ端を捨て駒として処分する計画を立てた」
最後の力を振り絞るように、声を張り上げる。
「ルーナ。全ては貴様のせいだ。貴様が逃げ出さずに自死していれば、部下たちは死なず――」
言い切る前に、オーガの腹を完全に貫き穴を空ける。
すると、相手の負債プロンプトが消えた。
....どうやら、殺すと魔力の利子は奪えなくなるようだ。
「...............」
後ろを振り返ると、ルーナの顔は沈んでいた。
「....あれはただの八つ当たりでしかないんだ。あいつの言葉を真に受けるなよ」
「.........うん」
彼女は、今にも消え入りそうな声で返事をするのだった。
▽
オーガの遭遇から、俺は新たな対策を考えた。
まず、全ての分身を召喚。
2つの命令をする。
一つは、索敵だ。
俺とルーナが円の中心になるようにオークを配置。
分身と自分の距離は2km離れているため、敵との遭遇を交わすことができる。
見つけた際は分身自身が再度、俺の場所に召喚移動することで情報が伝達される仕組みだ。
そして2つ目は、経験値稼ぎ。
遭遇したのが魔王軍ではなく魔物だった場合、狩るよう命じた。
分身が稼ぐ魔力は全部自分に捧げられるためだ。
これにより、自動的に俺に不労魔力が入ってくる。
「――――」
歩くことさらに数時間。
今の位置は、遺跡にかなり近い場所。
ただ、日は完全に暮れ辺りは真っ暗になった。
「今日はここまでにするか」
「うん、そうだね」
寝どころの準備に取り掛かる。
すると、ふと気になることができた。
「なぁ、遺跡にこれまで侵入者っていたのか?」
「.....うん、いたよ。でも、その遺跡から帰ってきた人達はいないけど」
「.......やっぱり遺跡の中には何か仕掛けがあるのか」
「うぅーん。仕掛けというよりは、魔物がたくさん潜んでいる感じだよ」
......魔物。
勝手な憶測だが、こんな場所にやってくる者達は腕もそれなりのものだろう。
だから侵入者が皆、魔物にやられたというのは違和感がある。
「.....ルーナ、遺跡について詳しく教えてくれないか?」
「.......分かった」
彼女の姿勢が正される。
「えっと....。まず、肝心の禁書は遺跡の最下層に保管されていて.....。侵入者になるべく取られないように、守りも工夫されているんだ」
「そうか。魔物達の配置も、守りの役割を担っているという訳だな。最下層への行く手を阻むための」
「.....うん。ただ、問題はその数。遺跡の中は四階層あるんだけど、一階層につき、魔物が400体敷き詰められているの」
「.......400体」
遺跡にほとんど逃げ場などなさそうだ。
「.....しかも一体の魔物の魔力は最低でも1000以上」
「....最低でもってことは、さらに上がいるってことか?」
ルーナが顔を縦に振り、肯定を示す。
「.....全階層合わせて、魔力5000の魔物が数百体いるかな」
魔力5000。
俺の現在の魔力量と同等の者達。
そんな奴らが数百体も........。
なるほど......。侵入者が生きて帰れない訳だ。
「でもそれも、魔王側にとっては時間稼ぎに過ぎない」
「.......えっ?まだ、何かあんのか?」
「実は遺跡に入った瞬間、魔王の元に連絡が入る仕掛けになってて.....。四天王が遺跡へと派遣されるの」
「ってことは.....。侵入者が生きて出るには、数千体の魔物と四天王を相手にする訳か」
「..........うん」
俺は少し魔王を侮っていた。
まさか、遺跡をそこまで厳重に保管しているとは。
奴の用心深さはけた違いだ。
ただ、だからこそ疑問が生まれる。
「....なぁ、一つ気になることがある」
「えっ、どんな事?」
「遺跡の魔物達が侵入者だけを襲うのか、どうかだ」
「うん....そうだよ?」
「ってことは仲間と敵の分別がつく、知性のある奴らってことになる」
彼女の反応を見るに、少し回りくどかったらしい。
俺は直球で疑問に思ったことを話す。
「その魔物達が本の秘密を知るリスクを、魔王はどう捉えているかが気になる」
「......その恐れはないよ。遺跡の魔物達は、魔王に自我を奪われているから。だから、秘密を共有したりはできない」
「......自我を奪ったら、敵と味方の分別がつかなくないか?」
「......それも魔王は...対策済みだよ」
ルーナは、肩を震わしている。
「幼い頃にね、魔王と遺跡に入ったことがあって....それで....。その中にいる魔物達は列を組んで静止していて、変だなと思ったの。...それを魔王に聞いたら....」
その光景がトラウマなのか、彼女の表情はかなり怯えていた。
「魔物達には、赤目の”センサー”が備えられているって.....」
「......センサーって何だ?」
「魔王だけが使える魔術のことだよ。魔力の特徴は人によって千差万別だけど、センサーはそれを捉えることができるの」
「へぇー。ってことは、そのセンサーを活用すれば識別も可能ってことだな。遺跡の中で番をする魔物達の魔力と外部からやってきた魔力、つまり侵入者とで」
「..........うん」
恐らくだが、侵入者の魔力を察知した場合のみ、魔物達を作動させているのだろう。
「あとこれは当然かもしれないけど。.......遺跡の管理者、つまりビットナイトは魔物の作動と停止を自在に操れるよ」
........設計の関連者ならではの特権ってやつか。
「でも、魔王が恐ろしいのはここからで....。センサーを備え付けられた者の目は、魔王と同じ赤目になってしまうの」
彼女の息がやや荒い。
「だから、魔王にその魔物の正体を聞くまでは、魔王軍の仲間だって気づけなかった」
「.....ルーナ?」
「私も何か失態を犯したら、同じように遺跡をさまようだけの存在になるかもと思うと――」
「ルーナ!!」
「えっ?」
彼女の顔にはダラダラと汗が滲む。
目の焦点が少し合っておらず、軽くパニックな様子だ。
「悪い。嫌なことまで思いださせて。.....途中で止めるべきだった」
「.........私の方こそ、取り乱しちゃってごめんなさい」
少し冷静さを取り戻したものの、表情はかなり疲弊している様子だ。
「......今日はもう寝た方がいい」
「...........うん。そうさせてもらうね」
ルーナは体を仰向けに倒す。
しかし、中々目を閉じない。
「................眠れないか?」
自分も隣で横になる。
「えっと....。それもあるけど、少しでも星空が見ないかなって。すごく落ち着けるから」
.....ここは空を覆うように、木々の葉が生い茂っている。
星空を見ることは不可能に近い。
だがそんなこと、一年もこの森にいた彼女が一番よく分かっているはず。
それでも、星を探すということは......。
「星、好きなんだな」
「......うん。星座を探すことが、私の唯一の生きがいだから」
「へぇー、星座か」
「あの.....。好きな星座とかはあったりする?」
さっきと打って変わり、ルーナの表情は少し明るくなった。
「あぁー、ごめん。俺、あんまり星座に詳しくないんだよな。ルーナは好きなのとかあるのか?」
「私はカリーナ座が好きかな」
...カリーナ。竜骨か。
聞いたことがない星座だ。
「....何か意外だな。俺はてっきり乙女座が好きなのかと」
「あはは。たしかに乙女座はロマンティックだもんね。だけど、私にとっては眩しすぎて親近感が沸かないよ....」
「ならカリーナ座が好きなのも親しみやすさからか?」
「うん、それも一つ。けど竜骨の魅力はそれだけじゃないよ。まず、普段は見えないけど船をささえ――――」
彼女の熱量に圧倒され、話に少しついて来れない。
だが、彼女の元気が出たので安心する。
「――――」
ルーナが夢中に喋る中、ふと別のことが浮かぶ。
それは、A級勇者ヤクのこと。
そもそも魔王軍が攻め込んできたのは、彼が魔境の森に来たことが発端だ。
なら、彼はなぜこの森に来たのだろうか?
偶然か、あるいは――
全ての出来事は一本で繋がっているのかもしれない。
............................。
...........。
....。
まぶたが重くなる。思考もままならない。
「だから私はカリーナ座が好きなんだ。......って、聞いてる?」
「あぁ....。ちゃんと.......きい...て――」
「あっごめん。もう寝たかったよね」
睡魔に耐え切れず、まぶたを閉じる。
「..............ありがとうね。....私に思い出をくれて」
俺の頭に手の感触が.....。
そして、優しく撫でられる。
「おかげで全てを丸く収める覚悟ができたよ」
俺はその言葉を聞くことはなかった。
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