第21話 神に反逆した一族

...魔王の娘か。

それなら機密を知っているのも頷ける。

ただ、彼女の出自が明かになったことで新たな謎が芽生える。


「.....魔王は娘の命を狙っているってことだよな」


「はい。......私は親の期待に、応えられませんでしたから」


「.....親の期待?」


「実は私が機密を知っているのも、魔王から後継としての期待があったからなんです」


...................。

つまり現在、命を狙われているのも....。

ただ、後継にふさわしくないというだけの理由か。

呆れるほど、自己中な親だな。

魔王という名は伊達じゃない。


「そしてその機密は、人はおろか魔王軍の中でも四天王しか知らされていない程の重大なものでした」


サキュバスは視線を下ろし、顔を歪ませる。


「.....私が期待されたことは、その機密を守るだけの力をつけること。......ですが、私は成長しても出来損ないのままでした」


「魔力が一万もあるのに、出来損ないか.....」


「魔王の後継としては、全然足りないんです。おまけにあの子の人格ですと、魔力を上手く使いこなせません.....」


.....そうか。

大半の時間は人間人格のルーナだ。

恐らく魔王の目には、魔力すら扱えない娘に映ったのだろう。


「ですので、魔王からの期待は。.....徐々に情報を守れないという疑念に変わり...」


彼女が服の中に手を入れる。

そして、あるものを取り出した。


「最終的には、これで自害を命じられました」


....毒ポーション。

裏社会を経由しないと入手できない禁断のモノ。

だが、これでルーナが毒ポーションを持っているのにも納得がいく。

これの所持禁止は人間側のルールで、魔王にとっては関係の無い話なのだから。


「ただ、私とあの子は毒ポーションを飲む覚悟がなくて....」


「...........」


「それに苛立ったビットナイトが、魔王に暗殺の提案をしているところを目にしたんです」


「...そうか。それで魔王軍から逃亡を図ったと」


「.......はい」


逃亡の流れは分かったが、どうしても腑に落ちない点がある。


「......あんたはなぜ、魔境の森に逃げ込んだ?」


俺は続けて疑問に思った訳を話す。


「確か....ここの森自体が魔王軍にとっての機密なはず。そんな敵の目が光る場所に隠れるのはリスクが高くないか?」


「それは.....。この森が唯一、魔王軍の索敵を交わせていたからです」


索敵を交わせていた.....?


「この森には機密が隠されているがゆえに、公の目という制約が付きまといます。だから魔王軍は気軽に大軍を率いて索敵することはできません」


なるほど。

それでさっき、ビットナイトが踏み込みづらい場所と言っていたのか。


「他の場所ですと、魔王軍の索敵ですぐに見つかってしまいます。だから、逃げれる場所はここしかないんです」


「.......世界中のどこでも見つかるのか?極北とかでも....」


「いえ、さすがにそこまででは.....。ただ、魔王軍の索敵範囲の外へ抜け出すのもかなり困難ですので.....」


捜査範囲の外.....。

国でいう国境みたいなものか。

そう捉えると、抜け出すことの大変さも想像がつく。


国境の近辺は当然、大勢の見張りがいる。

無理に抜け出そうとして捕まれば、本末転倒。

外へ逃げるよりも、中に籠る方が安全。


──すると、逃亡先の選択肢は

捜査範囲の中でも敵が踏み込みづらい、ここだけ。


そう、サキュバス女は判断したのだろう。


「....礼を言う。おかげで今の状況については完全に把握できた」


「いえ、貴方様のお役に立てたのなら幸いです」


....彼女は過去を交えながら、情報を少しづつ応えている。

つまり、ある程度打ち解けた状況と言っていい。


──さて

そろそろ話の本題。

機密の正体について、聞いてもいいだろう。


「....質問ばかりで悪いが、次はあんたの抱える機密について教えてほしい」


「............はい」


サキュバスの額から汗が一筋伝る。


「この森には、一体何が隠されている?」


覚悟を決めたのか、エメラルドの瞳で真っすぐ俺を見た。


「実は......この魔境の森には、魔王が管轄する遺跡が存在します」


.....この森に遺跡?

全く聞いたことがない。


「そして、その遺跡の中には世界の真実が記された本が眠っているそうです」


「.......何で、こんな辺境の場所に。普通なら城に保管するイメージがあるが」


「魔王は狡猾で慎重です。いつ攻め込まれてもおかしくない城に保管すると、征服された際にバレるからだと思います」


(....やられた時のリスク分散か)


それなら魔王と無関係な魔境の森に保管したのも、合点がいく。

たしかに隠したい物を、目立つ城に保管しようとは思わない。

もし本気で隠すなら、皆が気にも留めないような場所にする。


──しかし

わざわざ隠す必要があるのかは、謎だ。


「.....これはそもそもの疑問だが。なぜ知られたらマズイ情報を保管するんだ?手にした情報は、他に知られないように破棄すれば済むだろ」


「それは、この本を魔王は読むことが出来なかったからです」


「.........どういうことだ?」


「実はこの本には、特殊な文字が使われていてほとんどの者が読めません」


.....特殊な文字。

そして、文字なのにほとんどの者が読めない。

......まさか。


「それって”ルザード一族”が扱うとされていた文字か?」


「.....はい」


なるほど。

本を書いた当人が、同じ一族にしか伝わらない仕掛けにしたのか。


「......ルザード一族」


前に、聖女のレミーシャさんから聞いたことがある。

彼らは数十年前、大罪を犯し神の裁きが下ったと。

その時の彼女が、普段の温厚な雰囲気と打って変わり、冷たかったのが印象的だった。


「たしか、その一族って滅んだよな。.....解読できる奴もいなくないか?」


「.....私もそう思いました。ただ、魔王は生き残りがいると読んでいるはずだと」


サキュバスは、腑に落ちないといった表情だ。

.....分かりそうにないものは、考えても仕方ない。


「.....ひとまず、生き残りの件は置いておこう。今は魔王軍がどう動くかの方が重要だと思うから」


彼女も頷いた。


「..................」


魔王の目的について改めて確認すると.......。

ルザード一族が書かれた世界の真実を解読すること。

もう一つは秘密を共有するルーナの口封じ。


そして抹殺の方法は、下っ端の誰かが殺すというもの。


「.....思いついたぞ。魔王軍が絶対に通らねぇルートを」


「えっ?........一体どのルートですか?」


「遺跡付近を沿ったルートだ」


彼女の瞳が大きく動揺する。


「どうしてそんな危険な場所を!?」


「遺跡の存在は、下っ端には知られてはいけないだろ。だからビットナイトは大軍を遺跡付近には近づかせないと思ってな」


困惑の表情が少し解かれてきたので、畳みかける。


「そのことを計算に入れると、遺跡付近を沿ったルートが一番逃げやすいはずだ」


「.....理屈は分かりました。ただ、それでも遺跡付近を通るのはリスクがあるります...」


.....この反応。

サキュバスも”あの事”を懸念しているか。


「....確かに安全なルートとは言えないな。遺跡付近には、少数精鋭の者達が見張っているかもしれない」


「.....それなら、ルートを変更して普通の道を....!」


「しかし、だ。そもそもここは、視野の悪いジャングルの中。少数では、鉢合わせる確率も限りなく低いと思わないか?」


「...............」


「大軍が捜索するルートで、見つかるよりは分の良い賭けだと俺は思う」


さっきビットナイトに見つかりそうになったのも、下っ端との戦闘を嗅ぎつけられたからだ。

魔王軍との遭遇が高いルートは、再び奴に見つかる可能性を孕む。

今は一旦この森を出ることに専念し、力をつけた後で、ビットナイトを殺す。

これがベストな選択だろう。


「.....分かりました。貴方の提案するルートに従います」


「よし。それなら早速向かおう」



彼女の案内のもと、歩くこと数時間。

進むごとに、木々や葉の高さが増してきた。


「....大分視界が悪くなってきたが、道は合っているのか?」


「えぇ..間違い......なく」


途切れ途切れの応答。


「遺跡は...草木で覆われている....場所の近くに.....あります。....だから...目的地に....近付けている.....証拠....です」


「!?....大丈夫か」


後ろを振り返って彼女を見ると、目が虚ろになっている。

まるで深い眠りに入る前かのようだ。


「すみ...ま...せん。...あの子が...もうすぐ....目覚める.....みたいですので、交代....させてもらいます」


そう言い終わった後、瞳が閉じられた。

途端にサキュバスの体が変化する。

背中の黒い翼と尻尾が短くなっていく。

そして──人間の姿へ


彼女の瞳が再び開く。


「あ.....。話の途中で変化しちゃってごめんなさい。.....驚かせちゃったよね?」


桃髪女のまとう雰囲気が、いつもの柔和なものへと戻った。


「いや、平気だ」


そんな事よりも、彼女の発言に気になった。


「なぁ...今のルーナはサキュバスと人間、どっちの人格なんだ?」


「えっと...人間の方だよ」


「......だよな。でも、そうするとおかしなことがないか?」


「.....えっ?」


自分の発言に心当たりが無いのか、ルーナは顔を傾げる。


「人間人格のルーナは、サキュバス時の記憶が無いと言っていたな。....だが、さっき話の途中で変化したことを謝罪した」


「..........あっ!」


矛盾に気づいたのか、目を大きく見開く。

──そう

記憶がなければ、謝ることはできない。


「どうして私、さっきの時の記憶が.......!」


自身でも分からないことなのか、頭を抱えている。

なら俺も理由を考えた方がいいだろう。


「──────」


ルーナとのやり取りを振り返る。

すると、原因となりそうな出来事が浮かんできた。


「もしかしたら....洞窟でサキュバス化したことが関係しないか?」


「えっ......洞窟で?」


「たしか人間人格のままサキュバス化してたよな。その際に話したこと覚えてるか?」


ルーナがハッと顔を上げる。

記憶の共有の原因に心当たりができたみたいだ。


「....うん、思いだした。私あの時、人格の境目が曖昧になっている気がして....。もしかして、それがきっかけで.......!」


「俺もそれが原因だとおも───」


葉と何かが擦れた音が聞こえる。

俺たちは、立ち止まっていたので音がしないはずだ。


───何者かが近くにいない限りは


俺とルーナは屈みながら、音の発生源を探る。


どんどんその音は近づいてくる。

そして、50mまで接近したことでその姿が露わに。


口に大きなキバと頭に大きな角が生えた魔物。

───オーガだ。


魔王軍の精鋭部隊に鉢合わせてしまった。

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