第15話「伝わればっ!伝わればっ!」
【シェアハウスエテルノ・大リビング】
エテルノでのとある昼下がり…。
この日は珍しく住人のほとんどがリビングに集合していた。
各自好きに時間を潰している。
聖夏「……京、なにか面白い話でもして」
京「お嬢様からとんでもないパスが来たな…面白い話なんてねぇよ。勉強でもしてこい」
聖夏「なんか京に言われるとムカつきますわね…今日は久々に習い事が何もない休日なのでのんびりしたいんですの」
蔵之介「この前ホームセンターに行ったんだが、そこでちょっと一悶着あった話でもしようか?」
月詩「誰も興味ねーぞ」
蔵之介「あれは確か、新しい発明品の部品を探していた日のことだった…」
聖夏「頼んでもないのに勝手に語り始めましたわね…」
京「まあ聞いてあげようよ…」
蔵之介「店に着いたが、あまりにも広すぎて自力で探すのは無理そうだなと判断した俺は、店員さんにどこに置いてあるのかを聞くことにしたんだ」
渚「余計な仕事増やされた店員さんかわいそー」
蔵之介「うるさい!聞かれたことに答えるのも店員の仕事の範疇だろう!」
りんか「あはは…それで、どうなったんですか?」
蔵之介「欲しい商品の名前をど忘れしてな…『あの、アレ…。ほら卵とか割るヤツ!あの卵とか割るヤツどこですか!』みたいなこと言って店員さんを困らせちゃったんだよ。でもこういうのって日常のあるあるだよな」
京(卵とか割るヤツってなに…?)
渚「あー、名前が咄嗟に出てこないのはたしかにあるあるかも」
蔵之介「うむ…まあでも極論こういうのって伝わればそれでいいからな。コミュニケーションとはそういうものだ」
京「ごめんなさい、あるあるかも知れませんけど『卵とか割るヤツ』ってなんですか…?それが気になって仕方ないんですけど」
美咲「そういえば私もたまに似たようなことやらかしちゃうわね」
りんか「え、美咲さんもですか?」
京「あ、もうみんな『卵とか割るヤツ』の正体はどうでもイイ感じ?」
聖夏「京、うるさいわよ。美咲様続けて下さい」
美咲「私の仕事って基本、いくつかの企画が同時進行的に進んでいくから、『あーそんな話あったなぁ』みたいなことがよく起こるわけよ」
渚「あー編集部長だもんね、みさきち」
美咲「でもそういう時に固有名詞を出されてもピンと来ないのよ。だから職場の皆には『私に説明するときはなるべく専門用語は使わないでね』って釘を刺してあるわ」
京「…いや、確かに自分があまり興味ないジャンルの情報まで完全に把握するのは難しいかも知れませんけど、編集部長という立場ならもうちょっと頑張ってもいいのでは…?」
美咲「うん…京くんにしては至極真っ当な意見だと思うけど、扱ってるジャンルが広すぎてもう無理なの!限界なの!私も最初は頑張ったの!」
聖夏「山景社が取り扱う書籍の幅は本当に広大なので、いくら優秀な美咲様でも限度はありますわ」
京「そ、そういや美咲さんの職場は聖夏の親御さんが経営してる山城グループの子会社だったな…。幅が広いって言うけど、ちなみにどれぐらいの数のジャンルを取り扱ってるんだよ」
聖夏「全ジャンルですわね。この世界に存在する全てのジャンルを扱っていますわ」
京「あはは!」
聖夏「…?」
京「……冗談で言ったわけではなさそうだな」
りんか「そ、それって全てのジャンルを編集長の美咲さんが管理してるんですか…?」
美咲「そうだけど、それがどうかしたの?」
(ブラック企業…?)
その場に居た(聖夏と美咲以外の)全員が心の中でそう思った。
聖夏「あら?このなんとも言えない沈黙はなんなのかしら?」
京「コホン…。ってかごめん、話戻しちゃって悪いんだけどさ、さっき蔵之介さんが言ってた『卵とか割るヤツ』ってなんなんですか?さっきからそれが気になって全然会話に集中できないんですけど」
月詩「お前まだそこで躓いてたのかよ」
りんか「あ、でもお料理とかしない人にはあまり知られてないのかもしれませんね…」
渚「そういうとこがダメなんだよなー京は。今どき男性も料理のひとつふたつぐらい出来なきゃ!」
聖夏「京、ちゃんと今までの話を聞いていたの?こういうのは伝わればいいんですのよ」
美咲「そうそう。伝われば伝われば」
京「いやだから、伝わってないのよ」
美咲「あ、もうこんな時間。ちょっと買い物行ってくるわね」
美咲のその言葉を合図に、他の住人達も各々の部屋に帰り始める。
京「あ、美咲さん!ついでのあの『卵とか割るヤツ』も買ってきてください!」
美咲「はぁ?なによそれ?商品名を言ってよ商品名を!」
京「……伝わんねーじゃん」
こんなよく分からない会話ばかりを繰り返している変なシェアハウス。
それがここ、エテルノである……。
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