その8 一通の封筒から紐解かれるあれやこれ
僕の机の上に白い封筒があった。
郵便ではない。消印も宛名も送り主の名もない。
僕の不在中にそれは置かれた。
部屋の鍵は外出時に掛けて出る。自分の他に誰もいなければ。
つまり、僕の知らない封筒が置かれているということは、この部屋の鍵が掛かってない時に、誰かが部屋にいる時に置かれたものだ。
この部屋の住人は僕と相良康介の二人。
「康介、この封筒誰が持ってきた?」
相部屋の、クラス違いの同級生は知ってるはずだ。トイレに行くという数分の間部屋を空けない限り。
「おう、生徒会長」
「え」
僕の机の数歩先の、僕と同じ寮の備品である自分の机でマンガ雑誌を読んでいた康介は、紙面から目を離さずのんびりと答えた。
「何か言ってた?」
「ん? ああ、ここに置いとくから戻ってきたら教えてやってくれって」
来週が楽しみだわと雑誌を閉じた康介は僕の方を向いた。
「お前、生徒会長と知り合いなの?」
「従兄弟」
「……俺知らねえけど」
「言ってないし」
康介が知る必要はないだろ。
「今日みたいに急に来られたらびっくりするじゃん。そういうの、教えといてくれよ」
びっくりするようなタマか。ゴマをするって訳でもないだろうに。
「善処する」
僕は封をされた口をハサミでゆっくり切った。中には便箋ではなく、カードのような厚めのものが入っていた。
「ラブレター?」
康介は引き下がらず食いついてくる。なんで生徒会長からラブレターなんて貰うんだ。
「まさか。披露宴の招待状だよ」
可愛らしいデザインのリボンが描かれた二つ折りのカードを開ければ、結婚披露宴の日時と場所が書かれていた。
「生徒会長の?」
本気なのか冗談なのかわからないトーンで訊くのはやめてほしい。
「なんでだよ、その姉」
高校生で結婚なんてマンガやドラマじゃあるまいし。
「その人も従姉弟か」
「そうなるね」
来月の第二土曜日。用事はないから出席できるけど[[rb:寮 > ここ]]に当然フォーマルはない。家に帰って取ってくるか新しいのを自分で買いに行くか。自分で買いに行くことにしよう。いちいち家に帰るのは面倒だ。
「結婚かぁ」
そんなことを考えていると、康介がうっとりとした声を出した。
「キラキラしてていいよなあ」
乙女か。
「結婚願望あるんだ?」
想い人との夢を見るのはまあアリか。まだ告白できてないようだけど。
「お前ないの?」
ないほうがおかしいと言わんばかりに驚かれる。
「別にないけど。そんな歳でもないし考えたことないな。康介みたいに好きな人もいないし」
「あー。それはないかもなあ」
「それってどれだよ」
「好きな人との結婚」
康介は一体どんな人に恋い焦がれてるんだ。結婚を望めないって。身分違いとか……? まさか今の時代にそんなこと。
「結婚式ってキラキラしててさ、神聖でそこだけ別世界じゃん」
一種の契約なだけだと思うけどね。まあ、どう思うかは人それぞれで。意外と康介はロマンチックなんだな。
家族に憧れる、というのなら僕にもわかるかもしれない。
「そういう場に行くと幸せのおこぼれみたいなのありそうだからお前もしっかり貰ってこいよ」
幸せのおこぼれね……。
それに。
幸せのおこぼれを期待するほど不幸せとも思ってない。今で十分だ。幸せとは、幸せになってほしい人が幸せになるのを見届けることではないかと思う。
「康介、代わりに行く?」
「行くかよ、面識ないのに」
「美人だよ」
「……お前は出たくないのか? 親戚のねーちゃんってことだろ」
その間は揺れたか。
「そう、親戚のお姉さん」
「あ! あれか? 初恋とか」
「……」
「あー、ごめん……」
ノリで言ったつもりがビンゴだった、そんな感じだった。別にビンゴで困ったわけじゃない。別なことが頭を過っただけだ。
「近所のお姉さんが初恋の相手なんて子供によくあることだろ? 何とも思ってないよ」
そう、淡い初恋だった。いや、初恋なんて言えるかどうか。はっきりと自分で認識してなかったし、今思えば単なる憧れ程度だったかもしれない。六つも離れている。彼女の隣に自分が立つなんて考えたことはなかった。
それでも嫌いか好きかと問われれば、迷うことなく、好きと言える人ではあったけど。
「俺はさあ、小学校の担任の先生だったんだよな。さっぱりしててさ、めちゃくちゃ面白くて、俺もいつかあんな人になりたいって」
「……それ、初恋のカテゴリ?」
「初恋だろ? その先生になりたいと思うほどに大好きだったし」
……そうだろうか? 人を好きになるということと恋愛ってあまり差がないのか、全然違うことなのか、わからないな。
康介は結構意味不明なことを正解のように言うところがある。それをみんなが信じてしまう説得力もあって。人を傷つけるようなことはしないし、ヒーロー気質なのだろう。学校の廊下ですれ違う時、一人でいるところを見たことがない。いつも誰かと楽しそうに話していた。ここは残念ながら男子校だけど、共学だったらきっと女子にモテたはずだ。
「ああそうだ。生徒会長がさ、返事は自分にくれって言ってたわ、ごめん忘れてた」
「……そう。ありがと」
行くのも断るのも気が重いな。おめでたい所に僕が行ってもね……。
「当然お前の両親も行くんだろ?」
「多分」
伯父夫婦だから外せない用事がなければ出るだろう。招待されているのは当然として。
「お前とさ、お母さんのツーショット撮ってきてよ」
は?
「何だよそれ」
「お前がそんな顔だろ? お母さんも美人なんだろうなって思ってさ、興味ある」
電光石火、素直にムカついた。何を思うことなく、その言葉を聞いた瞬間に。
僕は机の上に置いていた自分のスマホの写真フォルダを開いて。
「見たけりゃどうぞ」
康介のベッドに思いっきり投げつけてやった。壊れようがどうでもいい。どうせフォルダにはその一枚しか入ってないのだ。
……せっかく買い物から戻ってきたのにまた出る羽目になってしまった。
啖呵を切った以上、この場にいられるはずもなく。
僕は康介に背を向けた。
……あんドーナツでも買ってくるか。
僕はポケットに財布が入ったままだったことを思い出した。
驚いたのか、康介は僕がドアを閉めるまで一言も声を発しなかった。
康介は悪くない。わかってる。悪いのは僕だ。
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