第4話 美し過ぎる光の剣士が現れる
その時。
「キャアアアアア――――っっ‼」
空を切り裂く
アカリたちが今いる中庭からほど近い講堂の辺り。
とっさに、最近、ここ東都第九高等学校で立て続けに起こっている猟奇事件が頭をよぎる。
すなわち。
『講堂のトイレで女子生徒が倒れていて』
『見た目は綺麗なんだけど』
『病院に連れて行ってみると、臓器が全部無くなってるんだって』
という事件。
今月に入って三件。未解決のまま世間を騒がせている。
「あっ、……おいっ、アカリっ‼」
どさくさに紛れて真田の手からミニブタを取り返し、ポケットに突っ込むと講堂に向かって走った。
講堂が妖気に包まれている。
そんな気がした。
足を踏み入れたら何かに取りつかれて、後戻りできない……――
一瞬ためらってから、講堂内に立ち入り、側面に設置されているトイレに向かう。
トイレ入り口付近に水溜まりが出来ていて、それが徐々に広がっていた。
洗面台の水が出しっぱなしなんだろうか。
水溜まりの中に無数の悪意がうごめいているようで、不気味さを感じる。
極力水に触れないようにつま先立ちをしてドアを開け、トイレの中に進むと、いくつかある個室の扉は全て開いていた。その中の一つに人影がある。
アカリと同じ一年生の女子生徒。名前は確か、……加藤さん。
力が抜けたように床にへたり込み、ドアにもたれかかっている。こちらに向けた瞳は瞳孔が開いているようだ。
悲鳴を上げた状態で固まったかのように口は開けたまま、心なしか痙攣しているように見える。
「か、…とう、さ……」
声を出せたかどうかわからない。
絶望的な恐怖と悪寒。戦慄が込み上げ、足が竦んで動けない。
四件目。
狙われるのは九高の女子生徒。しかも一年生ばかり。
背格好。髪型。名前。ちょっとした印象。
気のせいかもしれない。気のせいに違いない。
けれど。被害者はそろってどこかアカリに近く。
今も、次第に近づいてくる。
そんな気がする。
一人目はC組の木下さんだった。二人目はA組の小金さん。三人目はE組の兼田さん。
そして……
……D組の加藤さん。
猟奇事件が発生してから、生徒たちの間で密やかに次のターゲットが囁かれていた。
九高の女子生徒で一年生。小柄やせ型。素朴な見た目。そして、カ行の名前……
次は恐らく。D組の加藤か、F組の風間か、……G組の草村。ではないか、と。
なんで。どうして。
意味のない疑問符だけがぐるぐる頭を回る。
頭の裏側がガンガンして、吐き気すら込み上げてくる。
そんなアカリをあざ笑うかのように、加藤さんの開いたままの口から、ぬるりと何かが這い出し、ぬるぬると濡れた床を滑るように近づいてきた。
一メートル、二メートル、……長い。
個室からトイレのドア口に立つアカリのところまで、途切れずに長く長く続いている。
……蛇?
全体は白く、赤く光る目玉とチラチラと細長い血のような舌を覗かせている。
ボコ、……ボコボコ……
アカリの周りにある濡れた床の水たまりから泡が沸き出した。泡の中に無数の赤い目が光ったかと思うと、目の前に迫りくるのと同じような蛇が、音もなく大量に浮かび上がってきた。
「い、……いや……っ‼」
気味の悪さと極限の恐怖に囚われて、金縛りにあったかのように動けない。
一連の事件の報道を思い出した。
犯人の痕跡はどこにもない。失われた臓器も見つかっていない。
警察では、臓器を抜き出した方法について疑問視している。
被害者の身体には小さな傷跡一つ残っていないのだが。
傷をつけずに臓器のみを抜き出すなんて、出来るのだろうか、と。
まるで目に見えない手が身体の表面をすり抜けて、内臓だけ
それこそ、人ならざる者の手による犯行のようだ、と。
これだ。蛇だったんだ。
絶望の中で納得した。
この蛇たちが、跡を残さずに内臓に入り込んで……――
考えるだけでおぞましいのに、脳内が冷静に分析を始める。その一方で、毒々しく光る赤い蛇の目玉から目が離せない。
口の中がカラカラに乾く。見られている。狙われている。
【次は、お前だ。】
個室から這い出した白い蛇が舌なめずりをしながら首をもたげる。狙いを定めて大きな口を開け、アカリの顔めがけて飛び掛かってきた。
「いやあああっっ‼」
目をつむり、顔を背けて、極力身体を縮こまらせ、床にうずくまる。
次の瞬間、閉じた瞼の向こうに光の
痛く、ない、……?
その瞬間に備えて固く縮こまらせていた身体には、痛みも違和感も何も感じない。
恐る恐る目を開けたアカリは、自分と蛇の間に守るように立ちはだかった美しい後姿を見た。
「お前らみたいな下等生物まで魅かれてんのか」
剣士のような袴姿ですっきり伸びた背筋。肩から背中へのきれいなライン。無造作に束ねられた銀髪。
「レベル9に近づけたことは褒めてやる。だが、これは俺のもんだ。己の高望みを地獄で後悔するんだな」
低くて艶のある甘い声が、耳に心地よく響いた。
誰だろう。いつの間に、ここに。
「そんな、……そんな、レオン様、……」
「まさか、レオン様が、……っ」
ざわざわと騒めきが広がり、白蛇たちが断末魔のような声にならない悲鳴を上げた。
ギギギ、ギギギ、ギギギ、――――――――――――――…
美しい後姿の人が、何かをしたのだろう。
蛇たちの生気が吸い取られ、ミイラのように乾いた皮だけが残り、やがて、全て粉々に砕けて光の中に溶けていった。
一面濡れていた床は、すっかり乾き、水溜まりもなくなっている。
光の洪水が止んで、剣士のような格好の人がゆっくりとアカリに振り返った。
それは、人知を超越した美しさだった。
目を奪われて、逸らすことが出来ない。
息が止まって、動くことが出来ない。
「……早く来いよ。お前は俺のもんだからな」
低くかすれた甘い声が心をつかむ。
瞬きする間もなく、何を言うことも出来ず、ふいに美し過ぎる男性が消えた。
え?
弾かれたように瞬きを繰り返す。目を
いない。どこにも。
夢か幻か。妄想か現実か。
人間離れした美し過ぎる男性は、周囲を見回しても、何回確認しても、もうどこにもいなかった。
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