見られたがりの君は、勃たない俺の前で今夜もラブグッズに溺れる
カルめの濃いピス
第1話 センシティブナイト
レジカウンターの奥、通路を抜けた先にあるバックルーム。いつもなら営業後すぐ消灯するその部屋に、くぐもった吐息と微弱な振動音が小さく響く。
「っ……ん……ぁ」
彼女はオフィスチェアに深く腰掛け、片足を肘掛けに上げて大きく脚を開いていた。
手には電池式の簡易なラブグッズが握られ、下着に押し当てられている……はずだ。
というのも、部屋の入口付近に立っている俺の位置からでは、こちらに背を向けて椅子に座っている彼女の姿は脚の一部しか見えない。
だが、乱れた息遣いがその情景をありありと想像させる。
「全然気持ちよくないって言うてたけど、そうは思えんなぁ……?」
「……ぁ、んっ……!」
俺の問いかけに対して、彼女は答えない。けれども、椅子の横から見える脚がびくりと震えたのがその答えだった。
部屋に響く振動音がかすかに変わる。
ラブグッズを押しつける角度を変えたのか、それとも振動の強さを変えたのか。
わずかに揺れる脚と、抑え込んでいるのが分かるくぐもった吐息。見えていないのに、彼女の恍惚とした表情が鮮明に脳裏に浮かぶ。
「変態さんやね」
少しからかうように言った俺の声に、彼女の肩が小さく跳ねた。
「ち、が……っ! ぁん……!」
弱々しい否定の言葉と同時に、肘掛けにかけられていた脚先が震える。俺の視線を意識したのか、それとももう耐えられないのか。
彼女の体がほんのわずかに前傾する。
「ええよ……ここで見とるから」
焦らすように、わざとゆっくりと言葉を落とした。
「最後まで、ひとりでシてみよか?」
◇ ◇ ◇
「あかん、もうこんな時間や」
PCのモニターを見ながら、大きく欠伸をする。画面右下に表示された時刻は、閉店時間の零時まであと五分。
「今日もヒマやったなぁ〜」
カウンターの内側でひとり明るくぼやいてみるが、当然返事はない。この店の店員はもともと俺だけだ。
そして普段から少ない客足は夕方を最後にすっかり途絶え、店内はしんと静まり返っていた。
ふと視線を落とすと、黒いエプロンの胸元に付けた「店長・
指先でそれを軽く弾き、小さく息を吐いた。
アダルトショップ「センシティブナイト」。俺が店長を務めるこの店は、今日も閑古鳥が鳴いている。
関西から上京し、大学を卒業後は一般企業に就職。しかし、とある出来事をきっかけに退職し、勢いに任せてこの店を始めた。気づけばもう十年近く経っている。
最初はなんとかなるだろうと楽観的に考えていたが、現実はそう甘くない。
「自由にボヤけるんはええけど、もうちょい客が来てくれんとなぁ……」
エプロンの紐を引き直しながら頭をかくと、適当に結んだポニーテールがわずかに揺れた。
髪は伸ばしっぱなしでボサボサだが、長さが出ると意外とまとまる。手入れしなくても形になるので都合がいい。
店先に立つといっても客は男ばかりだし、今さら身だしなみに気を使う理由もないだろう。
服装も無地のTシャツと履き古したジーンズ、という気楽さ重視の格好が定番だった。
「ちょっと早いけどこっち閉めて、もうひと仕事しよか」
長時間座っていたゲーミングチェアからゆるりと立ち上がる。PCとゲーミングチェアは、暇な時間を副業の動画編集に充てるために用意したものだ。
編集する動画は、配信サイト向けのコンテンツや企業のPR映像などの請負仕事。趣味でいじっていたのがきっかけで、気づけば本業の店よりも稼げるようになっていた。
今は動画編集の収入もあるおかげで、なんとか店を続けられている。正直どっちが本業かわからないが、生活できているなら深く考える必要もない。
「あとは動画のエンコードを待って、サムネイルの最終チェックやな」
肩を回しながら軽く伸びをしたそのとき――自動ドアが開く音と、来店を知らせる電子音が店内に響いた。
「ん?」
入口に視線を向けると、この時間にしては珍しく、ひとりの客が店に入ってくるのが見えた。
客足が少ない今、ありがたい話ではある。けれども、その客の格好を見て思わず眉をひそめてしまう。
「うわ……怪しすぎるやろ」
無意識のうちに、心の声が漏れていた。
店に入ってきたのは、ニット帽を深く被り、マスクとサングラスで完全防備した人物。こんな深夜にこの格好。どう見ても不審者だった。
アダルトショップという店柄、顔を隠して来店する客は珍しくない。だが、ここまで徹底してると逆に目を引く。
「……とりあえず、様子見よか」
カウンターの中からさりげなく相手の様子をうかがうと、来店者は店内に足を踏み入れたところでぴたりと動きが止まった。
入ってみたはいいものの、どうすればいいのか分からず戸惑っているようだ。自動ドア付近で足を止め、落ち着きなくあたりを見回している。
(いや、余計に怪しいって……)
本当にヤバいやつか? それとも、ただの挙動不審な客か? どちらにせよ、このまま放置するわけにはいかない。
「……いらっしゃいませぇ」
「っ!?」
訝しみつつカウンターの内側から声をかけると、その瞬間、その人物の肩が大きく跳ねた。
(えっ、ビビりすぎちゃう?)
怪しい客は一度引き返す素振りを見せるが、すぐに思い直したように踏みとどまる。
それから少しの間ためらった後、迷いを振り払うように向き直り、ためらいがちに声を発した。
「あの……すみません……」
声は小さく、かすかに震えている。その言葉を聞いた瞬間、俺はようやく重大な事実に気がついた。
(この子……女の子やん!)
今まで怪しい部分ばかりに注目していたが、よく見れば服装は意外と普通だ。
オーバーサイズのジップアップパーカーとミニスカートに、黒タイツとスニーカーを合わせたカジュアルなスタイル。
ニット帽の下からのぞくのはショートボブの黒髪。内側には明るいインナーカラーが入っている。
身長は160センチくらいか。細すぎず、程よく女性らしいラインを持った体型が目を引く。
その子は、店内に他の客がいないことを確認すると、ゆっくりとサングラスとマスクを外してこちらに近づいてきた。
(うわ、めっちゃタイプの顔……!)
整った顔立ちで大きな瞳は意志が強そうで、どこか人を寄せつけない雰囲気がある。
けれども、そんな子がアダルトショップに来店しているというギャップがいい。
こういうタイプは店の前を素通りするか、興味があってもネットで購入するのが関の山だ。うちの店に来るなんて、奇跡に等しい。
(せっかくこんな可愛い子が来てくれたんやし、ちょっとくらい話しかけてもええやろ)
俺は口角をわずかに上げ、好奇心と下心を携えてカウンターから身を乗り出した。
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