19.園遊会① アイリ
「ヴァーミル公爵令嬢、ガルシア伯爵令嬢! 君たちは、兄上とイングラム侯爵子息の婚約者にふさわしくない!」
第二王子エドワードが、よく通る厳しい声で、ミルフィオーレとステラリアに告げる。
本来、このセリフは、王太子クリストファーから発せられるはずだったものなのだが、この際、細かいことはどうでもいい。
流れとか、キャスティングとか、諸々滅茶苦茶になっているけれども、これで何とか『花霞月の園遊会での断罪』イベントが開幕した。
本来なら王太子クリストファーの影に隠れる予定だったはずが、巡り巡ってエドワードの腕に手を添えながら悲壮な表情をしつつ、アイリ・キャンドラ男爵令嬢は内心でにやりと表情を歪めた。
アイリが前世の一部の記憶を取り戻したのは、14歳の時。数日高熱を出して、生死の境を彷徨ってのことだった。
資産はそこそこあるが、身分の低い男爵令嬢への転生で正直がっかりしたものの、よくよく確認をしてみると、記憶にある名前をちらほらと耳にする。王太子、宰相や騎士団長の子息や、生徒会メンバーなどなど。
そして、自分の名前と境遇。平民として育ったアイリは、前世の記憶を思い出す1年前に両親を不慮の事故で亡くし、母方の祖父母に当たる男爵家の養女になったのだ。アイリの母親は、平民と駆け落ちした貴族だったらしい。
これは、ありがちだが乙女ゲームのヒロインに転生したのではと確信した。確かに、自分の容姿は、とてつもなく可愛いし、平民の頃からみんなにちやほやされていた。その瞬間、アイリはガッツポーズを取った。勝ち確というやつだ。神様、イージーモードをありがとうございます。
しかし、一つだけ、致命的な問題があった。
自分の持つ前世の記憶は、完璧ではない。この乙女ゲーム(推定)のタイトルや、攻略方法の一部を思い出せないのだ。断片的におぼろげな記憶は浮かぶものの、虫食いになっている部分もそこそこある。
何故、全ての記憶をはっきりと覚えていないのかと、アイリは地団駄を踏んだものだ。
天真爛漫な男爵令嬢のヒロインが、15歳で王立学園に入学し、攻略対象と交流を重ねていくうちに、特殊な魔法に目覚め、愛を育んでいく、というのがこの乙女ゲーム(推定)の概ねの流れである。
途中、好感度調整のイベントが何度か発生し、悪役令嬢の断罪や、親との確執など、攻略対象がそれぞれ抱える悩みの解決を経て、個別エンディングへ向けルートが分岐する。オーソドックスなパラメーターゲームだったはずだ。
アイリが攻略を狙いたいのは、やはりメインヒーローである王太子クリストファー。サブイベントをこなして好感度を上げつつ、最重要イベント『花霞月の園遊会』にて、彼の婚約者である悪役令嬢を断罪し婚約破棄を行い、王太子妃の道を歩むという身分違いの恋が演出される王道展開だ。
が、細かなイベントがどうしても思い出せず、アイリは唸った。
(でもまあ、私がこの世界のヒロインなのは間違いないし、大概こういうのにはゲームの強制力が働くって良く言うし……なるようになるでしょ)
けれども、アイリは前向きに能天気だった。
辛辣なバッドエンドがあるようなゲームではなかったし、大丈夫だろうとあっけらかんとした考えで、アイリは学園への入学を心待ちにした。
* * *
そうして入学した学園は、夢のような世界だった。
攻略対象はもちろんのこと、それ以外にも多くのイケメンが、アイリを取り囲み持て囃してくれる。
ヒロインの魅力は、さすがだ。多少ぶってるところはあるにせよ、アイリは無邪気で可愛いし、いずれ特別な存在として覚醒していくのだから、令息たちが惚れるのも当然である。あちこちから言い寄られ、「私のために争わないで」なんて内心で浸りつつも、ちやほやされるのはやはり気分が良い。
令嬢たちから嫌がらせを受けたりもしたが、これは既定路線。貴族の令嬢がする嫌がらせなど、平民として図太く暮らしていたアイリにとっては、たかが知れている。
とはいえ、教科書や制服を汚されるのは、たまったものではなかったが。これも玉の輿、シンデレラストーリーの足がかりだと、自分に言い聞かせた。
入学式からここまで、こまめに攻略対象を追いかけ、話しかけ、イベントらしきものを発生させれば、攻略対象は徐々にアイリだけに内心や弱さを露呈してくれる。
ゲームのようにパラメーターや好感度などが表示されず、進行具合がわからないのは困ったが、ゲームの強制力とは凄いものだ。それっぽく攻略できている。
だが、面白いほどに上手くいっている反面、反応がイマイチな攻略対象者もいる。
本命の王太子のクリストファーは、熱っぽくアイリを口説いてくるものの、手ごたえはやんわりしていて掴みどころがない。
宰相子息のレイルは、時折優しさを見せてくれるものの、元々塩対応がデフォルトなせいもあって、攻略状況が非常にわかりづらい。
さすが最難関と言われる二人、手ごわい。
それに、二人のルートのキモとなる悪役令嬢の嫌がらせイベントが一才合切発生していないのだ。
(うーん、やっぱりどこかでフラグ立てに失敗しているのかもなあ……。記憶の虫食いがなければこんなことには……! 悪役令嬢、睨んできたりするのは見かるけど、私がイケメンズに囲まれているせいか、全然近寄ってこないじゃない……)
アイリは、ため息をついた。
これは、ちょっとした誤算だった。
悪役令嬢自体の存在は確認しているものの、学年が違うのもあってか、びっくりするほど顔を合わせる機会がない。
アイリの記憶だと、この手の悪役令嬢たるもの不屈のガッツでヒロインを虐めにくるものだと思っていたのだが、正直影が薄い。
それに、アイリが常に攻略対象非対象ひっくるめて令息たちに囲まれているせいで、直接的な呼び出しも難しい。
どうにか一人になったとしても、そうそう簡単に悪役令嬢とエンカウントするわけでもない。逆に、全くお呼びでない別の令嬢から、嫌がらせにあったりする。
手をこまねいている間に、令息と令嬢に妙な確執ができあがり、益々アイリの包囲網は固まってしまった。
婚約者の悪役令嬢とのいざこざを経た、いわゆるざまぁ展開があるのは、クリストファーとレイルの2ルートだけなのだが、上手くいかずにアイリは臍を噛む。
(もうっ、何で悪役令嬢が仕事しないのよ! 参ったわね……。でもまあ、王太子と宰相子息のルートが失敗しても、騎士団長子息と生徒会会計のメインイベントが残っているはずだし、それに第二王子もいるしなあ……)
乙女ゲー攻略において、ルート分岐を複数抱えてキープしておくのは基本である。最初からやり直すのは面倒くさいので、一人の攻略を終えたらセーブポイントに戻って、各分岐点から再びルートをやり直す。
そんな前世のゲームをプレイしている感覚で、アイリは暢気なままでいた。
攻略対象全員から愛を囁かれる逆ハーレムエンドが、頭を掠めなかったわけではないが、現状を鑑みるとさすがに現実的ではあるまい。
加えて、攻略対象ではないものの、まるで王太子の代わりのように、アイリを口説いてくるイレギュラー・第二王子エドワードもいる。
(私があんまりにも可愛いから、ゲーム外の存在まで引っ掛けてしまったわ……)
罪な女……と思わず悦に浸ってしまう。
本来、ゲームに出てきていなかったはずのエドワードだが、クリストファーの弟なだけあって美形だ。アイリ的には、どことなく掴みどころのないクリストファーより、素直に好意を出してくれるエドワードの方が正直好みだった。
もし、クリストファーが攻略できなくても、エドワードのお嫁さんの座に収まれれば、将来も安泰だしベストなのではという気がしなくもない。未来の王妃の肩書は素敵だけれども、正直面倒なことも多くありそうだ。
(まあ、ダメ元で、『花霞月の園遊会』に挑んでみようかな。ゲームの強制力が働いて、上手く行っちゃう可能性もあるし)
こうして、園遊会イベントに必須な悪役令嬢からの嫌がらせをでっちあげるべく、イベントの内容を必死に思い出す。
ゲームをなぞるために、アイリはどうにか一人になった隙をついて自作自演に励んでみたり、他の令嬢からの嫌がらせを利用してみたりするのだった。
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